第63話 送り火はたぶん鈴鹿くんと見る
◇◇◇
京都に帰ってきてからしばらくは、僕は精神的に疲れていた。
ほとんど外に出ず家でぐったりして、サークルの人からのメッセージに返信して、思い出したように勉強して、そんなぐだぐだ生活を送っていた。
────両親からはその後、詳しい状況を報告された。
保護者たちからの正式な謝罪。高校の当時の担任たちからの謝罪。それから慰謝料……。
何がどうなってそうなったのか、これも明王寺さんパワーなのか。
何人かの女の子たちが、それでも僕と連絡を取ろうとしていたようなんだけど、それらしいものは僕の方で全部ブロックしている。
(もうこれで……安全って言えるのかな)
明王寺さんからは
『骨を折ったんだから対価を』
というメッセージが来ていたけど、あまりに疲れていたので無視している。僕もどんどん図々しくなるな、と思った。
水上さんには時々連絡をしている。一応帰省の間に橋元さんとのことは誤解が解けたけど、
『良い子やし、そのまま付き合ってもええんちゃう?』
という返事がきてしまった。
これは、『おまえなんか眼中にないよ』『告白もしてくんな』と言われているという理解で合ってる?
『自分を好きになってくれる相手の中から、自分が好きになれる相手を見つければいい』
その考えが再び頭をもたげつつあったけど、好きになれる相手って誰だろう?
お盆前のある日、鈴鹿くんを昼食に誘った。
前に五山送り火を一緒に見ようと話していたから、具体的にプランを話そうと思って。
自分から友達を誘えるようになるなんて、僕も成長しているなと、こっそり自画自賛した。
◇◇◇
「────告白しないのか?」
鈴鹿くんの一言に僕はお茶を吹いた。
人の少ない学食の中、良かった、誰にも見られていなさそうだ。
「………………は??」
「水上先輩の誤解は解けたんだろ。だったら早めに言った方が良いんじゃないのか。
むしろ先輩を送り火に誘ってもいいだろうに」
「そ、それは……いや、その」
「嫌なのか?」
「嫌……ではない、けど、まぁ、脈はないんだろうなって思う」
「そうか。じゃあこのまま?」
「言わない……のが、何事もなくて一番無難だよね。べつにわざわざ傷つく必要もないんだし……ただ」
「ただ?」
「…………何でもない」
結局、水上さんを好きでいる限り、他の女の子にどぎまぎしたり性欲を抱いたりしたとしても、他の誰かをちゃんと好きになることはないんだろう。
他の人、好きになれたら良いけどさ。
恋心にとどめを刺すために告白するっていうのはありかな。いや、うーん。
「……告ハラになったら、嫌だしなあ……」
「なるか? 神宮寺の方が後輩だし、特に威圧をかけるような告白はしないだろう?」
「まぁ……うん」
以前、鈴鹿くんと告ハラについて話したことがある。
『いままで男性しか好きになったことがない鈴鹿くんが、そのことを知ってる女性から、それでも好きだって告白された場合って、告ハラって感じるのか?』
人に頼まれて、そう、僕が聞いた。
で、鈴鹿くんの答え。
『人間の幸福追求権のひとつとして、告白の権利は人それぞれ持っていると考えている』
『が、相手の人権を尊重してくれというのと。告白されることによって身に危険を感じることもある、ということを認識した上で告白してくれ、とは言いたい』
告白してくる相手の言葉のなかに差別が紛れ込んできて、心を削られたり、場合によっては身の危険を感じることがしばしばあるらしい。
まぁ、相手が嫌がるようなことは極力しない形で、嫌がってると思えばすぐに引くつもりで告白すれば、ハラスメントにはならないのかな……。
「……まぁ、でも、男しか好きにならないとわかってて告白されるのはわずらわしいよね」
鈴鹿くんに寄り添うつもりで、僕がそう言うと、「……うーん……」と鈴鹿くんが考え込んだ。
「どうかした?」
「いや、この前話したときから少しいろいろあって」
「? どうかしたの?」
「…………恋愛感情的な何かを抱いたかもしれないんだが、相手が女なんだ」
「なる……ほど??」
「まだ、そういう感情だと決まったわけではないと思うんだが」
「………………いや、好きになれる人の対象が広い分には良くない? ダメ?」
「そういうものでもない。
最初に男が好きだとわかった時には相当混乱したし、それを自分に納得させるのに何年もかけたからな。
むしろ勘違いであることを今祈っている」
「……でも」
その先を言いかけて、僕は口をつぐんだ。
日本は同性婚ができない国で、同性愛への偏見もまだ強い。恋愛の相手が異性なら、そういった偏見からは逃れられる。
……って、そういう問題じゃないんだろうな、たぶん。
「俺の話が長くなったが、神宮寺は告白して良いと思う」
「そ?」
「うまくいってもフラれても、話はいくらでも聞いてやるから」
ははっ、と笑いがこぼれた。鈴鹿くんは良い奴だな、ほんと。
「…………送り火は鈴鹿くんと見るよ。告白は先にする」
「あとで予定を変えてもいいんだぞ?」
「どうかな」
これは、恋心を葬るための告白だ。傷ついたあとに楽しいことが待っている方がいい。
決心が鈍らないうちに、僕は水上さんにメッセージを送った。
水上さんは帰京後早めに帰省していて、まだ会うことはできないから、電話をしてもいいですか?と。
すぐに返信があり、夕方、僕は水上さんに電話することになった。
◇◇◇




