第2章 闇妖精の少女 ⑥
「・・・・うーん」
現在私は、物干し竿に掛かっている白いワンピースと睨めっこしている。
昨日の戦いの影響で、私のワンピースには血の跡がべっとりと付いてしまった。
なので、それを何とかしようと洗って干してみたのだが・・・・・。
「・・・・・駄目だ。全然綺麗にならない」
血液は時間の経過と共に黒く変色し、その汚れはどんなに洗っても落ちなくなっていた。
ロクス様からいただいた大事な衣服を汚してしまったという現実に、私の心は暗く沈んで行く。
どうすれば、この黒い染みは綺麗さっぱり消えてくれるんだろう。
山荘の前で腕を組み、私は考える。
だけど、良い案は何も浮かんできそうになかった。
(・・・・・あの男め。死後私を苦しめるとはなんて奴)
死んだはずの人間にメラメラと怒りが湧く。
再びああいう敵に相対したら、今度は服が汚れないようできるだけスマートに仕留めることにしよう。
私はそう固く決意する。
「あ、あの!」
「・・・・・え?」
突如、背後から声がかけられた。
こんな山奥で連日、人に遭遇することなどそうそう無い。
私は即座に横へ飛び退き、急いで臨戦態勢を取る。
(・・・・・さっそく、敵!?・・・・って、アレ?)
声が聞こえた方向を見ると、そこには昨日助けた幼いエルフの少女が立っていた。
「・・・・・あなたは昨日の・・・・何でここに?」
「えっと、その、森を歩いていたらお姉ちゃんの姿が見えたから、あの、その」
女の子は口をもごもごさせ、何かを言い淀んでいる。
「・・・・・どうしたの?」
何やら落ち着かない様子だったので、優しく声をかけてあげる。
すると、女の子は私に向かって勢いよく頭を下げ、謝罪してきた。
「昨日はごめんなさいっ! お姉ちゃんは助けようとしてくれていたのに、私、途中で逃げちゃって!」
「・・・・・あぁ」
なるほど、それを謝りに来たという訳か。
わざわざ律儀なことだ。
別に彼女が私を置いて逃げたとしても、あの状況下だったのだから仕方ない。
流石にそれを責める気などは一切無かった。
「・・・・・大丈夫。気にしてないよ」
女の子の頭をポンポンと優しく撫でて、そう口にする。
「で、でも、私、ボコボコにやられているお姉ちゃんを置いて逃げちゃったんだよ?」
そうか、この子は私があの男を倒す前に逃げたのか。
であるならば、その態度にも納得がいく。
私が嬉々として人を殺めるあの様子を見ていたら、普通はこんな接触をしてこないはずだから。
・・・・ここは、余計な摩擦を生まないためにも、あの男を殺めたことは伏せた方が良さそうだ。
「・・・・こうして私も無事だったんだから、本当、気にしないで」
「ぐすっ、わたしっ、お姉ちゃんの姿見つけた時、本当にホッとしてっ! あのままあの人に連れていかれてたらどうしようと、ずっと心配してたのっ!」
「・・・・ありがとう。でも、もう森は1人で歩かない方が良い。ああいった人間にいつ出会すか分からないから」
「それなら大丈夫! 今日はね、お兄ちゃんと一緒に来ているの!」
「お兄ちゃん?」
女の子の指差す方へ視線を向けると、そこには剣と鎧を武装したエルフの青年が立っていた。
年齢は、私より少し上くらいだろうか。
よく鍛えられた筋肉が、彼の腕や脚には付いている。
「全部、妹から話は聞いたよ。君が助けに入ってくれてなければ本当にどうなってたことか・・・・ありがとう」
「・・・・・・私がやりたくてやったこと。だから、お礼は不要」
「いいや、恩は返させてくれ」
「・・・・・・恩を、返す」
ふと、ロクス様に助けられた時の自分を思い出す。
もし彼に、あの時のお礼はいらないと言われたら、私はどうするだろうか。
多分、私だったら無理矢理にでも恩を返そうとすると思う。
助けられたままのうのうと生きる自分が、きっと許せなくなるから。
(・・・・・・ここは相手のことを考えて、素直に礼を受け入れた方が無難?)
額に手を当てて悩む。
そんな私を見て、青年は優しげな微笑みを浮かべていた。
「少し歩いたところに、俺たち兄妹が住むエルフの集落があるんだ。そこで君を歓待したい」
「・・・・・・うーん、どうしよう」
悩む。
恐らく彼は、純粋にこちらをもてなしたいだけなんだろう。
だけど、あまり外の者と関わって問題を増やしたくはない。
「・・・・・・・私は・・・・」
「お姉ちゃん、一緒に行こ?」
ふいに、少女に手を握られる。
「・・・・・えっ? 待って、ちょっ」
「出発ー!!」
「よし、先頭はこの俺にまかせておけ! 魔物が出てきたら全部倒してやるからな!」
なし崩し的に私は彼らに連れられ、エルフの集落に向かうことになってしまった。
だけど、まぁ、良いか。
ただ歓待されるだけで、ロクス様の迷惑に繋がるようなことは何もないだろうし。
それに、こうして誰かと久々に交流を持てるのは、少し嬉しいし。
「おーいみんなー! 恩人を連れてきたぞー!」
森に囲まれた小さな集落に入ると、青年は大きな声でそう叫んだ。
すると、木の上に建てられたツリーハウスから次々とエルフが飛び降りてくる。
「ほぅ! 彼女が噂の勇敢なエルフの子か!」
「カイリに聞いた通り、珍しい肌の色と髪をしているのねぇ」
「・・・・その傷跡、人間にやられたのか? 可哀想に・・・・」
「馬鹿! 何てデリカシーの無いこと言ってんのよ! ごめんね〜うちの村の男、みんな頭が悪いから」
大勢のエルフたちが、私を取り囲み、一斉に喋りだす。
その光景に、思わずたじろいでしまった。
そんな私を見て、青年は笑い出す。
「ははは、ごめんな! ここの連中、みんな殆ど山から降りたことがないからさ。だから、外から来たエルフがよっぽど珍しいんだと思う。・・・・・っと、そうだ、まだ名前聞いてなかったよな?」
「・・・・・ルゥ。ルゥ・リエシネイル」
「ルゥか。よろしくな! 俺はケイゼン。こっちが、妹のカイリだ」
「えへへへ。よろしくね、ルゥお姉ちゃん!」
こうして私はエルフの兄妹、ケイゼンとカイリに招かれ、エルフの村へとやってきた。
賑やかそうな人たちばかりで、和気藹々としてて暖かそうな村だ。
(・・・・・・少し、似ている)
ふいに、私はお母さんと暮らしていた自分の故郷を思い出す。
あの村もみんな仲良くて、村民全員がまるで家族みたいだった。
けれど、あの村は人間たちの奴隷狩りに合い、滅ぼされもう存在しない。
未だに鮮明に思い出せる。
泣きながら人間たちに捕まる、故郷のエルフたちの姿を。
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