第55話 綾矢の顔に血の気が戻ってきた。
◇◇◇
「――――お兄ちゃん?」
マンションのドアを開けて僕の顔を見た綾矢は、予想外にギョッとした顔をした。
ちょっと傷つきながら、僕は「……はい、兄です」と返した。
「今は一人?」
「う……うん……カーテン閉めて電気消して、ずっと留守のふりして籠ってた。おかえりなさい」
……妹におかえりと言われたのは何年ぶりだろう。
「この人たちは……?」
僕の後ろにいた男女の姿を見て、人数の多さにおびえたような表情を浮かべる綾矢。
「大丈夫だよ、僕の友達」
……友達、って言ったけど大丈夫かな?と後ろのみんなに目をやったけど、特に反論はなさそうで良かった。明王寺さんがちょっと不満そう。
「こんにちは」
サキさんが柔らかい笑みを浮かべ、綾矢に話しかける。
「ごめんね急に。神宮寺くんと綾矢さんの力になりたくて、押しかけてきちゃいました」
「……あの、どうぞ」
サキさんや、一人一人の顔を見てから、意を決したように、綾矢は僕たちを家の中に入れた。
────それから話を聞いた。
いま綾矢をいじめる中心になっているのは、僕の同級生たちの中でも特に性質の悪かった面々と、その後輩たち。
小中高と地元で生まれ育ち、地域の中で学年を越えて付き合いができている。地域の中ではきっと僕や綾矢よりも『良い子』として評価されているはずだ。
その中には、関西方面に進学・就職して、この前あの店におしかけてサキさんと鈴鹿くんにやられた奴らも含まれている(いま帰省してきているらしい)。
「……長い間されてきたことなんだったら、証拠が残っていたらそういう証拠と、できれば時系列とをまとめて、そいつらが今通っている学校に突きつけてやりたいところなんだけど……。
場合によっては刑事事件として訴えたりとか」と、新橋さん。
「神宮寺、日記とかつけてた?」
「ないですね……何度もつけようとしたんですけど、見返すのがつらくなって」
「綾矢ちゃんは?」
「……ノートにつけていたんですけど、一回見つかって目の前で燃やされて……。
それから頻繁に『荷物検査』をされるようになりました」
サキさんが顔をしかめて「最低」と呟く。
「じゃあ、ここにいる間、物理的に追い払う方向で行く?」
「ボクたちが帰った後に綾矢ちゃんが酷い目にあったら意味がないよ。警察一択」と明王寺さん。
「それと、彼らの素性と親の勤務先とかが全部わかったら、ボクの親の方から圧力をかけられないか試してみる」
……そういう手が使えるなら、この前同級生たちに連絡とった時点でそうして欲しかったです、明王寺さん。
そんなことを僕が考えていると、さっきから黙って話を聞いていた鈴鹿くんが口を開く。
「彼らの親は、彼らがしていることを把握してるんだろうか?」
「どう、だろう。
僕の時は、あいつらの親もきっと把握していてなんとも思っていないのかな、と思ってたけど」
むしろ、女子からは
『うちの親も神宮寺みたいな犯罪者予備軍が同じクラスなの大丈夫なのか、って心配してんだけどー』
みたいなことを何度も言われた記憶がある。
(……あ、でも、それ本当だったら、そっちの親がうちの両親にも何かしら言ってきそうだな。僕をいたぶるための言葉だったんだろうか…?)
「もし神宮寺のことは知っていたとしても、学校でどうこう言っているのと、家にまで集団で押しかけているのとでは、深刻度が違わないか」
「……う、……うん」
ひくっ、と、綾矢が肩を震わせる。
家にまであいつらに押しかけてこられて、恐かっただろう。
それに、僕のせいで長く苦しめてしまった。
……性犯罪者予備軍とかペドフィリアとか見た目だけで勝手に言われていた。それらが綾矢に対しても突きつけられていたなら。
新橋さんがうなずいて口をひらく。
「じゃー、とりあえず俺たちがすることは、綾矢ちゃんを守るための肉の楯と、あいつらが今やっていることの証拠集めだな。
ただ神宮寺と綾矢ちゃんのほうで、かつてされたことの証拠になりそうなものの心あたりあったら、確保して」
「そうやな。あと……できれば、お父さんとお母さんにもお話できる?
近いところの大人をできれば味方につけときたいし」と水上さん。
一人一人の言葉に、僕はうなずく。
「綾矢。ずっと放っといてごめん。
このこと今日、父さんと母さんに相談しよう?」
「うん……」
ずっと紙のように白かった綾矢の顔色に、少し血の気が戻ってきた。
◇◇◇




