第60話 籠城戦は腹を決めて。
『神宮寺クン?
昨日の晩に、敵のリストを送ってくれてありがとう』
いつもどおりの明王寺さんの声。
敵って言ってるけど、たぶんそのうちの何割かは明王寺さんが京都に呼んだ人たちです。
忘れてるかもだけど。
『大体、今日のうちに全員の住所と親の仕事までは掴めそう』
「……明王寺さん、どういう情報網なの?」
『フフフ。ヒミツ。知りたかったら、今度ボクの家で教えてあげる』
いやもう懲りたからね?
美味しいものがあっても行きません。
『時間はかかるけど、弁護士立ち合いで、きっちり一人一人、親同席のもとで詰めるのはどう?
集団を一度に相手にすると、厄介で話が通じなくて面倒でしょう。キミもストレスだろうし』
「……そうだね」
『弁護士からの文書をまず親の職場に届けさせて、何かあったら職場にばれると親を怯えさせてからがいいかな?』
「待って、なんでそんな慣れてるの」
『ヒミツ。知りたかったら(以下略)』
でも明王寺さんの提案はありがたい。
陰キャ最底辺野郎のコミュ力は本当にゴミなので、僕一人の言葉で大勢と闘える自信はない。一対一でも微妙。
昨日坂木さん相手にがんばれたのは、怒りのエネルギーとか勢いだろう。
だけど、時間がかかればそれだけ、綾矢の夏休みを長く潰してしまう。
大学生の夏休みはどうにでもなるけれど、高校生の夏休みはいろんな意味で大切だ。
僕には二度と返ってこない大切なもの。
────マンションの玄関チャイムが鳴った。
綾矢が顔をゆがめ耳を覆い、それ以外の全員が腰を上げて臨戦態勢になる。
ドンドン、ドンドン、ドンドン。
遠慮なく、叩き壊しそうな勢いでドアが叩かれている。
「もう警察呼ばれても良いって開き直ったのかな」
低い声でサキさんが僕に囁く。
さっき彼らは、この近くに集まっていた。
この前は引いた。だけど今日は集団心理で気が大きくなってまた押し掛けてきたんだろうか。
「私と鈴鹿くんとで追い払う?」
「いや。警察を呼ぶよ」
警察は、武道の熟練者の手足も凶器扱いにしてしまうと聞いたことがある。
サキさんと鈴鹿くんが僕たちを守ってくれても過剰防衛にされてしまうかもしれない。
『神宮寺クン?』
まだ繋がっていた電話。
明王寺さんがこちらに声をかけてくる。
『ボクから通報するよ。
昨日のうちにこっちの警察関係の有力者に少し話を通してあるから』
「ごめんホント明王寺さん何者!?
……じゃなくて、ありがとう。助かる」
『フフフ。お礼は後でもらうから。
じゃあね』
なんか聞き捨てならないことを言って明王寺さんが電話を切った。
というか通報できるということは、明王寺さんはうちの住所覚えた? GPSか何か見た? ちょっと恐いぞ?
ドアの外にいる人間は、ずっと乱暴にドアを叩き続け、何を言っているのかわからない声でわめいている。
……近所迷惑だ。周囲の部屋の人たちも、うるさくて恐くてつらいだろう。
応対せず、警察に通報するというのは、いま僕が自分で決めたことだ。だけどその選択を一瞬後悔しそうになるほど、精神的にキツイ。
「出ちゃダメだよ、神宮寺」
僕に念を押すように、新橋さんが声をかけ、背中をさする。
「周りに迷惑をかけちゃってるような気になるよな、わかる。
でも出ちゃダメだ、絶対」
「…………はい」
「そうだな!
とりあえず、籠城戦だ。ゲームでもするか!」
「すみません、うちゲーム機なくて……」
「ウッソ、マジで!?
じゃ、トランプとかウノとか、人生ゲームとか何か」
「まったくないです。友達をうちに呼ぶこともなかったので……。
小学校入学の時に買ってもらった百人一首が新品のまま残ってますけど」
「ちょ、悲しい! 悲しくなるからやめてそういうの!」
そこまで百人一首ダメかなぁ?と思った僕だったけど、不意に綾矢を見ると、さっきまで怯えて耳を塞いでいたのが、顔を上げて、少し紅潮した顔でこちらを見ている。
「うちに百人一首、あったの……?」
「あ、うん、持ってたけど……知らなかった?」
「ずっとやってみたかったんだけど、ないと思ってた」
………………なんと。
それは悪かった。。。
「じゃ、出してくる?
というか、みんな、やる?」
と、みんなの顔をみながら聞くと、
「私と鈴鹿くん、強いよ!
道場のこどもたちに百人一首教えてたから」と、サキさん。
「うちも、多分百人一首では負けたことないかな」と水上さん。
「マジで? 俺もカルタ大会で学年一位取ったことあるよ?」と新橋さん。なんでみんな、そんな猛者なの?
じゃあ百人一首でいいか、と思い、ドアの外でがなり立てる声を無視しながら、自分の部屋に戻って百人一首を取ってきた。
…………けれど札を並べている途中で、ドアの外の声の様子が変わった。
「警察、ついたのかな?」とサキさんが言うのと同時にインターホンが鳴った。
「神宮寺さん、警察の者です。先ほど通報いただきました件で……」
「はい!いま、行きます!」
札を並べる途中で警察が来てしまい、しょんぼりした顔になった綾矢に、「あとで一緒にやろう」と声をかけると、綾矢は少し笑ってみせた。
警察が来た。ここからが勝負だ。玄関に向かう僕を追いかけるように、鈴鹿くんがついてきてくれた。
◇◇◇




