火竜の洞窟その2
I can fly!
「グアアアアアアアアアアアアアアア!」
勇者に斬られたフレイムメイジの断末魔が洞窟内に響く。
でっけぇ声だなこいつ。
ドラゴリザードマン共を倒してからも、こうしてちょくちょく魔物と遭遇してるが、その度、即座に行動してあっさりと狩りまくってる。俺様を除くと性格はゴミみたいな連中の集まりだがその実力は中々に高いな。
パーティも近接アタッカー二人に遠距離一人と、回復に回復護衛兼サブアタッカーみたいな感じだからバランスも悪くはない。
まあ、あえて言うならリリィがあんまりいらねぇ。
俺様って防御魔法張れるから、実はこいつの護衛とかいらねぇし。
「みんな、今のところは余裕だが油断だけはしない様にな!」
「わかってるわよハヤト! 貴方が言う事は何時だって正しいもんね」
「頼もしいリーダーで私たちは本当に幸せですねぇ」
「そうだよね、夜の方も……その、逞しいし、なんて」
「リリィ、そういう事を言うなら場所は選んでほしいな……」
「そっ! そうですよ、リリィちゃん……(そんな事言いつつ勇者も満更でもねぇ顔してんじゃねぇかよ)」
「クリスみたいに初心過ぎるのも問題だけどね。素敵な相手ならすぐそばに居るんだから、お姉ちゃんにいつでも相談して良いんだからね♪」
「わ、私はそういうのはまだいいですよ。お気持ちだけ受け取っておきます、姉さん……(死ね)」
何でもすぐ色ボケ勇者こと、パヤパヤト君の下半身と俺様を結びつけようとするのやめろや! 吐き気がするんだよ。アレフとの一件から妙に露骨になって来てるから、相当焦ってんのかこいつ。
本格的な洞窟イベントが来るまでは、ちと目立たない様にしないとな。邪魔されては敵わんわ。俺様の輝かしいサクセスストーリーを、その汚い下半身で塞がないでくれ!
魔物を蹴散らしつつ、奥にどんどん進むと広場のような開けた場所があった。中央には怪しい魔法陣、マジで怪しすぎる……。
明らかにどこかに転移するタイプじゃねぇか。
広場の周りは崖で覆われていて、落ちたらまず助からないような高さ。ほかに道もないし、実質行き止まりって奴だな。結局は、この魔方陣で先に進むしかないようだ。
「どうやら転移魔方陣のようだね、この先に何があるかわからない。少しここの広場で休憩しようか?」
「わかったわハヤト!」
戦闘で多少消耗してることもあって、確かにエロ勇者の意見も一理ある。みな賛成し、それぞれ休憩を取ることにした。
広場を少し見渡すと、階段で上がれる場所があるので、俺様は勇者に断って少し上がって確認してみる。家でいうと三階分くらいの高さを登りきると小さなスペースがあるだけで目の前には崖しかない。
なんだここ? 観光名所か何かかな? それにしたって、殺風景すぎるだろ……。無駄に高く作ってる癖に何もねぇし、ここ設計した奴アホ過ぎだろ。俺様はガッカリ気分で下の広場まで戻る。
「クリスティーナ? 上に何かあったか?」
勇者が聞いてきたので、俺様は首を横に振りながら、「いえ、上ってみたら用途不明な小さなスペースがありましたけど、目の前は崖で、特に目ぼしい物もありませんでした」と言うと、勇者は何か考える素振りをした後に「わかった、ありがとう」と言いながら三馬鹿達の元に戻っていった。
