表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/69

64話 海に行くという自傷

◇◇◇



「好きです」



 電話口でそう言って、最初に返ってきたのは、水上さんの絶句だった。


 電話の向こうで息を飲む様子が、全神経を集中させていた僕には感じ取れた。



『………………………………え?』



 ようやく漏れたのが、その一言。

 そして、また、沈黙。



「好きです。水上さんのことが」



 一度言うと抵抗がなくなるもので、二度めの『好き』はするっと口から出てきた。



 水上さんは、電話の向こうでしばらく考え込んだ様子だった。そして。



『それは……その……漫画で良く出てくる告白罰ゲームとかではなくて?』


「ないです。というか、うちのサークルの誰がそんなことさせるんですか」


『まぁ、そうやんなぁ……うん……』



 そうして、また、沈黙。


 僕も、この歳になって初めて知ったけど、人から好意をぶつけられるのって、重い。それがたとえ3日前に別の男に告白してた女の子相手でも。


 どう対処しようか返事しようか……どう言えば納得して諦めてくれるのか……どう言えばできるだけ傷つかないか……。

 相手のことを考えれば考えるほど、エネルギーをごっそりと持っていかれるしんどさみたいなのがある。


 それにそもそも告白する側は先にある程度準備ができているだろうが、される側はいきなり心の準備もなくリングの上に引きずり出されるようなものだ。


 電話越しとはいえ、今、他でもない僕が水上さんにそれを味わわせているという罪悪感。それを上回る緊張感。


 どう思っているのか?

 どんな答えをくれるのか?


 それを、僕は待つ。



『……ありがとう、でもごめん』



 長い沈黙のあと、水上さんはそう返事をした。



「……そうですか」予想していた答えだったから、食い下がるつもりはなかった。


 だけど、水上さんはこう続ける。



『ごめん、本当に。正直、うちじゃ釣り合わなさすぎて』


「釣り合わない?」


『……顔がね。……顔だけちゃうな、見た目全体が』



 それはひどく自嘲するような口調だった。



『橋元さんとか明王寺さんとか1年の可愛い子たちが神宮寺くんのこと好きって言ってるわけやん。

 たぶん、付き合ったら、なんでうちが付き合ってるんやろうって、ずっとそのこと考えてしまう気がする』


「……僕が好きだからじゃ、ダメでしょうか?」


『うちが自分自身を納得させられへん』


「水上さんは、すごく可愛いですよ。素敵です。他の誰より……」


『……ありがとう。神宮寺くんの主観ではそうなんや。でも、世間的に見て美人ではないやろ?』


「それは、すごくどうでも良いことに聴こえますが」


『神宮寺くんと付き合ってく自分が想像できへんねん』



 食い下がるつもりはなかったのに、何度も言い返してしまった。


 僕を呪ってきた『見た目が10割(ルッキズム)』。

 見た目を改善して、同級生たちを黙らせて、解放されたと思った矢先にこれって……。



『…………最初に(シン)ちゃんがうちに連れてきてくれたときの神宮寺くんやったら……』



 心臓が大きな音を立てた。



『でも、その時の神宮寺くんのままやったら、きっと自分のこと嫌いなままで楽しくなかったやろ。それって、縁がなかってん』


「今の僕ではダメなんですね?」


『うん。でも、前の神宮寺くんやったらって思ってしまう自分も許せへんから、だから……断らせて。お願い』


「…………わかりました」


『繰り返すけど、ほんまありがとう。うちはサークルにはしばらく行かんとくな。じゃ』



 最後に声をかけたかったのに、水上さんは言うだけ言って切ってしまった。



 ドッと身体が重くなる。

 ベッドに仰向けになって天井を見上げる。



(…………ふられた)



 想定していたことだけど、理由が想定外で、身体を重くしている。


 告白したことに後悔はない。結論は出たんだから。


 だけど……。


 最初にかっこいいと言ってくれたこと。眉を整えてくれたこと。メンタルがおかしくなったときに助けてくれたこと、水上さんがしてくれたひとつひとつが、頭のなかを駆け巡る。

 その全部がいとおしい。



(ああ、やっぱり、水上さんのこと好きだったんだな……)



 しばらく、彼女を想いながら僕は放心していた。


 自分の恋心を弔う時間が、必要だった。



 ────不意に電話が鳴る。

 自傷的な気持ちで、僕は相手を見ずに電話を取った。



『あ、もしもし、神宮寺くん?』



 橋元サキさんだった。拍子抜けしていた。何となく、もっと自分を傷つけるものを欲していたからだ。



「どうかした?」


『うん、久しぶりにまたトレーニングとかしないかな、と思って。誘いに』



 トレーニングか。そうだな。身体をいじめれば少しは気持ちが紛れるかもしれない。



「うん、良いよ。いつからでも、やろう」


『いいんだ。じゃ、やろっか。

 あと、夏のうちに遊びにも行ければなーなんて……』


「どこ行きたい?」


『え?』


「サキさんの好きなとこ行こう。予定も合わせるから。海でもなんでも」


『え、でも苦手って言って……』


「克服するから」



 やけになっていたのかもしれない、遊びに行くのが嫌な場所筆頭の海を挙げた。

 たぶんサキさんは海とか好きだろう。だけど僕は海での遊び方も知らないから、そんな僕を見て、サキさんはきっと幻滅するだろう。



『良いの、海行っても!! じゃ、行こうか海。楽しみだね』



 サキさんの可愛く弾んだ声を、僕はどろどろと黒い気持ちで聞いていた。



◇◇◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