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第12話 恥走馬灯は突然に。

◇◇◇

 


 ―――――高校生の僕は、9階のベランダから遥か下の自転車置き場を見つめていた。


 ひとつ下の妹からは、避けられて久しい。近寄らない、目を合わせない、僕を視界に入れようとしない。それも同じ家のなか、狭いマンションのなかでは避けきれず、すれ違うときの、息が止まるような苦しさ。

 それでも、妹が言葉にしてぶつけてこないのは、まだ優しさなのだろう。言葉にしてくる人もいるから。



『……ちょっと、ずっとあんたのこと恐がってたの、わかんなかったの?』


『おとなしい女の子だったら押せば何とかなると思ったわけ? ほんとキモい』


『頼むから、こっちの班にくるのやめて。頭おかしくない?』


『ちょっと優しくしたら、それにつけこんでやたら話しかけてくるの、いったいなに?』



 何かのきっかけでひとつ思い出すと、次から次へと思い出したくない言葉を思い出す。

 違う。

 女の子の嫌がることをしたかったわけじゃない。

 気持ちがわからなかったのは申し訳ないけど、次から気を付けたいのに。次はない。

 飲み込んだ言葉が、つもりつもってる。

 どうしようもない恥ずかしさで、喉がしまる。



 ああ、学校に行きたくない。

 あの子と顔を合わせたくない。

 あの空間にいたくない。

 だけど休むわけにいかない。


 行きたくない。休んじゃいけない。

 行きたくない。休めない。



 ――――――ああ、死ねば解決する?



 そう思って、ベランダのふちから、深く頭を下げてみた。

 自分の身長なら、悠々と越えられる。


 いける、と思ったときに、遥か下の地面に、小さい子をつれた夫婦が現れた。



 ――――――こどものうえに、落ちたら。



 こどもを殺してしまうかもしれない恐怖に襲われ、気がついたら柵に手をかけたまま座り込んでいた。



◇◇◇



「………神宮寺くーん」



 女の子に声をかけられて、ひっ、と僕は顔をあげた。

 ああ、いつの間にか眠っていたらしい。

 思い出したくもない、夢を見ていた。



「どうしたの? 睡眠不足?」


「あ、うん、大丈夫……」



 隣に座ったサークル仲間の橋元サキさんが、僕の目の前で小首をかしげた。

 大きな瞳にかかる光がちらちらと変化して、髪が揺れる。

 机に広げている本からすると、英語の学術書を辞書なく読めるぐらいの英語力の持ち主らしい。すごい。


 ほかに、サークルの女の子が3人、僕と同じ机に座っている。

 それぞれの名前だけはかろうじて覚えたけど、まだどんな子かはよくわからない。


 向かいに座ってる女の子の服の胸元がやたら開いていて、あと、スカートの短い子もいて、正直、目のやり場に困る。

 誰に目を向けても、すぐに目が合うのが、なんだか気恥ずかしくて仕方がない。



 ―――――土曜の午後。

 いま僕らがいるのは、僕の大学のメイン図書館だ。


 鈴鹿くんにもらった『好意を寄せてくる奴は待たせればいい』というアドバイスをさっそく生かそうとした僕だったけれど、役に立ったこともあれば、立たなかったこともあった。


 たとえば、SNSのやりとりは、返事を少しずつ遅くすることで、だいぶ楽にはなった。


 一方で色んな誘いへの対応は、『待たせる』のは、まだまだ難しい。僕が『断る』のが苦手なせいだ。


 今回、僕が、サークルの練習日でもないのに、橋元さんやサークルの女の子たちと一緒に大学図書館で勉強しているのも、橋元さんから再三、『そっちの大学の図書館に行ってみたいから、一緒に行ってほしいなぁ』とねだられていたことによる。


 もう少し、女の子慣れするのを待ってほしいと思いながら、それを口にできなかった僕は、押しきられるかたちで橋元さんを図書館に連れていくことになり。

 しかし、それを横で聞いていたサークルの女の子たちが、自分たちも行くと言って、また僕が押しきられた。



(ねぇ………なんで僕なんだろう?)



 ついさっき夢で思い出していた、ほんの少し前までの、最底辺以下の日常と、いま自分がこうしてちやほやされている日々とが、どうしても地続きのもののように思えない。


 モテてる自分に一瞬調子に乗りそうになったりするけど、次の瞬間、過去の(はじ)走馬灯(そうまとう)に襲われる。



「神宮寺くん、このあと、お茶していかない?

 私、時計台前のカフェテリア行ってみたいな」


「ああ、ごめんそこは土曜は3時半で終わっちゃうから……」



 橋元さんの誘いに、僕は口の端を一瞬ひきつらせながら返事をした。

 他の女の子たちの顔が、ピキッ、とひきつったのを僕は察知していた。

 わりと橋元さんはこういうところがあって、他の女の子たちもいる前で、僕ひとりを誘うような言い方をしてくる。

 わかっていてやってるのか、天然なのか。



「ああ、じゃあさ、行ってみたい喫茶店あるんだ!

 とても歴史があるっていう有名な……」


「へーぇ。いいんじゃない。

 ボクも行ってみたいなー」



 女の子の声が僕の背後から突然入ってきたかと思うと、僕の肩に、僕の後頭部を挟むように肉まんみたいにふかふかしたものがのってきた。

 …………あの、まさかこれは………

 想像が恐ろしすぎて、首を動かすこともできない。



「今から合流させてよ、神宮寺クン?」



 明王寺まほろさんは、僕の後頭部に大きな胸を押し付けたまま、僕の頭の上からささやいた。



◇◇◇

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