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第2章 闇妖精の少女 ⑧



「お頭。ゴルバフの野郎、血だらけで死んでますぜ」



 深夜。

 蝿が集る死体の周りに、2人の男がいた。

 1人は毛皮のポンチョを身に付けた盗賊風な男、もう1人は長いコートを羽織った貴族のような格好をした男だ。

 彼らは松明で周囲を照らし、腐った死体を観察するように視線を向けていた。



「この傷を見るに、どうやらゴルバフはナイフか何かで斬り付けられたみたいですね。そして、辺りに落ちているこれは・・・・石の破片?」



 死体の周りに落ちている石塊を拾い上げ、コートの男は訝しげな表情を浮かべる。

 そして、深いため息を一度吐くと、もう1人の男に声をかけた。



「ドッザニス、"記憶の鏡"を出しなさい」


「え、えぇ!? あのレアアイテムここで使っちゃうんすか!? 勿体ないっすよ!」


「私たち奴隷商団の仲間がやられたのですよ? ならば組織の威信に賭けて、何としても犯人は殺さなければなりません」


「へ、へい。分かりやした・・・・」



 ドッザニスと呼ばれた盗賊風の男はそう口にすると、鞄からひとつの手鏡を取り出す。

 そして、それを死体の姿が映るよう手に持ち、斜めに傾けた。



「記憶の鏡よ。この男が殺された時の光景を映し出せ」



 そう男が呟いた瞬間、鏡から淡い光が放たれ、ひとつの情景が鏡面に映し出された。



 "や、やめろ! もう石を投げるな! 殺さないでくれ!"


 "あははははははははは!!!!!!!"



 懇願する男に対して、笑いながら石を放つ褐色の少女の姿。


 そこに広がっていたのは、虐殺の光景だった。

 その過去の景色が数秒間映しだされた後、鏡は音を立てて割れ、粉々になる。



「お、お頭、ゴルバフを殺したこいつは、いったい・・・・?」



 ドッザニスは額に汗を浮かべ、コートの男にそう言葉をかけた。

 すると、彼は不気味な笑みを浮かべながらその質問に答える。



「フフフッ。このエルフの娘は恐らく、ダークエルフと呼ばれる数少ない希少種です。まさか、こんな形でお目にかかれるなんて思ってもみませんでした。・・・・・ぜひ、手に入れたいですねぇ」


