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第2話 イケメンの8割は顔でできていると僕は思います。

◇◇◇



「入部ありがとー!!!」



 ことのおこりは、4月下旬の土曜日にさかのぼる。



 大学のとあるサークルに、数回目の見学に行った帰り際、入部申し込み用紙を手渡すと、男の先輩は、満面の笑みで受け取ってくれた。


 サークルの副部長で3回生の新橋(しんばし)先輩だ。


 一番最初の見学のときから、こんな僕にも、よく話しかけてくれる人だった。


 自分のような人間の入部に価値はないと思うけど、先輩が笑ってくれるなら嬉しい。

 ただ、会話(コミュ)皆無(ゼロ)につき、なんと言えばいいかわからないから、僕は、うんうんとうなずくだけだった。



「いやー。神宮寺くん入ってくれて嬉しいよ。ほんと。

 1人入部してくれた1回生がいるんだけど、諸事情でしばらく来れなくなっちゃって、寂しかったからさぁ。

 すげー嬉しい」



 新橋先輩が話し続けてる。


 全体的にすらりとしていて、笑顔が爽やかで明るい。

 もちろん、僕よりも見た目が良い。

 比べるのも申し訳ないほど、はるかに良い。


 うらやましい、という気持ちがまたふわっと沸きそうになるけど、ぐっと封じ込めて、僕は、笑った。



 この4月に京都の大学に進学した僕は、運動能力向上を目的にしたこのサークルに入部することを決めた。


 理由のひとつは、女の子がほぼ、いないこと。

 もうひとつは、空気感として、人間関係がそんなに濃くなさそうなことだった。



 本当なら僕のような人間は、大学で講義を受けるとき以外は家に引きこもっているべきで、それが一番傷つかずに済むと思う。


 ただ、憧れの大学に入学できて浮かれ、ちょっとだけ、新生活に夢を見てしまった。


 18年間生きてきて、ひとりの友達もいない。


 たぶん、僕は、男からも忌避されるほど、世界で一番気持ち悪い醜男なんだと思う。


 けど、それでも、新しい環境なら、誰かと友達になれたり、誰かに大切に思ってもらえる可能性が、ほんの少しでもあるんじゃないかって。


 大学入学という一生に一度の機会。

 この一回だけ。賭けてみたいと思った。

 それで賭けに負けたなら、あとはすべて諦めて生きていく。


 そんな僕の後ろ向きな覚悟を、知るよしもない先輩は、突然何かを思いついたように顔をあげる。



「あ、そうだ。神宮寺くん、このあとちょっと時間ある?」


「え? ああ、えっと、はい?」


「よかった。じゃあさ、今から3回生の幽霊部員をちょっと紹介したいんだけど」


「?????」



 僕は、内心首をひねる。

 サークルの場以外で部員の人に会うのは、もちろん初めての経験だけど。

 それ以前に、自分はしがない新入生。

 なぜ突然、その人を紹介という話に?

 頭のなかに疑問符がいっぱい浮かぶ。


 それでも僕は『断る』ということをしなかった。

 断るほど、まだ先輩と人間関係ができていないと思ったし、不安だった。そして、そもそも僕は『断る』ことが、本当に苦手だったから。



 そのまま僕は、新橋先輩に連れられて、とあるマンションまで連れていかれた。



◇◇◇



「……ふーん。

 で、(シン)ちゃんに連れてこられたんや。

 じぶん優しいなぁ。断ってもいいんやで?」



 僕が連れてこられた部屋のあるじは、さっきからなにがおかしいのか、僕を見て、クスクスと笑い続けている。


 一方、僕の手の中には冷や汗がつたい、正座した足は、座っているのに膝が笑いそうだ。


 部屋は全体的に、淡く優しい色使いで。

 僕が普段読まないジャンルの本がたくさんあって、その中には有名なBLレーベルのマンガもあった。

 大きなぬいぐるみたちがベッドの上にごろごろしている。



 そう、なぜか僕は、うまれてはじめて、女の子の部屋にいた。

 新橋さんと同学年である幽霊部員は、女性だった。



水上(みなかみ)紗映子(さえこ)

 教育学部3回生。

 幽霊部員やけど、よろしく」



 彼女はそう名乗る。

 色白で、声も顔立ちも表情もやわらかくて。

 僕を見上げるときにツンと上を向く、小ぶりの鼻が、かわいい。

 もちもちとしたキメが細かい肌が、ふくよかな印象を生んでいるけど、全然ふとってはいなくて。

 ただ、服の上からも全体的にやわらかそうで。


 露出のないカットソーと長めの丈のスカートなのに。

 どうしてだろう、目のやり場に困る。どうしよう。



「……あ、あの……」



 自分も自己紹介せねば、と、僕が口を開こうとしたそのとき。



「ほらさ、すっごいいいゲンセキでしょ?」


「うん、それは認める」


「だから協力して?」


「せめて本人に許可とってからにせぇへん?」



と、新橋先輩と水上先輩が、なぞの会話をし始めた。


(なんだろう。ゲンセキ。言責? 原籍?)


 漢字変換ができない僕が、心のなかで首をひねっていたら、新橋先輩が、僕のほうに向き直った。



「あのさぁ神宮寺くん。

 男のカッコよさって8割身長だよね?」


「……………はい?」



 いったい、何の話?



「キミ、身長なんセンチ?」


「えと…184です…」


「つまりキミは、8割満たしたわけだ!」


「……はい?」



 ちょっと、何を言っているのか本当にわからない。



「うーん。うちはそんな背ぇ高い人がいいって気持ちはわからへんけど」


「男にとっては大事なの!!」



 男にとっては、といわれても。

 男友達もいない僕にはわからない。

 助けを求めて、水上先輩に目をやると、水上さんは、僕ににっこり笑いかけた。



「でも、うちも、神宮寺くんは、カッコいいと思うよ?」



 心臓がおおきな音をたてる。


 いたたまれなくて、「あ、あのっ…」と、声をもらした。



「なに?」



 頭が混乱している。

 感情が。

 正も負も、色んな感情がパンパンに体の中にはりつめて。

 何か言わないと死んじゃいそうなのに。

 最初の言葉が出てこない。


 最初の言葉。

 いちばん、強く思う言葉。

 その一言が、僕の口を突いて出た。



「……………ぼく、お金持ってません……」



 カルト宗教か、マルチ商法か、過激派団体か――――僕の頭をよぎったのは、そういった勧誘だった。

 先輩2人は、僕の言葉に、しばらく顔を見合わせた。

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