偏執的な少女
夜になり、アリアは国王のパーティへと出席した。
周りは華やかな貴族達ばかり。それを白けた顔で見ているアリア。
アリアも普段は着ないような上質なドレスを身に付けている。
左腕がないので使用人たちから手伝ってもらいながら苦労して着たのだ。
クリスに隠れている上に周りはクリス狂いばかりなのであまり突っ込まれないが、アリアはとても美しい女性だ。金髪のショートカットに碧眼の瞳、非常に整った顔。姉だけあってか顔立ちも少しクリスに似ている。
クリスと違っているのは不本意とはいえ男を経験しているからか、クリスにはない男の本能を刺激するような、蠱惑的な魅力を持っている。それが災いしてか、先ほどから貴族の男達からの誘いが絶えない。
左腕がない事など、まるでマイナス要素にならないかの如く情熱的なアプローチを続けて来る者もいる。アリアはそんな事態に辟易していた。
(ドレスを着た姿……どうせなら、アレフに見てもらいたかったなぁ)
何度目か分からない溜息を吐きながら、アリアは心の中で思う。
なぜあんな国王の為に、こんなものに出なきゃならないのかと。
(国王は、好きじゃない。あいつの所為で……リリィちゃんとフィーネさんは)
直接的な原因ではないとはいえ、勇者と共に旅に出るように命令を出したのは国王だ。国の決まりなので仕方ないのだが、アリアは未だにその事を恨んでいた。
(あーもうダメだ! 暗い気持ちになっちゃう。早く帰りたいよぉ……)
思考が今度は帰りたいモードになり、そこから延々とエンドレスする。
こんな弱い精神で、あの狂人メンバーの中に入れているのが不思議でならない。
「剣聖様、宜しければ僕と少々お話しませんか?」
またしても話しかけられ、ウンザリとするアリア。
話してきた相手の方を見てみると、プラチナブロンドの短髪にエメラルドの瞳を持った男がいる。それは……アレフと同じ髪と瞳の色だった。
(あっ……何だか少しアレフに似てるかも……いやいや! 何言ってんのあたし)
目の前の男にアレフを感じたことを恥じたアリアは、頭を振って否定する。
(アレフは宿屋に居るはずだもん。良く見ると顔とか全然似てないし)
自分の絆され易さを十分というほどに理解させられているアリアは、気を引き締めて他の貴族と同じように対応した。男は残念そうな顔をすると、軽く会釈をして戻って行く。
(あたしはもう、絶対に惑わされない。ずっとアレフを好きで居続けるって……そう決めたんだから。そしていつか、アレフに許してもらえるまで……頑張らなきゃダメなんだ!)
右手を胸に当て、改めて自分の気持ちを確かめるアリア。
それからも様々な男達から言い寄られたが全て断り。華やかなパーティが終わった深夜になる頃、一晩泊るはずの王城を抜け出したアリアは、クリス達がいる宿屋へと向かったそうだ。
***
アリアがパーティで男達から言い寄られているその頃。
夜の王都にある暗い路地裏に、一人の小さな少女がいた。
ただでさえ夜でなくとも薄暗い路地裏に、こんな時間に小さな少女が来るなど大変危険な行為だ。人攫いも多く、いつ攫われてもおかしくない。
だが、少女の様子は異様だった。
自らの手に向かって何かを話している様は、とても不気味だ。
「ねぇ、返事をしてくださいよ。まだ、生きてるんですよね?」
少女は自らの手に話しかける。
いや、正確には手に持っている小さな欠片に話しかけていた。
少女がしばらく話しかけて居ると、少女とは別の声が欠片から返って来た。
『グッゲゲ……ガガガ……ダ……レ……ダ』
「わあ! やっと返事してくれましたね♪ わたしはリノと言います」
少女が……いやリノが、何かに名前を名乗る。
欠片の中の声は、まるで壊れたかのように呻き声をあげるだけだ。
『リ……ノ……グガガッ……ダ……レ……ダ』
「だからリノですって! シェフスさん、もうボケちゃったんですか?」
壊れた声は、聖剣の意思シェフスだった。
自爆して完全に消滅したと思われていたが、意識のほとんどが壊れながらもまだ存在していた。リノはあの時、魔王の死体を見ていたのではなく、辺りに散らばった砕けたアロンダイトの欠片を拾っていたのだ。
