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第33話 祇園祭は平和に終わらない。

◇◇◇



「――――あれが山伏山やまぶしやま。偉い法力ほうりきを持った高僧の浄蔵貴所の姿やねんて」



「――――あれが占出山うらでやま。あの上に載ってる女の人の像が、神功皇后じんぐうこうごう

 安産の神としてまつられてるから、これの巡行の順番が早い年はお産が軽いって言われてるんだって」


「―――鈴鹿山すずかやまっていうのもあるんやけど、今年は24日の後祭のほうやね。鬼退治をした鈴鹿権現を描いてるの」



 祇園祭宵山の夜。

 華やかで艶やかで浮かれた、京都の夜。

 水色の浴衣姿の水上先輩の解説にうなずきながら、僕はひとつひとつの山鉾に見とれていた。



「どれも、意匠を凝らしてますねー。

 あの刺繍ししゅうすごい手がかかってるんだろうなぁ」



 京都の夏を彩る、祇園祭。


 山鉾といわれる山車だしが京都の町のあちらこちらに鎮座している。7月17日の山鉾巡行の日に、これが京都の町を練り歩くんだそうだ。

 鈴鹿山すずかやまっていうのも、ちょっと見てみたかった。



「水上さん、詳しいですね?」



 浴衣、似合いますね。

 綺麗ですね。

 髪飾り可愛いですね。

 そんな気の効いた言葉を言いたい、と思いながら、出てこない。



「うんまぁ、3回生やし。

 神宮寺くん、浴衣似合うね?」



 おっと先に言われてしまったぁぁあ。


 そう、実は僕も、今日は浴衣だ。

 深緑色の縦じまの浴衣。

 さすがに僕も段々自立してきたので、新橋さんを付き合わせることなく、ひとりで買いに行った。

 とはいえ、まだまだ未熟なせいか、ちょっと丈が短い。



「けど、今日はずいぶん大人数やなぁ?」


「ま、まぁ……そうですよねぇ……」



 本来なら、僕と鈴鹿くんと三条さんだけが参加する予定だったところ。


 本日の参加者、総勢6名。

 3回生水上さん。

 2回生三条さん。

 1回生今井くん。

 1回生鈴鹿くん。

 1回生、ぼく、神宮寺賢一郎。

 そして、三条さんの下宿先の家のお嬢さんの知有ちゃんという小学生の子がついてきてる。多い。


 三条さんと今井くんは知有ちゃんのお世話に全振りしてる。

 そういえば、三条さんは比較的最近までやんちゃしていた系らしいのだけど、祭りのなかで、因縁ある相手に出くわしたりとか、大丈夫なんだろうか?


 いや、そんなことは考えるな。

 せっかく、三条さんが水上さんを呼んでくれたんだ。

 ひとつには、お祭りをしっかり楽しんで。

 もうひとつには、水上さんと、話そう。

 好きかどうか、自分の気持ちを見極めろ。



「……あの、水上さん、新橋さんとは……その……」


「ん? 同期やから仲いいよ?

 まぁ同期の仲では一番仲いいけど」


「あ、そ、そうなんですね……へえ……」



 いまだに僕は、橋元サキさんの言っていた、『水上さんが新橋副部長と付き合ってる』という情報の真偽を確認できていなかった。


(水上さんのさっきの言葉は、付き合ってるんじゃないように聞こえる。

 でも、付き合ってても『一番仲いい』のには、ちがいない)


 結論。判断は出来ない。



(………ん?)



 徐々に。水上さんの足が、遅れている。

 どうしても浴衣は歩幅が短くなるし、可愛らしい草履を履いた足が、なかなか進みづらいようだ。



「歩きづらいですか?」


「え、うーん……大丈夫。神宮寺くん、先いっていいよ?」


「え、いや………」



 無意識に伸ばした手が、空を切る。

 一瞬自分の手が、水上さんの手をとろうとした。

 いつか小さい頃に妹と手を繋いだ記憶がある。

 水上さんの小さいふっくりした手を、同じようにとろうとした。



(いやダメだダメだ先輩だし女の子だし!

 この歳で手を繋いだら意味が違うじゃん!!)



 ふっと手を引っ込め、水上さんから目をそらした。


 水上さんの手は、僕の顔に触れたことがある。

 見た目通りやわらかい手。優しい手。

 あの手に触れられた時の安心する感じが、僕は好きだ。いや。我慢しろ。


 僕は前を見る。


 足の早い三条さんたちは、ずいぶん前に進んで、距離が離れている。

 人混みだから、このままだともっと引き離されてしまう。

 僕が足を速めても、水上さんはついてこれない。

 どうしよう。どうしようか。


「さんじょ………」


 声をかけようとしたとき、三条さんが振り向いた。

 良かった。

 僕たちが遅れていることに気づいてくれた。


 ちょっと待ってくれるかな……?


 と。

 こちらを見るなり一瞬で、三条さんの血相が変わった。


(!?)


 と。

 人混みの中、瞬間移動するような漫画みたいな俊敏さで、瞬く間に僕のもとに三条さんがやってくる。



「神宮寺!! 水上さんは!?」


「え、水上さんは……」



 僕の後ろにいるじゃないですか、と、斜め後ろに目を向ける。

 ついさっきまでいたはずの水上さんが、いない。



「え、えええ!?」


「はぐれただけならいいけど……!!」



 そう呟いて、三条さんは僕の横と人混みのなかをすり抜けて走っていく。



(み……水上さん……!?)



 僕は状況がよくわからないまま、三条さんのあとを追って走った。



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