表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/69

第22話 据え膳は食わない権利がある

◇◇◇



 ところで、僕は、異性を取り合ってケンカする、なんて、マンガのなかでしか起きないことだと思っていた。


 多少険悪になったりとかはあるかもしれないけど(それぐらいなら僕の周りでも起きたけど)、ケンカなんてしたら、目の前の、自分が好きな相手からは大概ドン引きされるだろう。

 そんなこと、現実には、わざわざやったりはしないんだろうな、と。



 だけど、僕が明王寺さんから約束を取り付けられてしまった日の夜。

 サークルのあとはみんなで学食で夕御飯を食べるという慣習があって、今日も僕たちはそうしていたのだけど。



 とつぜん、パァンッという平手打ちの音とともに、「根性悪すぎよあんたは!!」という罵声が飛んできた。



(なんだ、なんだ?)



 みんな、ざわざわとする。


 運悪く……何かあったら真っ先に飛んできて止めてくれる、部長や三条先輩、そして僕より先に入部していた一回生の今井くんが、今日は用事があるからと先に帰っていた。


 新橋先輩がおろおろとして、水上さんが「どうしたん?」と話しかける。

 ほかの先輩たちは顔を見合わせている。


 平手打ちした女の子は、顔を真っ赤にして、つづける。



「こいつが、こいつが、嘘ばっかり……」


「嘘じゃないし! 神宮寺くんの家に押しかける計画、あんたたててたじゃん!!」


「え? そんなこと言ったら、あんた神宮寺くんの髪の毛拾ってたよね、何に使ったんだかー」


「てっ!適当なこと言わないでよ!! いま神宮寺くんのことなんて何とも思ってないし!!!

 あんたこそどっちかというと本当は神宮寺くん派なんじゃないの!?」


「はぁ!? そんなわけないでしょ!?」



 ―――ええと?

 要約すると、数人の女の子たちが鈴鹿くんを巡って言い争いをしていて……。

 お互い、攻撃しあうのに、以前僕に対してどういう好意を持っていたか、を使っている、そういうことか。


 いや、家に押しかけるとか髪の毛拾うとか『好意』と呼ぶにはわりと身の危険を感じるんだけど。



 ―――口論でポツポツ、僕をさりげなくディスる流れ弾が飛んでくる。

 いやこれ、本人たちは本人たち同士での闘いに夢中なんだろうけど、流れ弾をくらう身としては、けっこうメンタルにくるね。


「バカばっかり」


 嘲笑する明王寺さん。


 間に入ろうとした水上さんが、止めあぐねて突き飛ばされた。女の子にしても水上さんは小柄だから。

 いかん、ここは、男の僕が、加勢をせねば。

 そう思って、席を立とうとした、そのとき。




 ため息ひとつついた鈴鹿くんが、学食のテーブルの上に置いていた、自分のペットボトルの水を手に取ると、


ぶわっ……!!


と、言い争ってる女の子たちにぶっかけた。



 ―――みんな、水をかけられた方も、周囲の人たちも、唖然として、鈴鹿くんを見つめた。


 鈴鹿くんは、学食の出口(手洗い場がある)をまっすぐ指差す。



「今すぐ頭冷やしておちついてこい」



凛とした低音の美声で言う。


 鈴鹿くんの奇跡の美貌に、静かな怒りを浮かべて言われると、みんな、さっきまで怒っていたのが嘘のように引っ込んで、ビクビクとしながら、素直に手洗い場に向かったのだった。



 ・・・・・・うわぁ。すごい。



「す、すずか?

 食事の場で、水をぶっかけるのはどうかと……」


 と、新橋さんが鈴鹿くんに注意している。



 同様に、わりとサークルのみんなは引いている様子だったけど、僕は一連の鈴鹿くんの言動に思わず見惚れていた。



 おろおろと、何もできなかった僕とは大違いだ。

 ちゃんと食事にかからないよう避けて水をかけているし。

 すごい。鈴鹿くん、すごい。



「鈴鹿尋斗って、ああいうところがボク嫌いなんだよね……」


 知った顔で呟いている明王寺さんがいたけど、正直かけらも気にならなかった。



 ―――――だけど、ある意味、この日の本番は、ここから後だった。



 ……しばらくして、言い争ってた女の子たちが、席に戻ってくる。



 おとなしく、でもどこか互いによそよそしい様子で、席につく。

 彼女らの顔を見つめ、「水をかけてすまなかった」と謝ったあと、しばし、考えていたようすの鈴鹿くん。

 おもむろに、口を開いた。



「俺は、うまれてこの方、女に恋愛感情を抱いたことが一度もない」



 全員が、鈴鹿くんの方を見た。


 やる気がなかった明王寺さんでさえ。

 目を見開いて鈴鹿くんを見ている。



「女が恋愛対象にならないかもしれない。

 だから、さっきみたいな話は正直不毛だと思っている。

 ただ、縁があった仲間だとも思う。

 仲間として、仲良く飯を食いたいって、そう希望してはダメか?」



 彼の言葉に、誰も答えられない。


 僕の目に、熱が集まっていた。

 率直に思いを口にし、流されず、腹をくくって意思を貫く強い鈴鹿くんがうらやましくて、まぶしかった。


 対する僕は、どうだろう?


 明王寺さんから押されて断りきれないということを言い訳に、本音では、童貞を恥ずかしく思う感情とか性欲が入り込んで、恋愛感情もわからず、据え膳に流されようとしている。いやむしろ食べられようとしている?

 情けない。

 こんなんじゃ、正直、情けなすぎる。



「神宮寺クン?」


「ごめん、あのさ、明王寺さん………」



 僕が鈴鹿くんをずっと見つめていたのに気づいた明王寺さんが、恐々と僕に声をかけた。

 なにかの変化が起きたことを、敏感に察知したらしい。



「………あとで、少し、()()させて」



 僕は、腹を決めながら、ゆっくりと明王寺さんに言った。



◇◇◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