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第17話 生まれて初めて「嫌わないで」と女の子に言われる

◇◇◇



 その日、帰宅して、部屋の玄関で携帯を確認すると、ものすごい量の連絡が入っていた。



 ―――――明王寺さんから?


 と、一瞬思ったのだけど、連絡をくれたのは、彼女だけではなかった。

 僕が姿を消した後、結局、明王寺さんを中心に、1回生の女の子たち何人かで2次会を開いたらしい。

 その会について、楽しかったよ、神宮寺くんも来ればよかったのに、というメッセージが、いろいろな子から寄せられていた。


 明王寺さんからは、僕がいなくなった直後に、恨み節のようなメッセージが数件。でもそのあと、

『しつこく飲ませようとしてごめんなさい。』

と、反省したような謝るようなメッセージが。


 そして、橋元サキさんからも、今日は楽しかったよ! ありがとう! またどこかでかけましょう、というメッセージが。



 文字列を眺めつつ、返事する内容を考えながら、僕は、ベッドに腰かけた。

 その時、電話がかかってきた。



「もしもし!?」



 思わず電話に出てしまう。



『……神宮寺クン……?』



 独特の癖のある声。

 明王寺まほろさんだ。

 ただしいつもの、攻撃的に絡めとってくる口調じゃない。

 何か落ち込んでいるような……。



「もしもし、ごめん、先に帰って……」


『ううん。

 ボクが色々とやり過ぎた』



 やり過ぎた、という言葉を聞いて、僕の手に、ふっくらした胸のふくらみとふとももで挟まれた感触が鮮やかによみがえり、慌ててぶんぶん腕を振る。

 明王寺さんからはそれは見えないはずだけど、彼女は切々とつづけた。



『ちょっとお酒が入ってテンションがおかしくなっちゃって。

 飲みたくない神宮寺クンに飲ませようとしたのは酷かったって反省してる』



 ……え、そっち?

 胸を再三押し付けてきたことではなく?

 いや、反省しているなら、それは受け取らねば。



「いや、まぁ、わかってくれたなら」


『お願いだから、嫌わないで』



 その時だけ、明王寺さんが強くすがるような口調で言ったのが、トスッと、矢のように静かに、僕の胸に突き刺さった。

 僕が今まで何年もの間、小中高の同級生たちに、言いたくて言えなくて、胸にずっととどめていた言葉だった。



『勝手なこと言うようだけど、ボク、嫌われたくない。

 神宮寺クンに嫌われたらどうしようって思う』



 違う人間だけど、おんなじ人間。

 水上さんが少し前に言っていた言葉を思い出した。 

 明王寺さんも、嫌われたくない、と言う。

 この子もまた、僕と同じ感情を持った人間ということなのか?



『ねぇ、嫌いになってない? ボクのこと』


「それは大丈夫」


『じゃあ、好き? ボクのこと』


「―――――――それを僕に聞くのは、順番が違うんじゃないかな」



 『好き?』と言われた時用に用意していた答えがあってよかった。

 そうだね、と、明王寺さんは、電話の向こうで軽く笑った。



『じゃあ、また、次のサークルの時にね』


「うん、バイバイ」



 電話を切る。


(…………この子たち、本当に、僕に好意を寄せてくれているんだな…)


 ぎゅっと、携帯を握りしめ、ベッドのうえに体を倒して天井を眺めた。



 正直に言えば、水上さんが新橋さんと付き合っている?という情報で、まだ少し僕は混乱していた。



 水上さんのことが好きか嫌いかという2択なら、答えは、『めちゃめちゃ好き』だ。

 信頼している。

 話すと、顔を見ると、ほっとする。

 突然、そばにいてほしくなる。

 それを恋愛感情だと呼んでいいなら、僕は失恋したのかもしれない。

 でも、これ以上は考えずに、誰にも言わずに封印してしまいたい。


 水上さんが、新橋さんと一緒に僕の見た目をどうこうしてくれたのは、親切だ。

 先に僕への好意があったということじゃない。

 だって、新橋さんに紹介された日に、出会ったばかりだったんだから。


 親切にしてくれた相手には、同じ親切や信頼を返すべき。

 親切にしてくれた相手に対して、返すべきは同じ親切だ。

 相手が欲してもいない恋愛感情を抱き、自分が相手を欲しいと思ってしまい、それが伝わったら。僕は相手から奪ってしかいない。

 誰にも見せないように封印しなければ。下手に開示すれば傷つけてしまう感情だと思う。



(まして、僕だ)



 見た目は多少変わっても、中身はほとんど変わらない、ついこの間まで最底辺以下の僕だ。



 ―――――余計な感情は封印しよう。



「今、僕は、サークルの役に立っている」



 こっぱずかしい言葉だけど、僕はそう、自分で声に出して言ってみた。



「それを認めてもらって、僕の存在価値をみんなに認めてもらってる」



 友達さえ、いなかった僕が、だ。

 価値を認めてもらえている。

 今は、その、求められている役目を果たそう。それでいいじゃないか。

 その中で、自分を好きになってくれている人がいるんだ。

 これ以上、何を望む?



「自分を好きになってくれる相手の中から、自分が好きになれる相手を見つければいいんだ」



 それが一番誰も傷つけないはずだ。最後の言葉は、胸の中で繰り返した。



 ――――それがどれだけもろい幻想だったかを、僕はすぐに知ることになる。

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