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第30話 手練れVS交際経験ゼロの童貞




「………あのう、橋元さん?」



 おっしゃってることが理解しかねるのですが?

 明王寺さんとキスをした、というか明王寺さんにキスされたのは、キスされる隙があったのは、有罪ということなんでしょうか?


 硬直した僕に、橋元さんは優しく微笑みかける。



「明王寺さんの話、あんまりされたくなかった?

 ごめんね」


「………え?

 あ、いや、そういうわけではまったく……。

 あの、キスをされたのはあってるけど、僕からしたわけでも、合意があったわけでもないです。

 ……男らしくない言い分に聞こえると思うけど」


「ううん? 大体予想どおりだった」



 予想どおりですか。

 そうですか。すみませんね予想どおりのヘタレ野郎で。



「……今日は、それを確認したくてうちまで来たの?」


「まぁ、それもあったけど。

 もうひとつ、さっきのあの人たちに会ってから、神宮寺くんの顔が暗いなって気になったんだ。

 私の気のせい?」


「それは………気のせいじゃない」


「そっか」



 元同級生たちと遭遇した精神的ダメージは大きい。

 やっぱり、ほんの少し前まで果てなく続いてた苦痛を、希死念慮を、そう簡単には忘れられない。


 みんなに大事にされてる現在(いま)が夢で、本当の現実はあっちなんじゃないかって。

 何度、あっち側に引き戻される夢を見ただろう。



「だから、今日は私、一緒にいようかなって」


「ええと、そういうことなら、ありがとう。

 ただ、明日は平日なんですが…」


「うん。

 神宮寺くんはいつもの時間に眠ってもいいし、私は明日は午前中講義ないから」


「なんで……」



 いったい、この僕にどうして寄り添う?

 だって、元同級生たちは、僕のことを迷わず『ぶさいく』って言った。

 たぶん、僕の地元のみんなも、いまの僕が帰ってもやっぱり『ぶさいく』っていうんだろう。

 それは動かしがたい事実なんだ。

 少しイケメンなように外側取り繕ったって、僕は、本当は。



「ねぇ、私の顔、見て?」


「え?」



 見てる。ちゃんと目を向けてる。視界に入ってる。

 だけど橋元さんは、腰をあげ、僕と膝がくっつくまで寄ってきて言う。



「私の顔に、焦点合わせて?」


「う、うん……」



 腰を浮かして膝立ちの姿勢になっている橋元さんを、至近距離やや下から見上げる。

 顔を下げてしまうと胸を見てしまうから、自然と、顔自体の向きも、上がった。


 見下ろす橋元さん。

 メイクの効果だけじゃないと歴然な、ぱっちりと大きな目。ちょうど良い高さのすっきりとした鼻筋、口角の上がった形のいい唇。

 そもそも同じ生物と思えないぐらい綺麗な女の子と至近距離で見つめ合ってる。何これ。



「うんうん。

 やっぱり私、神宮寺くんはこの顔の方が好きだな」


「?」


「うつむいてないほうが、いい顔になる」


「そんなことで顔が変わるわけが」


「そうだね、大きくは変わらないかな」



 さくっとかわされて、思わず僕はガクッとこける。

 そんな僕を楽しそうに見ながら、橋元さんは腰を下ろす。



「人間の顔の評価なんて結局主観で、偏見に左右されてる。人間の美醜なんて、結構1ミリ2ミリの差で無理矢理細かい評価つけてるようなものだし、ひとりの存在で劇的に基準が変わったりする。

 さっきの人たちが神宮寺くんの容姿どうこう言ってたのは、私にはまったくわからないや。

 だって神宮寺くんの顔のほうが全然好きだから」

 

「………………」



 うわぁ……揺さぶられる。すごく。

 欲しい言葉を先回りして与えてくれる。

 なんだろう、ズルイ。


 ………だまされてもいいんじゃないか、と、一瞬思ってしまった。

 たぶん、手練れだからこんなに魅力的な言葉をつむげるんだろう。橋元さんの見た目の魅力にも心動かされてると思う。

 どこか冷静な自分自身がある程度分析しているけれど、それを数えてもだまされるだけの価値はある魅力的な女性だ、と思ってしまう。



 ―――――ただ、気になることが、ひとつだけ。



「橋元さん、鈴鹿くんと、何かあった?」



 大きな目を瞬時に見開き、橋元さんは息を飲んだ。



「いや、その、()()()()()鈴鹿くんがサークルに来はじめてから、橋元さん、来なくなった気がするから。

 僕の勘違いなら、ごめん」



 わざわざ、『僕の友達』が印象に残るよう言った。

 鈴鹿くんとのつながりを伝えたら、橋元さんがどう答えるか。返事を待つ。



「…………知り合いではある、恋愛系のことは一切なかった、このふたつは言えるよ。ただ」


「……ただ?」


「サークルを休んだ本当の理由は、またいずれ言わせて」



 やっぱり。来なくなったのは、鈴鹿くんが原因だったんだ。

 じゃあ、もうサークルには戻ってくることはないの?

 そう思いながら、懸念を顔に出さないようにうなずいた僕を、ふわっと、甘い香りが包んだ。

 橋元さんが手を伸ばし、僕の髪をとかすように撫でている。



 ―――――その触れ方に、どうしても水上さんを思い出してしまうのだけど。


 橋元さんはそれを意識していたのだろうか?

 こんなに近くにいながら、話しても話しても、余計わからなくなる。

 交際経験ゼロの童貞には、レベルが高すぎる。



◇◇◇



 翌朝。


「…………ん…………」


 たぶんいつもより早い時間に目が覚めた僕は、うつろな頭のなかで、何か温かいものが僕の胸からおなかのあたりにいるのを感じた。

 どうやらそれに僕は手を回し、抱き枕のようにゆるく抱いている。

 はて。と、目線を、おなかの方に動かす。



「……………………」



 僕の胸に顔をうずめて、すやすや安らかな寝息を立てているのは、人間の女の子。

 橋元サキさんだった。



(……………)


(……………………)



「!??!!?!??」



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