「捕まえるんですか?」


「えぇ。奴隷にして、馬鹿なコレクターにでも高値で売っ払うとしましょう。さぁ、行きますよ、ドッザニス」


「へ、へい!」



 そうして2人は暗闇の中へ歩き出す。

 空には朱色の満月が浮かんでおり、それが不気味に赤く彼らを照らしていた。








「やぁ、ルゥ。今日も良い天気だな」


「・・・・・何で、いるの?」



 昨日のように物干し竿のワンピースと睨めっこしていたら、山荘にケイゼンとカイリ、シンシアが現れた。



「お姉ちゃん! お昼ご飯持ってきたから、一緒に食べよう?」



 カイリがバスケットに入っているパンをこちらに向けて掲げてくる。

 そんな彼女に対して、私は首を横に振った。



「・・・・・もう、私に関わらない方が良い」


「えっ、どうして?」


「・・・・・私がいると、貴方たちの村に混乱を招くから」



 だから私は、彼らと距離を置くことにした。

ダークエルフの可能性がある自分から離れた方が、村の人たちの摩擦は減るだろうから。

 そういった自身の考えを伝えると、シンシアは深いため息を付いてジロリとこちらを睨んでくる。



「私はルゥちゃんと仲良くなりたいからここに来てるの。ダークエルフだとか災いだとか、村長が言ってることなんて信じてないし正直どうでもいいわ」


「そうだぞ。カイリを救ってくれたお前を俺は悪い奴だなんて思わない。もし、ルゥが俺たちのことが嫌いというんだったら、勿論言う通りに距離を置くけどな」


「お姉ちゃん、私たちのこと、嫌い?」


「・・・・・・別に貴方たちが嫌な訳じゃないけれど・・・・」


「だったら気にしなくて良いじゃん? さっ、ご飯食べよっ! あたしもうお腹ペコペコで〜」



 山荘の前で4人、昼食を摂る。

こうして誰かとお昼ご飯を食べるのは、久々だった。

 だから、人と過ごすお昼がこんなに楽しいものだということを久しぶりに思い出した。

 自然と心が暖かくなる。



「ねぇ、さっきから気になってたんだけど、あのワンピースって何?」


「そういえば昨日、俺たちが来たときもあったよな」



 物干し竿に掛かっているワンピースを見て、シンシアとケイゼンはそんな疑問を溢す。



「・・・・・大切な人から貰った服なんだけど、汚してしまって・・・・色が中々落ちない」


「ふーん? だったらルココの実使ってみたら?」


「ルココの実?」


「たまに森に落ちてる硬くて小さな木の実で、それを水に浸すと良い洗剤になるの。ええと、この辺に落ちては・・・・無いか」


「あっ、ここに来るとき私拾ったよ? はいっ! お姉ちゃん! あげるっ!」


カイリがポケットから小さな木の実を取り出し、それを私に渡してきた。


「・・・・・ありがとう」


「ううん。私、色んな木の実を森で拾ってるから、何か欲しいものがあったらいつでも言ってね!」



 カイリはそう言って、嬉しそうに微笑む。

 私は彼女から貰った木の実を大切に腰のポーチにしまった。



「・・・・・これでロクス様から貰った服を綺麗にできる。本当にありがとう」


「ロクス様?」


「・・・・・この家で一緒に暮らしている私の恩人」


「へぇ〜???」



 そんな私の一言を聞いたシンシアが、目を細めながら口元にニヤリとした笑みを浮かべていた。



「好きなの? その人のこと」


「・・・・・え゛っ?」


「あっ、その反応、当たり? いや〜あたしコイバナに飢えてるからさ、聞かせて聞かせて!」


「シンシア。昨日は余計な詮索をするなってミディックに怒っていたじゃないか・・・・」


「いやいやいや、コイバナは聞きたいでしょ!! あんな過疎った村に住んでたら恋愛なんてものに有り付けないんだからさ!」


「・・・・・可哀想に、ミディック」


「? 何であいつが可哀想なのよ?」



 額に手を当てて俯くケイゼンに、シンシアは困惑げな表情を浮かべていた。

 だが、すぐに気を取り直したのか、私に向けて期待の眼差しを向けてくる。

 


「それで、どうなの?」


「・・・・・別に、好きとかそういった感情では無いと思う。単に、私があの御方に恩を感じているだけで」


「本当〜?? 怪しいなぁ。白状しちゃいなよ、ホラホラ!」



 私の横腹をシンシアが肘で突いてくる。

その顔は実に楽しそうだった。

 これは、自分の心情を正直に話さなければ解放してくれなさそうな様子だ。

 観念して口を開く。



「・・・・・私は、あの御方をーーーー」



 その時だった。



「おいおい本当に居たぞ、褐色肌のエルフ」


「えっ?」



 突然、森から4人の男が姿を現した。

 その手には半月刀が握られており、全員、盗賊のような服装をしている。



「人間!?」



 ケイゼンが即座に立ち上がり、鞘から剣を抜き放つ。

 そして、私たちに向けて大声で叫んだ。



「お前ら! 今すぐ村に逃げろ!」


「お、お兄ちゃんはどうするの!?」


「ここであいつらを引き留める! だからお前らは今の内に!」


「無理よ! だって相手は4人なのよ!?」



 ケイゼンたちは慌てふためき、恐慌としている。

 この場で唯一冷静な表情を浮かべていたのは私だけだった。



(・・・・・奴らを殺すためには、武器が必要)



 私は武器になりそうなものを探し、周囲を見渡す。

 しかし、山荘の周りには木と草しか生えておらず、石や岩などは落ちていなかった。

 家の中に戻れば何かしらはあるだろうが、そんな隙を見せたら皆がやられてしまう。



(・・・・・ケイゼンの剣を借りる・・・・いや、あれは長くて私には扱いきれない。どうすれば・・・・)



 困り果てたその時、私はシンシアが背負っていたあるものに気が付いた。



「・・・・・シンシア、その弓、貸して」


「えっ、弓!?」


「・・・・・私が奴らを倒す」


「ルゥちゃん、弓の経験あるの?」


「・・・・・ない」


「だったら無理よ! 弓矢も2本しか持ってきてないもの!」


「・・・・・大丈夫。私を信じて貸して欲しい」



 その言葉を聞いたシンシアは、目をぱちくりとさせながらも私に弓を渡してくれる。



「動く標的を狙うのは難しいわよ。それに、私たちには人を殺害してはならない掟があるわけだし・・・・」


「・・・・・関係ない」


「えっ?」



 弓に矢を掛け、標的を定める。

 初めて触る弓なのに、何故か自然と、私の手にそれは馴染んだ。

 どうすればこれで相手を殺すことができるのか、瞬時に理解した。



「・・・・・死ね」



 弓から矢が放たれる。

 それは物凄い速さで空を切り裂き、直線状に敵の頭を貫いた。

 バタリと、音を立てて男の身体が倒れる。

 瞬く間に人が死んだその光景に、周囲の人々は皆絶句していた。



「・・・・・まず1人目」



 静寂が辺りを包む中。

 私は、次の矢を弓に掛けた。

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