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第32話 生き残る極意はたぶん、自分を棚に上げること。

◇◇◇



「…………ん。どうした?? 神宮寺??」



 翌週。月曜日。

 サークル活動前の部室で、僕が体育ずわりでぐったりしていると、ジャージに着替えながら鈴鹿くんが話しかけてきた。


(余談だけど鈴鹿くん、たぶん空手で鍛えたせいか、めっちゃいい身体してます。王道少年漫画の主人公、って感じの。女の子たちが見たら失神しそう。うらやましい)



「いや、色々と、最近のことにぐったりしただけ」



 明王寺まほろさんにキスをされ。

 それをサークル内に広められ。

 大文字山トレイルランの優勝者と人生初のデートをしなければならなくなり。

 橋元サキさんと一夜を明かして、同じベッドで寝ることになり。

 とどめは、柴田さんに告白をされ。


 それにしても、人の告白を断るのが、こんなにメンタルごりごり削られるとは……。


 まず、相手にダメージが少ないように考えて断る言葉を口にするのに、心臓がつらいぐらいのエネルギー使ったのに、

『私のことが嫌いなの?』

『他に好きな人がいるの?』

のコンボで食い下がられ。

 ものすごく、HPを消耗した。


 こういうのを普段からハイペースでこなしている鈴鹿くん、いったいなんなの?



「そういえば、大文字山トレイルランの結果ってどうなったの?

 先週の土曜、結局僕行けなかったんだけど」


「ああ。結局色々あって三条さんになった」


「うわー……それだけは救いだ………」



 ああ、良かったー。

 神はいた。


 新橋さんの無茶ぶりにより、大文字山トレイルランの優勝者の女の子と、デートをしないといけなかったんだけど、2回生の三条和希さんが優勝してくれてよかった。

 恋愛嫌いの三条さんは、僕にも鈴鹿くんにもまったく関心がない。

 一番平和な落としどころだ。よかった。


 ちなみに行き先は祇園祭に決定してる。穏やかにお祭りをたのしめそうだ。



「ちなみに明王寺まほろは、早々に怪我をして今井に手当てされてたらしい」


「ああ、それも逆に良かったー。遭難するよりは」


「夏の大文字山で遭難できるのか?」


「……鈴鹿くん。明王寺さんの大災害レベルの運動音痴をなめないほうがいいよ? 50メートル走るのに本気で20秒かかって、反復横跳びしたら4回以内に足がもつれて倒れるんだよ? 漫画に登場させたら『リアリティがない』って★1つけられるレベルだよ?」



 鈴鹿くんとしゃべってるうちに、段々ぐったり感もとれてきて、ベンチに座る。

 友達だからか。

 友達って、HP回復の効果もあるのか……。



「いや、お前ら。なんで、よりによって、三条で喜ぶの?」



「男よりイケメンづらでバレンタインにチョコ3桁もらう女だよ?」


「横乳とくびれは芸術品級だけど、足が長すぎて、とりあえず並んで歩くと男にとっては公開処刑にしかならないし」


「明王寺さんとか、柴田さんとか、橋元さんとか、山田さんとか、半村さんとか、その他美人で可愛い子いーっぱいいて、みんなおまえら目当てだっていうのに?」



 部室の中で同じく着替えてた2回生、3回生の男子の先輩たちが、呆れたように僕たちを見て立て続けに言ってくる。


 僕のほうも呆れて、頬をかいた。


 鈴鹿くんや僕目当ての女の子に限ったのだろうとはわかったけど、それでも、先輩たちが水上さんの名前をあげないのが、僕はちょっと嫌だった。

 といって、性欲込みで、水上さんの身体について品評されるのも、もちろん嫌ではある。



「ちなみに俺は明王寺さんがイチオシだ!!

 あの、お人形さん系美少女でお嬢様っぽくて隠れ巨乳で、運動が苦手なところとかたまらん。何気に医学部だっていうのも」


 訊いてません。

 あとたぶん本人隠してませんむしろ強調してます。


「俺は橋元サキちゃんかなぁ。

 1回生なのにあの大人っぽさヤッバい。唇セクシー」


「柴田さん、すごい良くない?

