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第52話 妹からのSOS



『……あ、あの、綾矢あやです』


「う、うん。わかってる……どうしたの?」



 僕を嫌い、徹底的に避けていた妹が、僕の携帯電話にかけてくる。理由はわからないけれど、なんだか恐いことのような気がした。

 周りのみんなが、怪訝そうにこちらを見る。僕の気のせいなら、なんでもないことならいいんだけど。



『あのさ、あのね、お盆って、帰ってくる……?』


「帰らない予定だけど、……どうかした?」



 そもそも綾矢も携帯を持ってるのに、なんで家の固定電話からかけてくるんだろう?

 メールアドレスはお互いに知らないけれど、なぜ。



『帰ってきて……欲しいんだけど……』



 びっくりした。そして思わず「どうして?」と口にしてしまった。



『いや、その……お母さんたちが……帰ってほしそうだったから……』


「そんな理由?」さらに余計なことを問いかけてしまい、綾矢は沈黙した。



 わからない。

 お盆に帰省しないことはもう両親には伝えてあるし、そもそも、帰省を遠慮したのは、僕を蛇蝎のごとく嫌っている綾矢を気づかってなのに。


 というか、綾矢は、こんなに僕に話しかけて、今大丈夫なんだろうか? 


 僕を徹底的に無視していたけれど、やむを得ない理由で言葉をかわしたあとはいつも、吐きそうな顔をしていたはずだ。

 電話の向こうで、吐きそうになっていないだろうか。

 いま、家に父や母はいるのか。



「新幹線の席も今からじゃとれるかわからないし……、そもそも往復の新幹線代を出すお金はないよ?」


『お金? 新幹線代って、いくらかかるの?』


「京都から東京までは片道13000円ちょっとぐらい。まぁ、そこから家までも交通費かかるから……」


『………………片道、15000円ぐらい?』



 妹の口調に、ほんのり、違和感を覚えた。

 感情がない口調、ではない。

 何か言いたいことや感情を押し殺しているように聞こえる。それから、ちょっとだけ、声が震えているようにも。



『お金がないと、帰ってこれないよね……?』


「う、うん……」



 正確に言うと、完全にその金額が僕の口座のなかにないというわけではない。だけど、使えば、たぶん今月中に飢え死にする。



『だから無理……う!!!』



 いきなり、電話の向こうで激しい物音がした。



『ごめ……うっ!! なんで、もない。あのね。あの……帰ってこれない…?』


「え? 綾矢?」



 ほんのり、何かが電話の向こうでざわついた。



「誰かそこにいるの? 一緒に」


『いない、いないけど………』



 ゲホッ、と、綾矢が咳き込む。そのとき、電話の後ろで、笑い声が聴こえた。


『お願い、帰ってきて……』



 笑っている声。聞き取れないけど、揶揄するような声がうっすら混じる。

 人がいる。綾矢の後ろに、電話をかけさせている人間がいる。

 両親がまだ帰っていない時間に、僕の家に上がり込んで、綾矢に脅しをかけている人間がいる。



「………綾矢、受話器離して」


『え?』


「後ろの奴らに聴こえるように、受話器、離して」


『…………………』



 綾矢は何もいわない。言わないから受話器から離れてくれたか、わからない。わからないけど。僕は大きく息を吸い込んだ。




『後ろのやつら!!!』



 僕がいきなり大声で叫ぶと、周りのみんなのほうがびっくりした顔をした。唯一鈴鹿くんだけは、さっきから、何か異変が起きていると察していたようで、「かわろうか?」と口パクで言ってくれている。ありがとう、でもちょっと待って。



『いま、一緒にいた友達が通報した。捕まりたくなかったら今すぐうちから出ていけ!!!』



 電話の向こうで……もはや隠す気のない男女の笑い声がした。



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