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第38話 さらに絶体絶命。



 ――――――自分とちがうものを、人間って恐がりやすいよな。


 いつか聞いたその言葉が、馴染みのある声で、耳元によみがえった。





「……軽いね」



 僕の体に載る、明王寺さんの体。

 その軽さに思わず、僕はそう呟いた。



「どういう意味?」



 聞きとがめた明王寺さんには答えず。

 僕は腹筋で体を起こした。


「!」


 明王寺さんは押さえ込もうとしてくるけど、驚くほど力が弱い。

 彼女の体ごと持ち上げるように、僕は体を起こせた。

 うわ、軽い。柔道の授業のときとかに男に上に乗られた時とはえらく違いすぎる。

 あ、いや、まだ上半身に、むにゅっと弾力高反発なFカップが密着してるけど、落ち着け落ち着け落ち着け??

 心頭滅却すれば火もまた涼し。たぶん。

 当たってるところに意識をおかないように……おかないように……。



「……たしかに、水上さんが言ってたように、よくわからないものは、ひとくくりにして、恐いとおもっちゃう……か」


「何を意味のわからないことを」


「たしかに、フツーに考えれば、違っていても同じ人間である以上、僕の方が、ずっと背が高くて、体が大きいし男だから、刃物とか爆弾とか使われなければ、物理的には恐くないんだよな……」



「だから何を」



 明王寺さんの怪訝そうな顔。

 心臓は落ち着いている。

 さっき明王寺さんに感じた得体の知れなさ、気持ち悪さ、恐怖。

 彼女を脅威に感じ、混乱し、動揺した。

 だけど、持ち上げてみれば何のことはない、僕のさして強くない腹筋でも押し返せる、たったひとりの女の子だ。



 何年も何年も逃げ出せなかった、世界中の誰からも、家族からさえ求められていない、この世の地獄。その恐怖が脳を縛ってて、さっきも脳が誤作動を起こしてしまった。

 違うんだ。

 僕が知ってたその地獄に比べたら、目の前の女の子は、まったく脅威でもなんでもないんだ。



「好意を……よせてくれるのはありがたいです。

 でも、そこは、詮索されたくないです。

 過去のことを、調べられたくもない」



 突き放す言葉を選んで僕は口にした。

 低い声で、敬語で。



「明王寺さんが想像してるようなことは何もない。

 その相手を、諦めるつもりだし。

 ただ少し、ほっといてほしいだけだから。頼むから」


「じゃあ、何があったのか、聞かせてよ。

 キミは、好きな人に、何を言われて、何をされたの?」


「何もされてない」


「じゃあなんで、あんなにボロボロになってたの!?」


「それは」



 何を言われた?

 言われていない。

 水上さんがくれた言葉は、僕の支えになる言葉ばかりだ。

 何をされた?

 されてない。何も、されてない。

 ただ、僕が、調子にのって、手を差し出したから。

 水上さんは、その手をとらなかった。

 悪いのは僕だし、水上さんは何も――――何もしていない。



「………………どうせ諦めるのなら、ボクがいるでしょう」


「それでも、頼むから今は、ほっといて」


「女の部屋に来て、何もせずに帰るつもり?」


「――――ただ性別が違うだけの2者が、飲食をともにしたり家を訪問したからといって、性行為の同意として扱うのは違うんじゃないの」って、鈴鹿くんが言ってた。ありがとう鈴鹿くん。


「……………………」



 さすがにもう、これ以上会話をしても先がないだろう。

 洗い物ぐらいして帰ろうかと思ってたけど、もうすぐにでも僕はここを去った方がいい。

 そっと、明王寺さんの華奢な体を、僕の体の上からどけると、改めて僕はゆっくりと(下半身がそこそこ反応してるのをどうにか隠しながら)立ち上がった。



「じゃあ。これで、僕は……」


「認めない」


「とか、言われても」


「サークルの女子みんな集める。今から、今すぐ。それで白黒つける」


「……へ?」



 明王寺さんは携帯を操作し始めていて、何かのメッセージを送ったようだ。メッセージアプリで何かを送った?



「……どういうこと?」


「水上先輩。三条先輩。1回生女子全員。

 みんな集めて、ボクの持っている情報や証言と突き合わせて、いったい誰が神宮寺くんの好きな人なのか、その場で確定させる」


「待って!? 待って、なんでそんな!?」


「神宮寺クンは嫌なら帰ればいい。

 ボクは、今日知りたい。

 もう全員に連絡したから、止めることはできないよ」


「やめて……」



 血の気が引いた。悪い予感しかしない。

 そんな場にはいたくない。

 だけど自分がいなければ、何を話されるかわかったものじゃない。

 帰るに帰れない。

 なんで、そこまで悪魔の考えが浮かぶんだよこの人は!!!



 ――――そうだ。

 今までの、恋人はおろか友達一人もいなかった僕じゃなかった。

 友達、いた。

 僕は自分の携帯をとって、鈴鹿くんに電話をかけた。



「……もしもし、す、鈴鹿くん!?

 忙しいとこ悪いんだけど今から……」


『あ、悪い。今からバイトが入ってる。後でな』



 ぶちっ。

 苦学生にして唯一の友達は、低音の美声を残して、あっさりと電話を切った。



「……………………………」



 スマホの画面を、力なく見つめる僕に、無情にも「17時から近くの店を押さえたから」という、明王寺さんの声が飛んできたのだった。



◇◇◇

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