第1章 首なしの騎士 ①
私は幼少の頃から、英雄譚に出てくる勇者様に憧れを抱いていた。
悪を討ち、正義を為す。
そんな英雄にいつか自分もなりたいと、そう思っていた。
それは、子供なら誰でも抱くような単純な夢だ。
成長するにつれ誰もが自身の力量に気付き、夢物語と諦めて行く幻想の姿。
だけど、十八歳を迎え成人になった私は、今でもそんな理想を諦めきれていなかった。
正義の勇者が見果てぬ夢だと言うならば、自分がそんな存在に少しでも近付いてみせれば良い。
そうすれば、苦しむ人々に希望を与えることができるかもしれない。
魔物によって両親を奪われた自分だからこそ、その思いは誰よりも強かった。
「ここが、冒険者ギルド・・・・」
そうして私は今、自身の夢を叶えるべく、王国の冒険者ギルドの前に立っている。
冒険者とは魔物を倒して金銭を稼ぐ、謂わば魔物専門の傭兵といった職業だ。
私の理想と一致する唯一の職といっても良いだろう。
私は杖を握り締めながら、緊張と共にギルドの扉をゆっくりと開いていった。
「うっ・・・・・」
中に入ると、眉を顰めるような酒気が私を出迎える。
基本的に冒険者ギルドというのは、宿屋と酒場が併設されているものだ。
だけど、ここは・・・・・・・。
「ただの酒場にしか思えないですね・・・・・」
多くの男たちが、麦酒の入ったジョッキを片手にガハハと大笑いしている。
昼間だというのにテーブル席はどこも満席に近く、中には床に座り込んでまで酒を飲む者もいた。
一瞬、入る場所を間違えてしまったのではないかと思ったが、ここにいる客たちの武装が私のその考えを一蹴していた。
ここにいる彼らの出で立ちは常人のそれではなかったからだ。
異常なほどに鍛えたであろう筋骨隆々な無頼漢に、顔に大きな傷を持つ暗殺者のような風貌をした者。
そして、本を読みながら何やらブツブツと呟いている怪し気な魔導師までもがいた。
ここにいる人々は間違いなく、歴戦の冒険者に相違無いだろう。
そんな冒険者たちの横を、私は緊張した面持ちで通って行く。
その途中、ある男たちの会話が私の耳へと入ってきた。
「おい、首なしの騎士の噂を知ってるか?」
「あぁ。深夜の街道に現れては貴族や有力者の乗った馬車を襲うっていう・・・・アンデッドの話だろ?」
「そうそいつだ。何でもそのアンデッド、どうやら先月に起こったクライッセ卿暗殺事件にも関わっているんじゃないかって話だぜ?」
「いやいや、流石にそれは無いだろ。だって、かの王国屈指と名高い伯爵の憲兵団が皆殺しにされたんだぞ? 脆弱なアンデッド風情にできる芸当じゃねぇよ」
この国では3ヶ月ほど前から、多くの貴族が不審死する事件が相次いで多発している。
最初は小領貴族が数人、そして先月は王国六代貴族の1人クライッセ卿が無残な姿となって亡くなった。
犯人は他国の凄腕諜報員だとか貴族に恨みを持った没落貴族の者だとか様々な噂がある。
しかし、首なしの騎士、アンデッドか・・・・魔物である可能性は予想してなかったな。
私は彼らを横目に、最奥にある受付カウンターへと足を進めた。
「こんにちは。ご用件は何でしょうか?」
カウンターの前に立つと、受付嬢が柔和な笑みを浮かべそう声をかけてくる。
私はゴクリと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。
「あの、冒険者採用試験を受けたいのですが」
「冒険者志望の方ですね。畏まりました。では、身分証を提示して貰えますか?」
「はい!」
鞄から小さな紙を取り出し、私はそれを受付嬢へと手渡す。
受付嬢は受け取った身分証を読み上げながら、その情報を別紙に書き写していった。
「ルメリア・エクネメットさん。性別は女性、年齢は18歳ですね。出身は西のレイセルフ領にある修道院・・・・はい、ありがとうございました」
そうして彼女は身分証を私へ返すと、カウンターの下にある引き出しから書類を何枚か手に取りそれを差し出してきた。
「こちらは契約書になります。よくお読みになった後、サインをして提出してください」
「契約書・・・・?」
渡された数枚の紙に目を通すと、そこには冒険者になることへの注意事項、冒険者ギルドに所属するにあたっての契約内容が書かれていた。
これは、冒険者として採用された者にだけ渡される書類のはずだ。
「あ、あの、冒険者になるためにはまず、試験を受けなければならないと聞いたのですが・・・・」
「当ギルドでは昨年度から試験制度が撤廃されました。なので、身元が保証されている方は無条件で冒険者になることができるんですよ」
「なるほど、そうだったんですね」
試験に向けて魔法の鍛錬を行なってきただけに、些か拍子抜けする展開だ。
けれど、書類ひとつで念願の冒険者になれるのであれば是非も無い。
私は一通り契約内容に目を通し、いくつかの項目にチェックを入れ終え、それを受付嬢へと渡した。
「確認させていただきます」
受付嬢は契約書を受け取り、丁寧に確認作業を始める。
そして、記入漏れや記載ミスが無いことが分かると、彼女は背後の引き出しから銅のコインをひとつ取り出しそれを私の前に置いた。
「こちらは冒険者の身分と階位を示すランクコインでございます。ルメリア様は他国での冒険者経験が無いようなので最低位の銅、Eランクから始めていただきます」
「は、はい!」
カウンターに置かれた銅のコインを恐る恐る拾いあげる。
コインの中央には、王国の国旗に描かれている剣と鷲の美麗な紋様が施されていた。
これは冒険者の証とも言える大事なものだ。
そう考えると、ただの硬貨のはずなのに妙に重たく感じてしまう。
私はそれを慎重に修道衣の内ポケットへとしまった。
「これで貴方様は当ギルドの冒険者。どうかこの国の平和のために尽力してください」
「はい! 頑張ります!」
こうして私は晴れて冒険者になることができた。
今の私の力では、役に立てることは少ないのかもしれない。
けれど、この手でもし困っている誰かを救うことができたのなら。
2年前に亡くなった私の恋人・・・・ロクスの無念が少しでも晴れるのではないかと、そう思った。