第56話 深夜の電話
◇◇◇
それから、父さんと母さんが帰ってくるのを僕たちは待った。
こうしている間にも、あいつらが家に押しかけてくるかも? と警戒と脳内シミュレーションをしていたのだけど……今日はそれを免れた。
幸運にもそれぞれいつもの時間より少し早く帰ってきた両親は、僕がつれてきた来客の多さに目を丸くしていた。
「綾矢ちゃんの……えっ、賢ちゃんの……お友達?」
僕に友達がいるとは思ってもみなかったんだろうな、という反応だった。
両親そろったところで僕から、今まで同級生たちにされてきたことを話し、綾矢は綾矢で、いま彼らにされていることを話した。
ただただ困惑し、呆然とし、なにを言っていいかわからなさそうな両親。
すぐに寄り添ってくれるとは思わなかったけど、この困惑には、少し傷つくな、と思った。
これは僕の想像だけど……両親は、僕のことは根暗で陰キャで正直多少はいじめられていてもおかしくないなーぐらいには思っていたけど、まさか綾矢まで……という気持ちなんじゃないだろうか。
「家にまで押し掛けてくるって……ダメじゃないか、入れちゃ……」
「父さん。1人で家にいるときに集団で押し掛けてこられて、断ったら次から何をされるかわからない状況なんだよ?」
つい、口調がきつくなりそうになる。
あまりに想像力がなさすぎる。
「もちろん、これから先は絶対入れちゃ駄目だけど…………。
今回僕までちょっかいを出してくるトリガーになったのはたぶん、京都で僕を見かけた奴らがいたからだと思う」
「そう……ね。
賢ちゃん、久しぶりに見て正直ビックリしたぐらい、カッコよくなっているものね」
母さんがうなずく。ちょっと、家族に言われると恥ずかしい。
「ああ……本当に賢一郎か?と目を疑った」
父さん。自分の息子ですけど?
「で、その…………それは、警察沙汰にした方が良さそうなのか」
「正直、話をつけられる相手だと思っていない。
僕たちが帰ってからの綾矢の安全を確保するために、できれば警察に介入してほしい。
それでももし難しかったら、綾矢が京都にくる選択も考えてください」
「…………わかった」
両親の顔を見ると、たぶんまだ、子どもたちが何をされたのか何をされているのか、ピンときていない。
それでも、話すことが第一歩だと思う。
(…………問題は)
せまい地域社会のなかで生きていく上で、この相手は敵に回せないという相手は少なからずいる。
今回は加害者が多いぶん、その保護者たちのなかに、両親に影響を及ぼせる人間がいる可能性もあるのだ。
加害者の一覧を作ってから相談しよう。
――――それからもうしばらく両親と話をして、新橋さんたちは結構夜も遅い時間に我が家を出ていった。
◇◇◇
『見てみて!!
めっちゃいい部屋!!』
『まほちゃんの伝手ヤバくない??』
――――そう、新橋さんとサキさんから写真とともにメッセージが届いた。確かに広々としてベッドもテレビも大きい、良い部屋だった。
笑ってしまった。と同時に、よくこの時期にホテルとれたな明王寺さん、と改めて思う。
彼女はどういう権力をお持ちなんだろう?
改めて僕は、今いる僕の部屋を見回す。
いわゆる子ども部屋だ。
僕が大学に入った後はこの部屋も母の仕事部屋にしてしまおうかという話しがあった。結局残していてくれたんだ。
嬉しい気持ちもあり、少し負担な気持ちもある。
さっきは父親に強い言葉をぶつけてしまったけど、結局僕は、まだまだ両親のお金で生きさせてもらってる身分なんだなと思う。
机の上には、卒業アルバムを参照し、かつ綾矢からも聞き取りをしてさっき書き上げた、加害者の名前リスト(手書き)。
たぶん僕の記憶から漏れている相手もいると思うけど、とりあえず思い出せる限り網羅した。
これをスマホで打ち直してみんなに送ろう……そう思って画面を変えたその時。
――――着信が入った。
――――いつも、どの面下げて連絡してくるんだろう、僕の告白を笑い者にした女の子から。
表示される名前を見るだけで、嫌な記憶がよみがえって胸のなかを掻き乱される。
わざわざどうして今さら連絡する。
刺したいのか、とどめを?
何度も何度もかかってくる、しつこい着信。いま実家には僕用のPCはない。このままじゃ、リストを送れない。
「――――はい」
根負けして、僕は電話に出た。
『…………あ、もしもし、神宮寺?』
相変わらず悪びれない声が、電話の向こうからながれてきた。
『やっと出てくれた!!
あのね、いまちょっと話せない?』
「…………何の話?」
『いやぁ、前の時、めちゃくちゃ怒ってたからさぁ……』
(あ、無理)
と思った。この口調、声、無理。耐えられない。そう思った瞬間、電話を切っていた。
切ったら、間髪いれずまた着信。切っても切っても、しつこくかかる。10数回は切ったところで、もう一度電話に出た。
『…………だから、ごめんて、神宮寺』
電話の向こう、ずいぶん不機嫌そうな声で、元同級生……坂木梨絵が言う。




