第65話 ドライブデートという発想がなかった
◇◇◇
告白が玉砕して数日後。
そして僕が鈴鹿くんと大文字の送り火を見た、翌日の朝。
僕のマンションの前まで、一台の自動車が迎えにきた。
「おはよー。今日はよろしくね!」
「ほんとにレンタカー借りてきたんだ……」
「うん、電車より良いかな?と思って」
スタイリッシュな車の窓から笑って挨拶してきたのはサキさんだ。
海仕様なのか、亜麻色の髪を大ぶりに編み込んで、ゆるくまとめた髪型も可愛い。今日も完璧美人。そしておしゃれ。
────やっぱほんと、綺麗なんだよなぁ、この人。
思わずまじまじと見つめると、「ん? どうしたの?」と恥ずかしげに目を伏せる。
「珍しい。いつもそんなに人の顔じっと見ないのに」
「いや、別に……」
告白玉砕後、数日。
やけになり自傷的な意味でサキさんに海行きを提案した僕だったけど、その後ずっと鬱々としていたかというと、意外とそこまででもなかった。
海に行くと決まった日から、サキさんが毎日僕に電話してきたからだ。
さらに運動にも誘ってきた。
サキさんのおかげで強制的に水上さんのことを考えるのをやめる時間ができることで、僕は結果的に、ふられたことばかり考えなくて済んだ。
海に行く日も、行く海水浴場も、サキさんから候補をいくつも提案してくれて、受け身な僕はそれに乗っかるだけだった。
しかもサキさんは
『じゃあ、それに合わせて車借りてくるから海までドライブしよう!』
とまで言い出す。
ドライブデートという発想が僕にはなかったです。
ちなみに免許持ってません。
「海まで運転……大丈夫?」
京都市内から日本海側に向けて走るので、結構な距離になる。
「平気平気! さ、乗って乗って」
「うん、お邪魔しまーす」
水着やらタオルやらを詰めた大きなリュックを抱え、僕はエアコンの効いた車の中に入る。
サキさんの全身が目に入った。
(……かわいい)
いつもより動きやすさ重視なのか、膝下丈の花柄のホルターネック型ワンピースから綺麗な足が伸びていた。
羽織っている白いシースルーのパーカーは、二の腕が透けて逆にドキドキする。
いまは運転仕様なのかドライビングシューズを履いている。後部座席を見ると、バッグとサンダル……あと何故かクーラーボックス?があった。
サキさんが、綺麗な笑みを浮かべながら冷たいペットボトルを差し出す。
「熱中症予防に飲み物用意してるよ! 後ろにクーラーボックス置いてるから遠慮なく取ってね」
「あ、ありがとう……」それでか。
「あと、音楽どの辺が好き?」
「えーとね……」
サキさんが見せてくれたプレイリストから僕が選んだ曲が、車内にかかる。
車が走り出す。
少し乗っただけですぐわかった。
サキさん、めっちゃくちゃ運転うまい。
「途中で2回トイレ休憩するね。
お菓子も用意してるから、好きに食べてね」
「わぁ……ありがとう」
至れり尽くせり……いや待て。
(……僕、サキさんに彼氏力で負けてるのでは!?)
いまさらだけど。
サキさん、さすが手練れすぎる。
これは……僕もなんかしなくてはダメなのでは?
といって、何ができる?
楽しませる会話とか?
「サキさんは、結構運転するの?」
「ん? うん、機会が多かったからかな」
「すごい運転うまいね」
「えへへ。ありがと」
「やっぱり自衛隊って戦車運転したりとかするの?」
サキさんが吹き出し、笑いだした。
「してない、してない! 戦車運転できるのってすごいエリートだよ! 戦闘機のパイロットみたいな」
「あ、そんな立ち位置なんだ……」
自衛隊員全員戦車運転できるとか、そういうことはないんだ。
「サキさんは海、結構行くの?」
「海はね、大好き。でも仕事してる間は、なんだかんだで年一回行けたら良いほうだったかな?」
「そうなんだ……」
「だから今日、神宮寺くんが一緒に来てくれるの、すごい嬉しいの!」
う。可愛いカウンターが来た。
「そう、なんだ……ありがと」
『たぶんこの人と付き合うと、楽しい日々が待ってるんだろうな』
サキさんは、そう思わせる女の子だ。付き合ったら、すっごい甘えてしまいそうな気がする。
『うちが自分を納得させられへん』
────水上さんの言葉が不意によみがえる。
少しだけ水上さんの言ってることがわかる気がした。
サキさんは、僕にはもったいない人だ。
好きになったらなったで、コンプレックスに苦しんでしまいそうな気がする。
(往生際が悪いぞ。幻滅されるの想定内で海行き決めたんだから、しゃんとしろ)
僕は内心自分を叱咤した。
◇◇◇




