第58話 まぁ、サキさんと鈴鹿くんだし!
◇◇◇
翌朝。
「なんだこれ…………?」
メッセージアプリの画面を開くと、よくわからない複数のアカウントがすいぶんたくさんの着信を残していた。
これ、坂木さんの電話があんまり雲行き良くなさそうだから、仲間たちが僕にかけてきたのか?
1人が知っていればそこから僕の連絡先が広がっていてもおかしくはないか、確かに。
でも、メッセージは誰も送ってきていない。
僕が通報するとか言ったから、警察が介入してきたときに備えて、文字で残すのを避けているということだろうか? いまさらな気もするけれど。
────電話がかかってきた。新橋さんだ。
『もしもしー?
昨日大丈夫だった?』
後ろで他の人の声がする。
朝からみんな集まっているのらしい。ホテルの朝食ってバイキングとかなんだろうか。
「同級生の女の子から、用件のよくわからない電話がかかってきただけです。
そのせいか、なぜか同級生らしいアカウントから着信が一斉に来ていたんですが」
『着信だけ?
メッセージとかなかった?』
「はい、夜の間に。まったく着信に気づかずに眠っていました。
ただ、昨日の電話をかけてきた人はやっぱり僕に、ここに帰ってきてほしかったみたいです」
『それにしたって、大学生や社会人にもなっていじめの延長で、そのためにわざわざこっちまで帰ってこいって?
なんか、アホどもの悪ノリっぽいのに、神宮寺に変な執着の仕方してるよな』
確かにそうだ。
彼らの言ってることからすれば、僕が視界からいなくなればそれで『めでたしめでたし』になるはずだろうに。
『昨日の電話、それ以外に何か言われたか?』
電話の向こうの相手が変わった。
体幹に響く低温の美声。
鈴鹿くんの声だ。
「昔のことがどうとか。何が言いたかったのか正直わからない。
ごめん、朝食行くね。このあとすぐ両親が出勤する」
『わかった。
後でまたそっちに向かう』
「ありがとう」
電話を切ると、綾矢が僕を朝食に呼ぶ声がした。
◇◇◇
「おっはよー」
「……こんにちは。今は大丈夫そうやな」
両親が出勤した後、しばらくして新橋さんと水上さんがうちに来た。
新橋さんは気楽ともいえるいつものテンション、水上さんは慎重に、周囲に警戒しながら。
「あの、ほかの人は?」
「明王寺は調査で別行動。
鈴鹿と橋元さんは、近くをさっと見回ってからこっちに来る。
ああ、そうだ綾矢ちゃん。
昨日お兄ちゃんの方には例の連中から鬼電入ったらしいんだけど、綾矢ちゃんの方には大丈夫だった?」
「私は……昨日は全然連絡なかったです」
綾矢の携帯の履歴を昨日見せてもらったのだけど、彼らは毎日のように綾矢を脅しつけるメッセージを送ってきている。
そこでも最近、僕をここに呼び戻せと繰り返していた。
僕は呟く。
「京都で僕を見かけて、その時にサキさんに軽く捻られて、それを恨みに思って…………これがきっかけだったとして、それにしたってなんか粘着質ですよね。
あれでしょうか、集団心理で、みんなで盛り上がって引くに引けなくなった的な」
「でも……大学1年の夏なんて、普通いくらでもやることあるやん。
バイトにしろ、遊びに行くにしろ。
その状況でみんな集められるような動機かなぁ」
うーん、と首をかしげたその時、玄関の呼び出し音が鳴った。
玄関ドアを僕が開けると、サキさんと鈴鹿くんが顔を出した。
2人とも整った顔に滝のような汗が流れている。
まぁ汗かいてても美人とイケメンなんだけど。
「ううぅぅう! 暑い! 暑かったぁ!」
サキさんの悲鳴じみた声に、綾矢が冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出す。冷えた麦茶をそのままグラスに注いだものを、それぞれサキさんと鈴鹿が手に取った。
「ありがとう、生き返る~っ」
「ありがとう、いただきます」
対照的なテンションで麦茶を飲む二人。勢いよく飲み干して、
「美味しかった!」
とグラスを置いたサキさんは、
「そうそう、それでね」と、腰に着けたバッグを漁り始める。
「ちょっとね、結構びっくりな収穫があってさ」
「なに?」
サキさんはやがて、手のひらにのるほどの大きさの、ダークグレーの電子機器を取り出した。
「ボイスレコーダー?」
「うん。実は」
みんなにレコーダーを示してみせながら、サキさんは続ける。
「見回ってたら、昨日でくわした辺りでまた彼らが溜まってたので、話してること録音しちゃいました」
「おおう……よく録音できるような近くまで寄れたね?」
集音マイクとかじゃあるまいし、めっちゃ近くまでよらなきゃだめだよね?
まぁ、見つかってもサキさんと鈴鹿くんであれば平気だから、大胆なことができたのかもだけど。
ふだん常識人ぽい顔してるけど、鈴鹿くんやっぱりこういう作戦乗っちゃうのね。うん。うすうすわかってた。
「坂木さん、って人もいた。
昨日、神宮寺くんに電話したこと、話してたよ」
「!
さ、再生してみてもらっても、いい?」
サキさんはうなずき、テーブルの上にそのボイスレコーダーを置いて、再生のスイッチをいれた。
ざわざわとした雑音。サキさんが調整してノイズを減らす。
『…………しかし、神宮寺の奴、本当に警察に言う気なのかな』
『――――帰ってきてんのかが、わかんないのが痛いよね。』




