第4話 見た目改善修行は楽じゃない
◇◇◇
「……で、ねーねー何からやる?
俺オススメの服屋つれてく?
お手頃ねだんのスキンケアアイテムとかトリートメントとか?
それともいい感じの筋肉つけるエクササイズ?
体の内側から改善するための食事メニュー? それとも……」
新橋先輩のがっつきモードに、一瞬後悔しかけたんだけど。
ああだこうだと話した果てに
「まーでもなにはともあれ服だな服」という結論が先輩から自動的に出てきて(それ最初に出てきてほしいです)。
その日以来僕は新橋さんに連れられて、あちこちの服屋を、毎日のように自転車で走り回ることになった。
新橋先輩に案内されなければ、どこで服を買えばいいかもわからないとこだったから、それはいいとして、心配がひとつ。
「あのー……まだバイト決まってないので、そんなにお金ないんですけど」
「ごめん、それは出せないやー。
できるだけ金額おさえて服買って、節約で乗り切ってくれ」
「……ですよねー」
「大丈夫!
最悪、水上の家にいけば何か食べさせてもらえるから!!」
あれ、もしかして、現代日本の大学生活は、意外と餓死と直結しているのかもしれない?……という恐怖を、僕はそのとき感じた。
食うに事欠くかもしれない、なんて、実家にいた頃には想像もしなかった。
そして先輩はどうやらおごらない宣言をしている。
ちなみに、1月にもらった僕のお年玉は、受験関係ですでになくなっている。
主に交通費と参考書と文房具で瞬殺だった。さようなら。
なのでいまある資金は、ありがたいことに両親が振り込んでくれていた生活費、それに合格発表後にやってみた短期アルバイトのお給料だけ。
金銭的にはなかなか心もとない。
それでも、その日々は、予想外に楽しかった。
「これ、似合うんじゃない?」
「あー。うん、これは違うわ、やめとこ」
「まずベーシックなやつ買おう。使い回せて流行りとか関係ないやつ」
「試着!試着! 一番安いやつなんて言ってないで試着してから決めろ!」
新橋さんのあくまでざっくりしたアドバイスは、正直よくわからない時も多かった。
でも僕は恥ずかしながら自分で服を買うのも初めてだったし、人と話しながら、あれでもないこれでもないと買い物をするのはとても楽しいと知った。
今まで友達がいなかった僕には、それだけでも新鮮で、とてもうれしかった。
とはいえ、苦手なものはひとつだけ、あって。
「はい、じゃ、これと、これと、これ。
ちゃんと試着してからね」
「……………はい」
「はい、いってらっしゃーい」
試着室の前で、ポンと僕の背中を押す新橋さん。
やむなく僕は、試着室のカーテンを引いた。
目に入るのは、鏡。
そして鏡にうつる、僕。
整形もなにもしていない、どうしようもない土気色の顔。
筋肉もへったくれもない、貧弱かつ脂肪つきの、無駄にデカイ体。
自転車で走り回っていたぶん、お腹まわりや足はだいぶ締まってスッキリしたけど、それ以外は何も変わらず、直視すると吐きそうになる。
それでも新橋さんに見せないといけないので着替えはしたけど、試着の時は、服がかわいそうだな、着るのが僕で申し訳ないな、なんて思ってた。
◇◇◇
加えて化粧水とかスキンケア・ヘアケア関連。
この辺りはまったくわからなかったので、もう新橋さんの使ってるものを教えてもらって、買った。
「合わなかったらそのときまた別のを買えばいいじゃん」
と言われ、この化粧水一本で2食分ですけど……と内心思ったのはナイショ。
◇◇◇
「よし、カッコいい」
髪を切ってもらった直後の僕を前にして、水上さんは、満足げにうんうんとうなずく。
美容院というものが僕は恐くて仕方なかったけど、新橋さんの助言のもと買った服を着たら自分が多少はマシになった(いや錯覚だけど)気がして、思いきって、水上さんがいつも髪を切っている美容院に連れていってもらった。
毛先の凝りぐあいとか、シルエットがちょっと恥ずかしいけど、たぶん良い仕上がりなのだと思う。
新橋さんもうんうんうなずいているし。
きっとこれから、外を歩いてたら、
『なにあの不細工、髪と服だけカッコつけちゃって』
とか言われるんだろうなー、という暗い想像はよぎった。
けどまぁ、水上さんと新橋さんの2人が納得しているのなら、いいか。そう思える程度には慣れてきた。
服と、髪か。これで表面積のほとんどを占める部分については改善されたと思いたい。
けれど、顔と体については……。
顔はやっぱり、整形するしかないだろうし、、、
決して口にできない、解決しない悩みを抱えた僕と、水上さんと新橋さんは、美容院の外に出た。
「でもさぁ、髪ってのびちゃうじゃん。
切るんなら新歓コンパの直前の方が良かったんじゃないの?」
素朴な疑問、という感じで新橋さんが水上さんに尋ねたら、
「何言ってんの? 新歓コンパの前にも美容院行くよ?」
「え」
さらっと水上さんがいつの間にか決定事項を作っていて、思わず僕は声を漏らしてしまった。
◇◇◇