そんな考える込むような事なんも言ってねーだろ……。
やる事も無くなった俺様は、アレフに渡されたシートを下に敷いて座る。
勇者と馬鹿共が何やら話し合ってる場所から少し離れた位置ではアレフが大荷物を汚さないように重ねたシートの上に丁寧に置いている。勇者たちがいるから俺様の所に来たくてもこれねぇってガッカリしたような顔でこっちを見てるのが何かウケるわ。
どんだけ俺様に懐いてんだよこいつ。サービスでニコリと笑っておくか。
……うお、めちゃくちゃ嬉しそうだな……幸せな奴だぜ。
ん? 勇者達が話終わるとアリアの奴がアレフに近付いて話しかけてやがる。普段だと罵る位しか接点持とうとしねぇのに笑顔で話してるとか……糞嫌な予感しかしないんだが?アリアに手を引かれて二人はさっき俺様が確認してきた階段を上っていく。
おいおいおい! そっち何もないって俺様は勇者に言ったよな? 崖しかねーぞ?! え、え、まさかこれがそうなのか? そうだとしたら、俺様の取るべき行動は……。
俺様は、崖の下を見る。深さが見えない、普通に落ちたら人間なんて原形も留めないだろう高さだが。俺様の決意はこんなもんじゃビクともしねぇな。
(いいだろう、やってやるよ?丁度対応できる魔法だって覚えてるからよ。むしろ、聖女伝説の輝かしい一歩に丁度いいじゃねぇか、そうと決まれば時間との戦いだ、こりゃ早く配置に付かねぇと!)
熱意も、決意も、覚悟も全て完了した俺様にもう怖いものはねぇ!
さあ、早く来いよ。アレフ!
***
俺が荷物を置いて休んでると、遠くからクリスがこちらを見ていた。俺も本当はそっちに行きたいんだけどな。あんまり俺と親しくしてると、ハヤトからクリスがまた何かされる可能性もあるから、こうして我慢している。
クリスは、そんな俺を気遣ってか遠くの方でニコリと笑顔を向けてくれた。相変わらず優しくて温かくなる笑顔だ……許されるなら、いつまでも見て居たいくらいに。
「ねぇ、アーレーフ! ちょっといいかしら?」
俺がクリスの方を見ていると、突然アリアから声を掛けられた。
だが、様子が変だ。正直言って気味が悪いという感想が最初に出てくる。
いつもの俺を馬鹿にした態度ではなく、まるで友達に話しかけるような気やすい態度だ。俺は急変したいきなりの態度に混乱を隠せずにいた。
「ア、アリア? いきなり何なんだよそれ」
「何言ってんの~! 昔は良くこうやって話したじゃない! アレフったらもう忘れちゃったの?」
散々暴行されたり、勇者との情事を見せつけられたり、普段からゴミ!とか言われたらそんな記憶無くなるわ。しかし、真面目にどうしたってんだ? 俺に媚びを売る理由がさっぱり思いつかない。
「なにが目的なんだよ? 正直、意図がさっぱりわかんねぇし……」
「目的なんてとんでもないっての! あのさ、仲直り、したいんだよねあたし」
「はぁ? そりゃどういう――」
「今まで酷い事しちゃったなーってさ?アレフに謝ろうかとずっと思ってたり?」
「なんだよそれ、今更謝られたって……」
「うん、信じられないよね。だからさ、証明するよ。ちょっと付き合ってよアレフ!」
そう言うとアリアは俺の手を強引に引き歩き出す。こいつ、こんな目立つことして勇者から何を言われるか分かったもんじゃねぇ……!
