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第40話 決して胸の感触に屈したわけではない。



「ええと、なんかすごい話になってるけど、とりあえず飲み物頼もうよ? ね?」



 珍しく、ほんのりひきつり笑顔で橋元さんが言う。

 たぶん、いろいろドン引きしてのことだろう。

 うん。そうだよね。。。

 でも完璧美人がそういう顔をすると、人より老けて見えるものだな、とか、一瞬たいへん失礼なことを僕は考えた。


 けれど、その橋元さんの一言がアイスブレイクになったらしい。


「うん、私オレンジジュース」

「カシオレ!」

「グレープフルーツ!」


 女の子たちが、つい先ほどまでの明王寺さんの台詞を忘れたように、次々飲み物を頼む。

 お酒は飲まない主義を継続させている僕も、オレンジジュースを頼んだ。

 水上さんは何を頼むのか、と、聞き耳を立ててみると、普段より低めの声で「テキーラ」と聞こえた。え。



「………で、ボクが今日、この場を設定したわけだけど」


「確かに神宮寺くん、顔色悪いしクマも酷いけど、それならなおさら早く帰って寝た方がよくない?」

「体調の悪化が精神面のせいとは限らないでしょ。テスト中だもん」

「あと人前で人の腕に絡みついてるの見苦しいよ?」



 と、飲み物を手にして口が緩くなったらしい女の子たちから、次々、明王寺さんに突っ込みが入った。



「うーん。

 まほちゃんには悪いんだけど、あたしもあんまりプライベートに口出すのどうかなーって感じ。神宮寺くんさっきから死にそうな顔してるし」


「…………」遠慮ない感想ありがとうございます橋元さん。



 というか、まぁ常識的というか当然の反応なのだけど、明王寺さんはうろたえにうろたえ、みんなをにらんだ。

 いいの? 橋元さんがさりげなくまほちゃんって呼んでくれてるのに。僕だったら即落ちる自信がある。



「………き、キミたちはそれでいいの!?

 だって、神宮寺くんが………」


「そうやな」



 水上さんが、笑顔なく口を挟む。

 先輩の発言にみんな一度黙ると、水上さんはテキーラをくいっとあおって、ふーと息をつく。



「誰と恋愛しようが。

 それで誰にフラれようが、神宮寺くんの自由やん。

 他人が口出す余地ないやろ?」



 うぐ、と、何か言いかけた明王寺さんが口をつぐむ。

 ほかのみんなが、こくこくと、うなずいていた。



「しいて言うなら」


 一緒に頼んだ氷水をマドラーでくるくる回しながら、水上さんは続け、ようとした。


「…………ごめん、なんでもない」


 立ち上がる水上さん。入り口にちかいところに座っていたのもあってそのまま、個室を出る。

 僕は反射的に席を立った。

 僕の腕を離さなかった明王寺さんが、そのままぶら下がる。


「待っ………どうしたの」


 僕は無言で、明王寺さんの手をほどいた。

 この店に来るまで、ほどいてもほどいても何度も絡みついてきた。心が折れて、途中で諦めたけど、諦めちゃいけなかったんだ。

 白い細い手を強引に避けて、女の子たちをかき分けるように、無理矢理部屋を出る。



 店の廊下。水上さんが見えない。

 どこに。

 何を言いかけたんだろう。

 いや、それはもし言いたくないことなら言わなくていい。

 ただ、やっぱり。

 僕は。



「おー?

 神宮寺ー?」



 ――――間が悪い、どころじゃない。


 なんでこんな最悪なタイミングで、最悪な連中と顔を合わせてしまうのか!?

 居酒屋の店内の廊下を、彼らがつかつかと歩いてくる。



「……んだよ、今日はいちだんとブッサイクだなぁ」


「土気色の死神みたいだわ。キモいの権化だな」


「なんで息してんの?」




 この間喫茶店で橋元さんと一緒に遭遇した、僕の元同級生たちだった。



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