第44話 いったい正解とは何か?
「……………なんで………」
その時僕の目には。
座り込んだまま半泣きで、それでも顔をあげて軽く笑う橋元さんの姿が映っていた。
「うそ………24!?」
「知らなかったー。お姉さんだねー」
「それで 10代ですーみたいな顔してたんだ?」
折悪しく、というか、僕と一緒に来ていたサークルの女の子たちも廊下に出ていて、さっきの明王寺さんの言葉を聞いていた。
彼女たちに、悪気はないんだろう。
だけど、顔を見合わせては露骨に引いたり、けらけらと笑いだしたり。
「自衛隊とか……まったくイメージじゃなかった」
「だいじょうぶだよー。
こんなことで仲間外れにとかしないから」
「24からよく大学入ろうと思ったね、すごーい」
鈴鹿くんが眉をあげて何かを言おうとした。
その手を、橋元さんが掴んで止める。
口の端を、くいっと持ち上げて、笑おうとしてる。
自分を笑う人を前に、一緒に自分を笑おうとしてる。
知ってる、これ。僕もした。
「年齢の、何がすごいの?」
思い切り、低い声が出てしまった。
みんな、黙る。
いまの僕は空気が読めていない。それはわかってる。
知られたくないことなんて、僕にだってある。
みんなと同じにしたくたって、できないときはあるんだ。
たとえば橋元さんの家に学費がなく、働いてお金をためてやっと大学に入ったのだとしても。
一度は国防を志したものの、夢や志が変わって、あらためて大学に入ったのだとしても。
ほかにも、いろんな可能性が考えられる。
どういう理由でも、人が、望んだ未来を叶えようとするなら、それだけで尊いじゃないか。
まわりの同学年たちに、年齢を言わなかった。
その動機は僕にも想像がつく。
恐いよね、他人って?
受け入れてもらえるかわからない、自分がひとと違っている部分を、簡単に人に言えたりなんかしない。
たぶん小中高と出て、『大学には行くもの』という認識で入学してきた学生たちのなかでは、その年齢は『異端』とされるだろう。
世の中には『異端』とされる要素を自ら冗談として、自虐して笑って、それで救われる人もいないわけじゃない。けど。
いま、多数側に僕が回ったら。
橋元さんをひとりにしてしまう気がした。
頭のなかで、言葉を、選ぶ。
あれでもない、これでもないと、考え、考えて選んだ。
橋元さんに寄り添える言葉を。
「ごめんね、闘わせて。
強くて、それはすごいなって思った。
守ってくれてありがとう。
その…………」
すうっと、深く息をついて。
この一言は、いったい正解なのか。
「尊敬しています」
そう言って、僕は橋元さんに近寄り、手を伸ばした。
差し出した手。
………水上さんは、とってくれなかった、手。
橋元さんと目があった。
突然、彼女は吹き出す。
「……尊敬って!! 何それ!!」
笑いながら、橋元さんは僕の手を力強く掴んだ。
手を支えに立ち上がりクスクスと笑い続ける。
……あれ、やっぱり間違えただろうか?
鈴鹿くんが靴をそろえて足元に置く。
橋元さんは、ときおり僕の手を支えにバランスをとりながら、左右の靴を履いた。
その彼女は、いつもの笑顔に戻っていた。
ほっ、と、手を離し、個室にみんな戻るよう、うながした。
その時。
ぽん、と背中を誰かが叩いた。
「…………水上さん!?」
僕の肩よりも背が小さい水上さんが、こちらを見上げて、笑っていた。
会いたかった。顔を見たかった。
こんなに近くで話せるなんて。
「よく言ったね。正解やと思う」
「そう……ですか?」
「うん。
ていうか、幹部陣は全員歳も知っとったし、単に言わんかっただけで、詐称はしてないから」
そうして、ふと気がついたように、遠慮がちに、僕から手を引いた。
「ごめん、あんまり気安く触ったらあかんな、もう」
「………え?」
「おめでとう。いい子やと思うよ? 橋元さん」
「え、あ、いや、あのですね!?」
「明王寺さんが絡みついてきても、ちゃんとはがしぃや?」
「は、はい! ではなく!!」
僕が水上さんに手を伸ばすより一瞬早く、個室の中に水上さんは戻ってしまって、僕は勢い余って鈴鹿くんに衝突した。
「おめでとー」「よかったねー」と白々しい言葉を続けながら、鈴鹿くん派の女子たちも個室に戻っていく。
「……………………」
なるほど?
さっきの僕の言動によって、水上さんおよび女の子たちは、僕が橋元さんのことを好きだと確信したと。
それ、まったく正解じゃない!!!
◇◇◇