俺はハヤトの方を見ると、ハヤトは驚いた表情で俺を見ていた。あれ?これはハヤトが仕組んだことじゃない…?アリアはじゃあ、本当に自分の意志で俺のところに来たってことか。
「おい! ハヤトが見てるのに良いのかよ?」
「今はハヤトは関係ないでしょ? あたしはアレフと一緒に居たいんだから」
そう言ってアリアは階段を上っていく。再びの心変わりの原因は分からないが、もし本当にアリアがまた俺と仲良くするために動いてくれたのだとしたら。
俺はこいつに失望しきって、絶対に許さないと心に決めたけど……。
もう一度、信じても良いのかも知れない。いや、信じたいんだきっと。
一度は裏切られた。酷い目にも合わされたし、ここ半年のこいつは正直大嫌いだ。憎んですらいる。だけど、小さい頃に見たアリア、勇者パーティに入るまでのアリアは俺をとても好いていて、俺の事を考えてくれた。
旅が始まる少し前には、ファーストキスもしたっけか。旅が終わったら結婚しようってさ。それはもう、叶わないだろうけど……もう一度仲の良かった頃に戻れるなら、俺は。
そんな事を考えながら、しばらく俺とアリアは階段を上る。そして着いた先にはこじんまりとしたスペースと目の前は崖になっていて後は何もない。こんなところに何故連れて来たのか。
「アリア、ここは一体? 何もないようだけど」
「だねー! ただ二人きりで話したかったから来たんだよ?」
なるほど、ここから下の広場までは、かなりの高さがあるから会話を聞かれる心配はまずない。しかし、そんな重要な話でもあるのだろうか?
「そ、それで話って何だよ? ハヤトにも聞かれたくない事なんだろ?」
「そだねー、ハヤトには聞かれたくないかな。あたしの気持ちをね」
「気持ち?」
「あたしはアレフが好きだってことだよ」
「は?」
いきなり告白されて頭が真っ白になった。脈絡がなさ過ぎる。大体洞窟前では俺に嫌味を言ってたじゃねぇかよ、アリアの言動がちぐはぐすぎて、嬉しい気持ちなんて全く湧き上がらない。
「突然すぎて意味がわからないっつーか……ごめん、正直言うと全く信用できない」
「そっか、そうだよね。色々酷い事しちゃったもんねー、わかるよ?」
「それに、その俺は、他に好きな子が出来たというか。えーと……つまり、昔みたいに友人じゃダメか?」
「なにそれー酷い振り方だね、アハハ! でもいいよ。幼馴染の友達にもどろっか」
「何か、いやにあっさりだな。でも嬉しいのはホントだ。お前がやったことを考えると、すぐには割り切れないだろうけどさ、よろしくなアリア」
俺はアリアと、仲直りの握手をする。
割り切れない憎しみは未だに燻ってはいる。だが、相手にやり直す気持ちがあるならきっと大丈夫のはずだ。友情も恋心も一度は壊れたけど、俺はもう一度アリアを信用する。幼馴染の一人として。
「それじゃ、もどろっか!……あれ、ねぇアレフ……何か今あそこの崖の辺りが光らなかった?」
「えっ?どこだよ?そもそも崖の辺りって真っ暗で光なんて――」
「ううん、今あそこ光ったよ。信用できないならちょっと行って見てよ!」
そう言って、アリアは目の前の崖を指さす。あんまり必死に言うので俺も気になって崖に近づき下を覗き込んでみた。暗すぎて何も見えない。底も見えないし、少し怖くなった俺はアリアの方を向く。
「光どころか何も見えないぞ? きっとアリアの見間違い――」
俺が振り向いた瞬間、何かの衝撃を受け俺の身体が浮いていた。目の前を見ると、アリアが俺の腹に蹴りを入れていた。俺の足は、地面から、離れ――崖から転落していた。
俺の身体が勢いを付けて落ちて行く瞬間、俺が見たアリアの顔は。昔、俺に笑いかけてくれたような、満面の笑顔だった。
こいつ、また、俺を、裏切り、やがった、二度もおれを。アリアに対しての憎しみが膨れ上がるが、それよりも落下する恐怖の方が強くなり俺は断末魔を上げていた。
「うわあああああああああああああああああああ」
俺が叫び声を上げ、落下していく中で、何故か最後にアリアの声が聞こえた気がした。とても嬉しそうな、まるで良い事でもあったような愉快な声で。
「さよなら、ゴミアレフ♪」
そこで俺の意識は途絶えた。
I can't fly !