第68話 想定内の乱入者
だけど波はまだ容赦なく襲ってくる。
「ま、まだ動かないで」
身じろぎするサキさんを僕は押さえる。
元自衛隊員ならきっと水泳は普通にできるだろうし、立ち泳ぎとかもマスターしてたりするかもしれない。
ただ、ここはプールじゃなく海。海水浴場とはいえ、足のつかないところで焦ってジタバタするのは良くないだろう。
……という僕の判断は正しかったのか。サキさんも僕から離れず、しがみついたままだ。
恥ずかしいのか、顔はうつむいてしまったけど。
「……僕がシャチ持って浅い方にいくから、サキさんは僕につかまったままでいて」
こくっとうなずくサキさん。
真正面からの女の子との超密着、濡れた肌がべったりと、溶け合うかと思うほど触れている。
男女の差なのか……運動して引き締まっているのに、サキさんの身体はびっくりするほど細く柔らかく感じる。
すべての理性を総動員して、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
鼓動が速くなっているのを悟られたくないが、この密着具合では簡単にバレそうだ。
片手でサキさんを落ちないように抱き締め、片手でシャチを掴んで、僕は波打ち際の方へ進んだ。
……完全に恋人の距離。やってることが恋人同士。
僕側の、人に当ててはいけないものもサキさんに当たってしまっている。
…………今は考えてはいけない。
安全第一。
水は恐いのだ……。
「タ、タオルで一回頭拭くよね。いったん上がっちゃおうか」
「……うん」
短い距離を永遠かと思うほどの時間をかけて歩き、砂浜に上がり、僕たち(+シャチ)はパラソルとレジャーシートのもとへ。
何だかドッと疲れた気持ちになって、思わずへたりこんだ。レジャーシート越しの温い砂が何だか懐かしい。
隣でタオルをかぶって頭を拭いていたサキさんが、ため息をついてうつむいた。
「サキさん?」
「反省してるの。はしゃぎすぎてカッコ悪いとこ見せちゃった」
「いやいや、そんな……カッコ悪いっていうなら僕の方こそだし、僕の方が深さを気にしてなきゃいけなかったのに」
「ううん、そんなことないよ。神宮寺くんのおかげで助かったもの。ありがとう……」
そっ、とサキさんがバッグに手を伸ばす。
「どうかした?」
「ちょっと……ね」
バッグから鏡を出したサキさんは、目元をちょっとこすってため息をつく。
「落ちちゃった」
「ああ、そっか」
「ふふ。しまらないや」
水の中に入ってもある程度大丈夫なメイクをしていたらしいけれど、さすがに頭まで海水を被ったせいか落ちている。
ただ、化粧をしていなくてもサキさんは綺麗だし、むしろ濡れ髪に濡れ肌のすっぴんでサキさんの綺麗な目を向けられた方が……何というか、琴線に触れる。
「…………僕は楽しいと思ったよ」
「ん?」
「サキさんがシャチと格闘してるとき、めちゃくちゃ楽しそうだった。
それを見てると、僕も楽しいなって思ってさ。
素の感情だから見てて心が揺さぶられたっていうことなのかな……」
そう言いつつも、なんか失礼なこと言ってるなとも思う。
「もちろん、今朝からのサキさんの運転とかさ、たくさんの気遣いとかさ、本当にありがたいよ。
おかげでとても快適に海まで来れて感謝しているし……人を思いやれるからできるんだなって。
僕もそうできるようになりたい。
ただ……」
「ただ?」
「…………何でもない」
ただ……その優しさや完璧さよりも、シャチにはしゃいでいた姿や今のすっぴんの方がグッときてしまう。
抱き締めたときの感触を思い出してクラクラする。
思った以上にそれらに脳が侵食されている…………男って、嫌になるぐらい単純だな。
「ちょっと話を戻していい?
私が楽しそうだと神宮寺くんも楽しいんだ?」
「うん。予想以上に。海って場所でこんなに楽しめると思わなかった」
「そっか。ならWin-Winだね。神宮寺くんが来てくれたから私はこんなに楽しんでるし、神宮寺くんも楽しいって思ってくれるなら私はとっても嬉しい」
「…………僕じゃない男の方がもっと楽しかったかもしれなくない?」
「そういうこと言っちゃうとこが神宮寺くんらしいけど、100%ノーです。繰り返すけど、今日私が楽しくいられるのは、一緒にいるのが神宮寺くんだからだよ」
「『なんか思ってるのと違った』とかない?」
「ないってばそんな…………あ」
「あったの?」
「う、ううん? 内緒」
なぜかそっと目をそらしたサキさんの頬が赤らんだ……ような気がした。
「これからも一緒に運動しようね」
「? なんで今そんな話?」
「え!? な、何でもないよ!! えっと、あ、濡れちゃったし気持ち悪いからパーカーとショーパン脱いじゃおっかな!!」
「待っ……脱ぐの!?」
なぜか焦った様子のサキさんが、勢い良くパーカーのファスナーを引き下ろして袖を抜く。ショートパンツから長い足を抜く。
あっという間に上下のビキニだけになったサキさんが刺激的すぎて、アワアワしていたら……。
……急に、背筋が寒くなった。
真夏の海岸で照りつける日差しを浴びている最中だというのに。
「…………どうして電話に出てくれないの?」
振り返り、向かい合った人物に僕はため息をつく。
「…………わりと想定内ではあったけど、一応聞くね。どうやって僕の居場所がわかったのかな?」
綺麗な顔に憤怒を浮かべてワンピースで腕組み仁王立ちしている明王寺まほろさんを、思ったよりも平然と迎えている僕がいた。
◇◇◇




