第23話 童貞でいるのは、いけないことか?
◇◇◇
「せめて、キミの家で話すならよかったのに」
夜なので、さすがに暗い。
鴨川のほとりで、明王寺さんと並んで座って、いざ話をしようとしたとき、明王寺さんがいら立ったように小石を鴨川に投げた。
「男と女じゃ違うじゃない。
たとえふたり密室にいたって、ボクが全力を出しても、キミが全力で拒めば、ボクはキミには叶わない」
「うーん、まぁ、そう、だね」
流されちゃ、ダメだ。一度はきちんと断ろう。
ちゃんとした関係を女の子と築きたい、だから、こういう誘いには応じられない、と。
その結果、明王寺さんを傷つけても。明王寺さんが僕を嫌いになっても。
そう腹をくくったはずなのだけど、言葉はなかなか出てこなかった。
そもそも一対一になるべきじゃなかった?
「でも、少なくとも、鈴鹿尋斗と違って、神宮寺クンは女の子、好きでしょう?
だって反応してるもの」
「――――――!!??」
密かに確認されてた!?
「顔赤い。
ねぇ、シンプルな話でしょう?
なにを迷ってるのさ?
ボクに魅力を感じて、ボクに欲情するなら、神宮寺クンはボクを欲しいと思っているということになるでしょう」
「…………………」
明王寺さんが、僕の手を取り、甲に口づけた。
やわらかい唇の感触がじわりと広がる。
「ボクが近づくと、時々、怯えた目をするよね。
その目、好き。いじめたくなる」
手をねっとりと握りながら、明王寺さんは、続ける。
「……でも、それは……」
「なに?」
「要は、その……それは、見た目の印象だけの話、だよね?
結局、その、お互いに何も知らないし。
れ、恋愛感情、も、ない。
夜に誘ってくる、ような、関係では、ないし。
距離の詰め方とか、順番とか何か色々おかしい。
たぶん、明王寺さんも、あとで、後悔するよ?
それに……僕は、か、からだのか、関係だけとか、そういうのは、望んでない」
くい、と、明王寺さんの細い手が伸びてきた。
手が僕の頬を挟み、気がついたときには眼前に明王寺さんの顔が迫っていて、鼻どうしがぶつかって、唇がやわらかいものでふさがれた。
明王寺さんの大きな目が、至近距離で挑むようにこちらを見ている。
僕の口をふさいでいるのは、明王寺さんの唇だ。
明王寺さんの体を押すと、いとも簡単に僕から離れた。
月明かりの中、ふふっと、明王寺さんが笑う。
確かに、女の子だ。こんなにも力の差があるのに。
ファーストキスといわれるものを、華奢な女の子に、奪われた。
僕の口に、冷たい熱が残ってる。
「そんな関係はボクも望んでないよ?」
自分を突き放した僕の手を握り、いかにもいとおしげに、明王寺さんはほおずりする。
そして、もてあそびながら、てのひらにキスをする。
「キミをボクで埋めたい。
キミをボクでいっぱいにしたい。
キミをボクだけのものにしたい。
そのためなら、手段は選ばない」
「だから、なんで僕………?」
「恋とは罪深いものだからだよ。
理由なんて誰も教えてくれない。
だけど、キミしかいないんだ。
せめてはじめてはキミに」
僕の膝の上に乗ってきた明王寺さんは、もう一度、僕の唇にキスをした。
「恋は待ってはくれないんだ」
僕をだきしめながら、耳元で明王寺さんが熱っぽくささやいた。
「――――ボクはみんなに、神宮寺クンとキスしたって言うからね。
これでキミはボクのものだ。
キスから先は」
明王寺さんが、僕の耳を唇で食む。
「キミの覚悟が決まるまで待ってあげる。
安心して、ボクもキミが初めてだから」
――――――目指したのとまったく真逆な結末、そして不本意な既成事実。
………………かなりマズイことになってしまった、気がする。
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