 清楚っていうか、家庭的な感じするよね~」


 訊いてませんてば。

 あといたたまれなくなるからやめてください。



 ……まぁ、実際こういう会話はわりといつものことだったりする。

 新橋さんも、部長も、例外じゃない。男だけになれば、やっぱり女の子の好みの話になるし、大学生だからか、性欲の対象としての目線になる。


 僕も聞かれるし、そのたびにどう答えようか困る。


 女の子たちの間で僕も品評に上がるのだろうか、と想像しただけで、いまだに吐きそうな気持ちになるから。


 この中にいれば、慣れていくのかな。

 そうして、自分を棚に上げて人を品評することにも、慣れるのかな。

 自分も品評されてる可能性を、無視できるようになるのかな。


 見た目が十割(ルッキズム)は確かにこの世の地獄だと、僕は知ってる。

 けど、それを拒んで生きようとすることもまた、苦しいし難しい。

 自分を棚に上げることができれば、きっと楽になるのだけど。



「鈴鹿は誰か気になる?」 



 おっと、先輩から鈴鹿くんにパスがきた!



「特に恋愛対象にする予定はありません」



 鈴鹿くんパスを受けなかった!



「いや、じゃなくて、なんか見た目だけでもいいなと思う子いないの」



 先輩ねばった!



「特には」



 鈴鹿くんぶったぎった!



「あーくそ、つまらん。

 鈴鹿は男でも女でもいいから、お前ら早く相手を作ってくれ。

 そしたら遠慮なくこっちも女子に声かけられるのに!!」


「知りません」



 いや鈴鹿くん強いな!?


 先輩と後輩のほほえましい?やりとりを僕がぼんやり聞いていると。


「なに後輩にパワハラしてんですか?」



 呆れた、と言いたげな低い女性の声とともに、部室のドアが開いた。



「さっ、三条!? お前いきなり開けんなよ!」


「ノックしましたよ。

 部室で着替えておきながら、聞いてないうえ鍵かけてないうえ時間食ってるほうが悪いです」



 噂をすれば、2回生の三条和希先輩だ。

 手足の長い2次元みたいな体型をした、黒髪ショートにアメジスト色の瞳のイケメン系美人。


 横乳が芸術品級、と先輩が言っていただけあって、2次元系な細身の身体に大変形がよくご立派なものをお持ちで、いや、それはともかく。


 三条さんが、ちょいちょいと手招きする。


 ん?


「ちょっと神宮寺」


「え、僕? 僕ですか?」



 着替える前だった僕は、三条さんに手招かれるままに部室の外に出、ドアを閉めた。



「どうしたんですか? 三条さん」


「や。私が祇園祭に神宮寺と鈴鹿と行くことになった件なんだけど、他にも誰か誘いたい子いる?」


「え、ええ? でも、その、優勝者の商品なんじゃ……」



 自分で言うのもなんだけど。



「たまには君が誘いたい相手呼んだってバチは当たらないんじゃないかな。

 声は私がかけるし。誰かいる?」



 ………三条さん、賞品になった僕に、気を遣ってくれてる?

 ありがとうございます。


 で、僕が誘いたい相手?


 いないわけじゃない、けど。


 恋愛感情かなんなのかはっきりとはわからない感情だけど、確実に大好きではある相手が、ひとり。

 心を揺さぶられていて、このままだとこの人に恋をするだろうなという相手が、ひとり。


 でも、どちらも、僕なんかが誘っていいものか?

 いや、誘うのは三条さんか。

 この機会に、自分の気持ちを確かめて、できれば相手の気持ちも確かめられたら、いいんじゃないだろうか。


 賭けよう。腹をくくって。




 僕は、ひとりを選んだ。




「水上先輩を、誘ってもいいですか?」



◇◇◇

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