第67話 何か……普通に楽しい?
「ご、ごめん……?」
「まぁ、神宮寺くんを1人にした私のせいでもあるけど」
ため息をついたサキさんは、再び僕の腕をムギュッと抱き締めた。
いや、て、パーカー着てるとはいえ水着なんですけど!?
「あ、あの……サキさん?」
「さっきみたいなことになったら困るでしょ? だから、わかりやすくくっついていよう?」
「ち、近いよ!! っていうか!?」
皮膚と皮膚でダイレクトに伝わる圧にパニックを起こし、サキさんの胸、いや腕を振り払う。
が。
振り払った勢いで「わっ!?」とサキさんが砂浜に尻餅をついてしまった。
「ぅわわっ、熱っ!!」
「わ……ご、ごめんっ」
熱い砂にお尻をついてしまったサキさんは、砂にまみれながらレジャーシートの上まで転がった。
僕はますます焦って混乱する。
「あっつぅ……熱いぃ……」
顔をしかめたサキさんの、その水着で微妙に足を開いたポーズが目に毒すぎて。
直視できない僕は、視線を宙に浮かせながら
「ほんとに、ほんとにごめん……」
と手を差しのべた。
(そんなに力入れたつもりじゃなかったけど……いくらサキさんが元自衛官でも、性別差もあるし体格差もかなりあるのに、迂闊だった)
長い睫毛が瞬きで上下し、やがて、あははッ、と砂まみれのサキさんは笑う。
「私も焦っちゃった。どうしようもないね」
「……サキさん?」
僕が伸ばした手を、サキさんは今度も掴んでくれる。
「砂、ほんと熱いね~。油断したらやけどしちゃいそうだよ」
ビーチサンダルで立ち上がり、砂をパンパンと払う。
そんな仕草でさえ、芸能人みたいなスタイルの良さ、ボディラインの綺麗さが際立つ。
艶光る肌がまぶしい。さっき触れた生々しい感触がよみがえってしまう。
サキさんは形のいいお尻を無防備に突き出した体勢でレジャーシートにかかった砂も払う。
さらに目に毒なその光景からできるだけ目をそらしつつ、僕も一緒に手で払った。
「セクハラしてごめんね」
「あ、いや……僕こそ変にあわててしまって、その」
「神宮寺くんのペースに合わせてゆっくり距離詰めようと思ってたんだけどね……ハハッ、ダサいな」
「いや、そんなことは……ほんとにごめん」
きっと周りから見れば、腕を組まれてあわてて振り払って女の子を転ばせている僕の方がダサいはずだ。
「そっちは気にしないで。
私の今日の目標は、神宮寺くんに楽しいと思ってもらうことと、私自身も楽しむことだから。
水着も似合うね神宮寺くん。運動の成果かな。身体すごい締まってる」
「……あ、えーと……ありがとう、まだまだひょろいけど。サキさんもすごく、似合う。かわいい」
サキさんのきゅっと締まった綺麗なくびれ、めりはりの効いたスタイルの良さを引き立てるビキニ。
一見形はベーシックだけど、濃いブルーのほどよい光沢の生地によく見ると銀糸で模様が入っていたり、バストラインの下の飾りベルトがアクセントになっていたり、首の後ろで結ばれた紐に三日月型のチャームがついていたり、細部が凝っている。
行きに着ていたのとは違う、水着とセットらしいパーカーと組み合わせると、セクシーさもありつつ可愛らしく健康的で魅力的。
ただ。ちょっとだけ気になるのは。
「……なんで目をそらすの?」
「……あの……サキさん? 腰、タオルとか巻いたりとか、その……」
「ん?」
僕が普段女の子の水着姿を見慣れない人間だからなのか……少し足の付け根周りのラインが際どい……気がしてハラハラする。
「すごく綺麗だし似合うんだけど、なんか、周りの男もサキさんのこと……すごい見てるし?」
「そう?」
納得いかなそうな表情ではあったけど、サキさんはバッグからベージュのショートパンツを取り出し、はいた。これも水着とセットらしい。
とはいっても、完璧なラインを描く長い足は根元近くから惜しげもなく剥き出しだ。
並み外れた美人でもあり、周囲の野郎どもの視線はまだまだサキさんに集まっているけど仕方ない。
改めて海を見て(綺麗だな)と思った。
ゆっくり空気を吸い込む。
潮のかおりを味わう。
周囲が良く見えてくると、そこはまさにリア充と陽キャの巣窟。
それは世界で自分だけが取り残された気持ちになる、僕が一番居たくない世界。胸が痛くなる。死にたくなる。
もともと僕のお望み通りの自傷行為。そんな僕の勝手にサキさんを付き合わせている。
……そのサキさんは、僕が苦手な海を楽しめるようにと考えて、ここまででもたくさん工夫してくれているのに。
(せめて、サキさんが楽しめるように)
僕もがんばろう。
少なくとも、今日をサキさんにとっていい思い出にするのだ。
「じゃ、じゃあ何か借りてくる!? ビーチボールとか、シャチみたいなやつとか!?」
「おっ、いいね! 私、シャチ乗りたい」
「わかった! シャチ借りよう、シャチ!!」
圧倒的経験不足の初心者の僕に、何ができるかわからないけれど。
◇◇◇
「あははっ! うわぁ逃げるな! ひゃぁっ」
波に乗るシャチ型フロートにしがみついて、サキさんがはしゃぎ声をあげている。
「シャチ、おさえてようか?」
「大丈夫! 何とか乗って……わあっ!! 難しいなぁ……あっははっ」
さっきから上にまたがって乗ろうとしては波に邪魔されて苦労しているサキさんは、めちゃめちゃ笑っている。
僕はといえば、そばでゆらゆら波にゆられながら(なんか普通に楽しいな……)とか考えている。
非日常感たっぷりな場所で、身体を動かして、波を味わって。
それだけでもわりと周りのことなんて見えなくなるし嫌なことも……フラれたばかりなことも、忘れられるみたいだ。
もちろん、この僕がこうして海で快適に過ごせているのは目の前のサキさんのおかげである。
それにしても。
(……なんか、可愛いな?)
普段の、そして今朝からの隙のない恋愛猛者なサキさんも魅力的ではあるのだけど、シャチに苦労する今の彼女は妙に可愛い。
本当に楽しそうで、ずっと見ていられる。
「わっ、乗れた! 乗れたよ!」
「すごいっ」
シャチの上に乗りつつも、しがみついているようなサキさん。
彼女の首から下げられた、防水ポーチの中が大丈夫か気になりつつ、僕はシャチに近づいた。その時。
「ん、わっ!!」
少し大きい波が来て、手を滑らせたサキさんはシャチから落ちた。
「サキさん!?」
一瞬頭まで沈んで、僕は焦って両手を伸ばす。
油断してた。シャチの動きにつられて、知らず知らず深いところまで来てしまっていた。
このあたりは僕ならまだ足がつく、だけどサキさんは?
「ぶはっ!」
「サキさん、大丈夫!?」
「だ、だいじょぶっ。ごめん、足がつかなかった」
海面の上に出てきたサキさんを抱える。
頭まで海水をかぶった彼女もあわてたのだろう、思わず僕の肩にしがみつき、首にしっかり手を回した。
至近距離で顔を見合わせ、そして。
「あっ……」
2人、真正面から抱き締めあう体勢になってしまっていることに気づいた。




