第36話 食事、睡眠、水分補給。
◇◇◇
「はい。食べなさい」
明王寺さんのマンションまで連行された僕の目の前に、なぜか、料理が並べられている。
京都なので高層とかではないけど、予想どおりやたら広い、テレビでしか見たことがないようなセレブな部屋。
そのリビング?にあたると思われる場所の、大きなローテーブルに置かれた明王寺まほろさんの手料理は、彼女の普段のキャラに反して、ごくシンプルかつ身近なものだった。
塩昆布と種をとった梅干しがのった、白いおかゆ。
鶏肉がごろごろして、たまごがふわっと浮いて、野菜がたくさん入ったスープ。
鰹節で和えた?浅漬け。
キュウリとツナを和えたもの。
はて、なんだこれは。
ごはんってこんな短い時間で炊けたっけ?
「ありがと、でも、その、おなかはそんなに……」
「さっき渡した水は飲んだ?」
「ああ、うん……」
「じゃあ、食べられそうなものから食べて」
拒否権はないらしい。
僕は恐る恐る、木のスプーンを手にとり、おかゆに手を伸ばす。
(勝手に明王寺さんに料理ベタイメージがあったせいなのは否めない)
あたたかくて薄めのおかゆは、するすると喉を流れていく。
(………あ、おいしい)
塩加減はむしろ薄いのだけど、米の味がして、ほんのり甘いところに入ってくる梅と昆布が、すごく美味しい。
気づけば、あっという間に一杯空になっていた。
先程はまったくおなかがすいていなかったのに、急に胃が切なくなるぐらいのものたりなさを覚える。
おなかがすいた。
スープの方に手を伸ばす。
透き通って、少し醤油の色がついたスープ。
ああ、お鍋の出汁っぽい、これは。
小さいつくねも入ってる。
味のしみた野菜が口のなかでほろほろ崩れる。
鶏肉美味しい。
「美味しい、これ……」
食事も終盤になって、ようやく僕の頭が回りだし、口が言葉を発していた。
隣に座って僕の食事を見張っていた明王寺さんの顔を見た。
「このボクがつくるものにマズいものがあるわけがないでしょう。………っていいたいところだけど」
はぁ、っ、となぜかため息をついて、僕の顔色をうかがってきた明王寺さん。
そういえば、と思って「ありがとう」と後ればせながらお礼を言った。
……と。
急に明王寺さんが、箸を持ってないほうの僕の手をとる。
(?)
そして、唐突にその手を、自分の胸に押し付ける。
(………!?!???!?!??)
やけどしたような勢いで僕は手を引っ込めた。
下着越しだけど、ありありと感触は手に残ってる。丸くてほんのりとがり気味で上向きでものすごい高反発な弾力で………じゃなくて。
「明王寺さん!!!」
「よし、反応は正常に戻った」
「検査の仕方がまったく正常じゃないから!!」
「ボクにそんなこと言えた義理?
見たかぎり、栄養不足睡眠不足、水分もとってなくて頭がボーッとしてたでしょう。そんな状態でよくテストを受けたね?」
「いや、まぁ、その……」
「キミさ。毎年、熱中症で何人死んでると思ってるの?」
「…………ごめんなさい」
「なんでそんなに急に、生活が荒れたの?」
「………自覚は、なかったんだけど」
手のひらに、明王寺さんの胸の感触が残ってる。
そういえば、さっき道端でも触らされたような……?と思い出して顔が熱くなる。
羞恥というか、いけないものを触ってしまった罪悪感というか、いや確かにその男なので欲求がないわけではないのだけど、触ることが嫌というわけでも、ないのだけど、うー……。
脳が働き始めたので、今いる場所についてなどの情報が、五感から一気に僕のなかに流れ込んでくる。
明王寺さんの部屋は、僕の部屋の5倍は広い。
ローテーブルの向こうには、びっくりするほどの大きなテレビ。
ホームシアターとしてそれをくつろいで見られるのだろうローソファにいま僕は腰かけているのだけど、とても座り心地がいい。
様々なゲーム機に、ステレオ。
部屋には色々な本(特に目についたのは分厚くて大きい医学書)が積まれていて整理整頓できているとは言いがたかったけど、それを補ってあまりある広さのせいで、まったく気にならない。
「ほんとうに、キミってやつはぁ~~~」
僕が食べ終えて手を合わせたとき、突然、明王寺さんの声が大きくなる。
「ふつう、初めての手料理なんて、それこそ3日前からレシピを練って、食材完璧にそろえて当日朝からは早いにしても昼ぐらいからは仕込みをはじめて、部屋もきれいにして、テーブルメイキングも完璧に整えた上で食べさせたいところだしずっとそうしようとして色んなかたちで誘いをかけてたのに、なんでよりによって家にろくな食材がない時に体調悪くするかなぁ……!」
「え、あの、なんか、ごめん?」
「そのおかゆなんて冷凍ごはんで作ったんだよ!?
材料さえあって、キミが万全な体調ならいくらでもお好みのフルコースをつくってあげたのに、ボクの実力を見せる最初が『胃に優しいメニュー』なんて!!」
「ああ、うん、ありがとう、おいしかった、おいしかったから!」
「で、それは、ともかく。
キミがそんなに荒れた原因は、何?」
急に口調が冷静になる明王寺さんに、ガクッと力が抜ける僕。
「え、ええと、それは…まぁ、ごく個人的なことだから……」
「ボク、その『ごく個人的なこと』を教えてもらうだけのことはしたと思うんだけど」
明王寺さんが、僕に顔を近づける。
「ねぇ。神宮寺クンを傷つけたのは、いったい誰?」




