第57話 怒るのも疲れるんだ。
『あのね、神宮寺、くん…………怒ってる?』
僕が無言でいると、坂木梨絵は、取り繕ったように『くん』を付けてきた。
周りにみんながいないこの場所で、電話口で何か話すのは正直下策だと思う。
うっかり何か変な言質を取られてしまうかもしれない。
最低限だけ話して、さっさと切ってしまいたい。
「…………妹の身を危険にさらされて、怒らない兄がいると思う?」
『えっ??
ちょっと、なんで、そんな深刻な捉え方すんの??』
ダメだ。感情がうまくコントロールできないし、冷静になれない。
口がまるで別人のもののように勝手に動いていく。
「僕の友達に暴力を振るった人間の仲間が家に侵入して、妹に暴力を振るった。
これって一歩間違えば殺されてたかもしれない。
君たちの悪のりで、悪気なく」
『ちょっと、ちょっとぉ……!!
さっきから何の話してるの。
ふざけないでよ』
「僕には君たちがそういう人に見える。僕たちを人間だと思っていない人たちに。
実際思っていないでしょ? 僕たちを人間だと」
次々出てきた言葉。
普段ならとっくにどもるか詰まるか、言葉が出なくなっている頃なのに……。
自分を非のない側において相手を糾弾すると、こんなに言葉が出てくるのか。
相手が女の子1人だからなのか。
電話の向こうで坂木さんがしばらく黙る。何をしたか、この期に及んでわかってないならもうどうでもいい。傷ついたならさっさと電話を切れば良いのに。
どうせ仲間に泣きつけばいくらでも慰めてもらえるんでしょ?
『私たち、ただ神宮寺に……神宮寺くんに帰ってきてほしくて』
「…………用は済んだ?
切るね」
『待っ、待って!!
切らないでお願いっ!!
何でもするから』
「じゃあ、二度とかけてこないで」
『本当の本当に、悪気なんてなかったんだよ、ただ、私さ、言いたくて』
「気持ち悪い不細工が色気づいてさらに気持ち悪いとでも?」
『そんなことない!!
カッコよくなったねって…………言いたかったんだよ』
僕は聞こえよがしにため息をついた。
ふだんなら誰に言われても動揺しただろう。今は正直どうでもよく思えた。どうせ何かの、僕を傷つけて笑い者にするための手段なんだと思った。
…………怒りが尽きそうにない。自分を壊してしまいそうなほど。
「…………切るね」
『あっ、待って神宮寺、あのね、あのときのこと、ご』
まだ電話の向こうで何か言っていた坂木さんの言葉をなかったことにするように電話を切った。
…………今はまだ高ぶってるけど、落ち着いたら罪悪感とか余計なものが湧いてくるんだろうな。
そう思いながらベッドの上に寝転がる。疲れた。怒るのも、疲れるんだ、こんなに。
(…………みんなに、リストを送らなきゃ)
すっかり億劫な気持ちになってしまった身体を引きずり上げて、僕は手書きのリストを手に取った。
明日にはきっと、闘いが始まる。そんな気がした。
◇◇◇




