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第7話 和顔愛語VS笑わないイケメン

◇◇◇



 次の日。

 ゴールデンウィーク前、最後の講義がある日のこと。

 当然。僕は大学で各講義に出て勉強していた。



 ――――和顔愛語(わげんあいご)和顔愛語(わげんあいご)和顔愛語(わげんあいご)…………



 自然な微笑み顔をキープしようと朝から顔を作っていたら、ほっぺたがひきつって痛い。

 顔を上げている。

 背筋を伸ばしている。

 そうすると、他の人が普段よりも、よく見える。まだちょっと恐いけど。


 ほとんどの人は僕よりも低いけど、僕と同じぐらいの背丈の人もいないわけじゃない。

 ごくまれに、もっと大きい人も。


 なんだ、でかくて恐いのは、僕だけじゃないんだ。


 という、しごくレベルの低い納得をしてみたり。



 ――――昨日のサークルでは、水上さんにも新橋さんにも心配をかけた。

 体調が悪かったということで、水上さんがごまかしてくれたらしい。感謝と同時に、申し訳ない。

 次こそは、戦力に……なれるかわからないけど、とにかく、努力を。やれる努力をしよう。そう決めた。



 そんな今日、僕は自分に課題を課していた。今日は10人と話す、と。 



 ひとつの講義で、3人は話しかける。

 1限、2限、3限過ごして、どうにか9人。


 といっても話した内容は、

『お、おおおはよう!?』

とか、

『こ、こここここ、座って、だい、じょうぶですか?』

とか、

『あ、ああああのっ、僕が、前に座ってて、見づらくないですかっ?』

とかだけど。



 ――――いや、噛み方キツイなぁ………



 思い返しても、ただ恥ずかしい。

 恥ずかしいって、ただ恥ずかしいだけだろうと他人事ならそう思うけど。

 いざ自分が『恥』にまみれてみると、確かにそれに命を奪われる人もいると納得できるほどの、たまらなさだ。

 誰か殺してくれって思う。



(いや、違うだろ!

 努力するって決めたんだから!)



 僕は自分を叱咤しながら、この日受ける最後の講義の教室に入った。


 入ったとたん、女の子のざわめきが教室の前の方から聞こえてきて「なんだ……?」と思う。

 教室の一番前に、たくさんの女子が集まり、だんごのようになっていた。



(……ああ、この講義も鈴鹿(すずか)くんが一緒なんだった)



 教室の一番前にいつも座る彼の顔を思い返しながら、僕は定位置の一番後ろの席を……選ぼうとしたけど、すでにいっぱいで、どこに座ったらいいか迷う。


 前の方に行くと、女子の囲みに近づくことになる。

 一応僕と同じクラスだけど、一言も会話をしたことがない男、だけどその名を同学年の誰もが知っている男、鈴鹿尋斗(すずかひろと)くん。


 女の子の合間から、かすかに横顔が見えた。


 ひときわ目が吸い込まれる漆黒の髪と、黒い瞳。


 その、見えたかすかな横顔が、男の僕の頭からもしばらく離れないぐらい、鈴鹿くんの顔は、神がかってカッコいい。背中からでさえオーラが漏れている。

 平安貴族の『垣間見』(要はのぞき犯だけど)の気持ちがわかったと思えてしまうぐらい、破壊力のあるイケメンだ。

 映画でもテレビでも雑誌でも、それどころか二次元にだって、彼よりもイケメンなひとを僕は見たことがない。たまに神の化身じゃないかと疑うほどだ。


 しかし、その鈴鹿尋斗くん。

 彼が笑っているところを、僕は見たことがない。

 何か話しているところも、あんまり見たことがない。

 それでいて、マンガみたいに女子がみんな彼に夢中になっている。

 生まれもっての全方位国宝級顔面だけで、和顔愛語(わげんあいご)を遥かに凌駕してる存在。いったい努力の意味とは。


 ため息をつきながら、座れる席を探していると、始業時間が近くなったのか、女子の集団がぶわっと広がって席につき始めた。


 しまった。

 女の子たちが座っていない間に席を探そうと思ったのに。


 空いている席はあるけれど、女子の隣なんて、恐くて座れない。


『こいつこんな顔してわざわざ女の子の隣選んで座った?

 変質者か?』


とか、思われているかと思うと、恐くて怖くて座れない。


 どうしよう。

 教室の一番前から見て、大丈夫そうな席を探そうか?

 そう思い前に出て、うろうろと目で席を探した。

 ない。ない。あそこも無理。そっちもダメ。

 どうしよう、講義、立って聞く?


 途方に暮れた僕の、リュックを抱える腕を、ぎゅ、っと下から力強く掴んだ手があった。



(!?!?!???!?)



 なんだなんだ一体、と思って恐る恐る下に目を向けると、筋肉質で締まった腕がのびて、僕の手を掴んでいる。


 ついさっきまで、女の子に囲まれていた笑わないイケメンが、僕の手を掴んでいるのだと、気づくのに数秒かかった。


 一瞬呆けて。



(!??!!!???!!?!??!!!?)



 混乱のあまり硬直した。


 雲上人にも程がある神クラスのイケメンさまが、この最底辺以下の臆病者の醜男に、一体何のご用なのでございましょうか、と、頭がぐるぐるぐるぐる。



「席、空いてるぞ」


「……………へ?」


 心臓からお腹にかけて響く低い低い声。

 鈴鹿くんが、空いている方の手で、自分の隣の席を指差した。

 よく見ると、なんと、なんと、鈴鹿くんの隣は、両側とも席が空いていた。

 どうして?

 さっきまで群がってた女子たちは?



「え、えええ?

 あ、ああ、ありがとうございます…?」



 雲上人の隣などおそれおおすぎるのだけど、言われたことには従ってしまう性質の僕は、頭を下げて、素直に座った。

 にこりともしない鈴鹿くんは、軽く会釈して、もうノートを広げた。


 ちらりと見えたのは、筆圧強めのとても綺麗な字、しっかりまとめられた綺麗なノートだった。



「一番前はみんな敬遠するけどな。

 勉強するにはここが一番いい」



 ああ、なるほど。

 彼は、真面目に勉強したい人なのか。

 だからさっきのファンの女の子たちは、話しかけて嫌われないような、後ろに引いたんだな、と、僕は察した。


 それにしても、鈴鹿くんの低音、聞いててかなり心地いい。

 こんな声してたんだ、と、思いながら、僕はノートを取り出した。


 生まれもっての美しさだけ、と思ったことを、心のなかで詫びながら。



◇◇◇

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