第16話 ラーメンの都・京都。
◇◇◇
「わーい、いっただきまーす!」
カウンターに、ならんで座った僕と橋元サキさんの前には、湯気を立てているトンコツラーメンが並んでいる。
「ここ、ずっと気になってて、来てみたかったんだよねぇ~」
「食べたあとなのに、それ食べれるの?」
「大丈夫。ラーメンは別腹!」
言い切った。
というか、僕の方が食べきれるかわからない。早速橋元さんは箸を割って食べ始める。
つやつやの髪を耳にかけ、大きな目を一段とキラキラ輝かせて。
ちなみに、正確に言うと、僕の前にあるのは普通のラーメンで、橋元さんの前にあるのは、薄く綺麗に切られたチャーシューが並べられ、器のふちからはみ出した、インスタ映えしそうな、特製チャーシューメンだ。
新歓コンパのあと。
いま僕は、橋元さんが行きたいと言ったラーメン屋に連れられている。20席もない、こじんまりしたラーメン屋さん。
ラーメンには別皿でゆず胡椒と、明太子と、高菜が添えられている。好きなものを入れて味の変化を楽しんで食べられるようにだとか。
「うま! 美味しいから食べなよ早く!!」
「え、あ、うん………橋元さんはトンコツが好きなの?」
「ううん、ラーメンは全部好き! 京都は激戦区だから、色んなタイプのラーメン屋さんがあって最高!」
「そうなんだ……」
京都が激戦区だということも知らなかった僕は、若干橋元さんに気圧されながら、スープに麺をしっかり絡めて食べ始める。
ふわっと広がる、トンコツの風味。細いけどしっかりした歯応えでほのかに小麦が香る麺と、よく合う。
「うん。確かに美味しいね」
「美味しいよね! 当たりだよ、よかったー」
「そうだね…あれ、水入れてくれた?」
いつの間にか僕の前には、コップに水が注がれて置いてあった。
橋元さんがしてくれたらしい。
まったく気づいていなくて、遅ればせながらお礼を言う。
こういうところが鈍くてダメだなぁ、僕は。
「……あ、やっぱりそうだ」
「え?」
ラーメンを半分ほど食べたところで(美味しかったので意外と入った)、突然、橋元さんが僕の背中を指でツンツンしてきた。
「ふだん猫背なんだね」
「!?」
しまった。気を抜いて背を丸めてしまっていた。
僕は慌てて背筋を伸ばす。
「あーごめん、伸ばせって意味じゃなくて、ただその」
橋元さんの指先が、やわらかく僕の肩をつついた。
「何だろう。見ていて、いつも体に力入ってて緊張してる感じだなーって、気になってただけだから」
「え、ええ!? そうなの!?」
「うん、見てたら。なんでだろーなーって気になってたから、力抜くとこうなるんだなって思ったら、ちょっと面白くてつい言っちゃったよ。ごめんね」
「あはは……いや、まぁ、姿勢をね……直してるところで」
「そっかー。
ところで、水上さんと高校一緒なの?」
「!!??」
突然水上さんの名前が出てきて、僕は驚いた。
たぶん挙動不審な顔をしてしまった自信がある。
「……い、いや、違うよ? なんで?」
「え? あー……。あのー、これも神宮寺くんのことを見てて気づいただけなんだけど。
女の子に囲まれてる時とかさ、時々、目で水上さん探してるよね?」
「……………………………………」
うわぁ、本当に?
見てわかるほど?
僕はそんなに水上さんに依存してたのか……?
自分でも顔が熱くなるのがわかった。
そんな、恥ずかしすぎる………!!
「単に、水上さんが好きだとか?」
「え、いやいやいやいや! そんな! おそれおおい!」
「おそれおおい?」
「えーと、違う、そういうことじゃないから、全然」
恥ずかしくなって、僕は目の前のラーメンをかきこむ。橋元さんは早々に食べ終わっている。
しかし、いや、まさか。そんな風に思われるなんて。
まぁ、確かに、自分は水上さんに甘えすぎてると思うけど………でも………。
「そうなのかぁ。勝手に三角関係想像して、ちょっとヒヤヒヤしちゃったよ」
「……三角関係?」
「え? だって、水上さんって新橋さんと付き合ってるって、先輩誰か言ってたよ?」
「………………………………え?」
僕は思わず、ポカンと口を開けてしまった。
水上さんと新橋さんが?
って、新橋さん、ついこの前、合コン行ってたのに?
水上さん、新橋さんのこと、仲がいい友達だって言ってたのに?
けれど、言われてみれば、水上さんと新橋さんは仲がいい。
普通に、女と男と考えれば、友達としても、仲がよすぎる感じがしてしまう。
実は付き合っていた、と言われても、違和感がない。
(……………………………)
何だろう。
すごい、胸の辺りに何だか喪失感がある。
自分でもよくわからないし、うまく説明がつかないけど、急に味がわからなくなった。
どうしてだろう。
まさか、本当に僕は、水上先輩のことを好きになってた?
頭の整理がつかなくて、思わず黙ってしまった僕を、少し怪訝そうに見ていた橋元さんだけど、やがて、僕の顔に手を伸ばした。
「ネギついてる」
そう言って、僕の口元についたネギを指先で摘まんで、自分の口にいれる。ネイルはしていないけれど、綺麗に整えられたつめ先と、艶やかな色の唇。
不意に、綺麗な女性だなぁと思った。
「また、一緒に出かけようね。
できたら下の名前で呼んでくれると嬉しいな」
そう言って微笑む橋元さんに、僕はこくりとうなずいた。
◇◇◇