第24話 女の子からのキスも強制猥褻と呼んでいいらしい
◇◇◇
「…………なんか、色々大変なことになってたんだな、おまえも」
「う、うん………」
その週の、日曜日。
なぜか、僕は、同級生でありいまやサークル仲間にもなった鈴鹿くんの家の、畳の上で体育座りしながら、出された温かい丹波黒豆茶を飲み、話をしていた。
ちなみに、この場にいるのは2人だけじゃない。
「ご愁傷さま?と言えばいいのかな、神宮寺。
俺の方には、昨日の夜、女子経由で、明王寺さんがこんなこと言ってたってLINEで回ってきてたよ。
1回生にはだいぶ広まってるのかも」
「……今井くん、笑顔で恐いこと言わないでくれる?」
「うん、俺も正直、和希さんのリアクションが恐いから、2回生には伝えない」
メガネの奥で苦笑するのは今井慶史くん。
この間、新歓コンパの幹事をしていた三条和希先輩(女性)を手伝って、明王寺さんからお酒を取り上げた1回生男子だ。三条さんと仲がいい。
僕は深くため息をついた。
―――――木曜日の夜、僕はサークル仲間の明王寺まほろさんにキスをされた。
彼女は、それをサークルのみんなに広言すると言った。
明王寺さんは、誰がどう見ても美人な女の子だ。
だったら男としては喜ぶべきなのか?
勲章として誇るべきなのか?
でももやもやする。スッキリしない。
いつもの僕なら、そのまま、誰にも話をできず、腹のそこに気持ちを押し込めていたところだっただろう。
――――ただその直後。
とある事件が発生して、僕は鈴鹿くんと今井くんと、否応なく顔を合わせることになり。
しばらくまともに鈴鹿くんと話もしていなかった僕なのに、いろいろあって、今日、今井くんに巻き込まれる形で鈴鹿くんのうちに遊びに来ている。
僕の鈴鹿くんへの嫉妬がなくなったわけじゃないけど、この前の食堂の一件で、このままでいちゃいけないと思った。
1回生、男ばかり。今なら話せる、と、そう思った。
「――――あ」
今井くんが声をあげる。
「どうかした?」
「いま、俺の携帯に、和希さんからメッセージきた。
『明王寺まほろを強制猥褻で訴えるなら警察官と弁護士紹介するって神宮寺に伝えて』
って。伝わったねこれは」
「……………うぉぉ…………」
うわぁ。明王寺さん終了のお知らせ入りました。
「で、えーと、もうちょっと続きがあるから読むね。
『もし神宮寺本人が警察沙汰を望まないなら、私の方で明王寺に制裁を』」
「やめて明王寺さん死んじゃう」
「確かに。三条さんは女にも容赦がないからな。
俺の方でシメておこうか?」
「やめて鈴鹿くん捕まる」
なんだか、どんどんおおごとになっていくのに、冷や汗をかく。
それでも、ひとりで抱え込んでいたときよりも胸はちょっと楽になっていることに、僕は気づいた。
キスが嫌だったとか、明王寺さんが嫌だったとか、そういうわけじゃない。
たぶん、僕の意思を無視されるのが、嫌だったんだ。
僕にも感情があって意思があって、しなきゃと思うことがあって、こうありたいと思うものがあって、それを無視されるのが。
でも、鈴鹿くんも、今井くんも、僕の意思や気持ちを尊重して話を聞いてくれている。
ありがたい。
(水上さんにも、今回の件は届いてしまうかもしれないけど………)
僕は今後どうするべきなのだろう?
迷いながら、黒豆茶をゆっくり飲んだ。
「……ありがとうね。
僕なんかの話を真面目に聞いてくれて。
嬉しいよ」
「それはまぁ。友達だからな」
―――――ん? いまなんて?
そっちに気を取られた一瞬、黒豆茶が気管に入ってめっちゃむせる。
僕は思いきり咳き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
鈴鹿くんが背中をさする。今井くんがティッシュをとってくれる。幾度も咳をして、どうにかこうにか、落ち着いた。
鈴鹿くんの手はまだ、僕の背中を、様子を見るようにさすってる。
聞き違いじゃない。
さっき、鈴鹿くんは、僕のことを友達だって言ってくれた。
うまれてはじめてだ。
うまれてはじめて友達って言っていい相手ができた。
嬉しい。すごく嬉しい。
「けど、明王寺とほかの女子がトラブルにならないかは気になるな」
「ん?
ほかの女の子はいま、みんな、鈴鹿くんが好きなんじゃないの?」
友達ができた高揚感でぼーっとしながら、僕は適当なうけ答えをした。
「いや、そんな単純な話でもない。
そうだな。ちょっと迷ってたんだが、新橋さんからあった、あの話を受けてみるか」
「新橋さんから?」
鈴鹿くんに何の話があったのだろう、と、僕が首をかしげると、鈴鹿くんが続けた。
「うまくいけば、明王寺まほろを牽制できるはずだ」
――――と、この場では鈴鹿くんが説明してくれなかった『話』だけど。
あとから詳しく説明されて、僕は愕然とすることになる。
◇◇◇