『ワ……タシ……ノ……ヤク、メハ……モウナ……イ』
「なに言ってるんですか、果たしてない使命があるじゃないですか」
魔王を倒し役割を終えたと話すシェフスに、否定の言葉を重ねるリノ。
『シ……メ……イ?』
「そうですよ、シェフスさんは"勇者"なんでしょ?」
リノは、勇者に執着しているシェフスの弱点を突いてくる。
この言葉を出せば、必ず喰いついてくることをリノは熟知していた。
『ソウダッ! ワタシハ、ユウシャッ!』
大半の意識が壊れているにもかかわらず、勇者という言葉には流暢な反応を返す。シェフスの中では、未だに勇者に対する執着は消えていない。
「ふふっ、だったら……勇者の使命を果たさないとダメじゃないですか」
『ナ……ニ……ユウシャノ、シメイ、ダト……?』
「そうです。"聖女"を護るのが"勇者"の使命なんです」
『セイジョ……マモル……ユウシャ……』
「そう、そうです。"勇者"は"聖女"を護らなきゃいけないんですよ?」
壊れて考える力を失ったシェフスに、刷り込みを行っていくリノ。
それから深夜になるまで、勇者は聖女を護るものだとひたすらに囁いていく。
「ほら、言ってみてください。聖女を護るのが勇者だって」
『セイジョ! マモル! ユウシャノ……シメイダ!』
「うふふ……そうですそうです♪ 護らないとですね♪」
すっかりと、リノの言葉に洗脳されてしまった聖剣シェフス。
懐柔したと判断したリノは、本題に入った。
「だから、わたしに力を渡してくださいよ。勇者の力を」
『チカ、ラ……ワタス……』
「えへへ♪ わたし、聖女を……お姉ちゃんを護りたいんです。……何からも、誰からも……誰にも渡さない様に……護りたいんですよ」
リノは笑いながらシェフスに話すが、その声に笑いなど一切含まれていない。
顔に張り付けているのはただの笑顔の仮面だ。リノは最初から真剣だった。
「わたしが聖女を護れば……勇者の使命は果たせるんですよ?」
『ユウシャノ、シメイ……!』
「だから、ね? 渡してください。あなたの力を……わたしに、ちょうだい?」
『……ワカッタ……リノ……ヲ……ワガ、アルジ……ト……スル!』
まんまと騙されたシェフスの欠片は聖なる光を放ち。
その光は、リノの身体を覆っていく。
精神が損傷したシェフスの力を奪ったリノの身体は凄まじい強化を果たす。
そして、破損したスキルをどんどんと習得していく。
「くひっ……この力なら、お姉ちゃんにちょっかいを出して来るクズ共を……皆殺しに出来る。これからは、わたしがお姉ちゃんを護ってあげるからね♪」
聖なる光を吸収し、光の中から出て来たリノの顔は……歪んだ笑みを作っていた。破損した聖なる勇者の力を次に継承したのは……小さな狂人。
この暗い路地裏で、新たなる英雄……と呼べる者が生まれたのだ。それは人々に伝えられる事は無く、人々の為に自発的に力を奮う事もない者。
――――勇者リノが誕生した瞬間だった。
「さぁて! 早くお姉ちゃんのベッドに潜り込んで一緒に寝なきゃ♪ うふふふ……うひっひひひ……ああああ……お姉ちゃん……好き好き好き好き好き! 力を得たわたしなら、誰からも護ってあげれるから安心してね……だって、だってね――」
リノは喜悦の声をあげながら、本心を呟いていく。
「――お姉ちゃんは、わたしのモノなんだから」
クリスの事を家族ではなく、自らのモノだと言い始めたリノ。
力を得た今、もはや自分の欲望を隠す必要はなくなったのだ。
そう、いつからかリノがクリスに抱いていたのは、家族などという想いではなく……。もっと、深く、悍ましいドロドロとした情愛だった。
心からの笑顔を浮かべたリノは、裏路地から出て行く。
片手にはいつの間にか、小さな短剣が握られていた。
アロンダイトに似ている短剣……勇者リノが持つ、新しい聖剣。
眩いばかりの輝きを持ったその短剣は……今後は血で汚れて行く事だろう。
魔物や、クリスにちょっかいを出した人間達の血によって…………。
リノが路地裏から出て行き、辺りには誰も居なくなった。
だが、リノが居た近くには一人の中年男性が倒れている。
頭には手斧が刺さり、両目はくり抜かれ、そこら辺に投げ捨てられて。
この男が殺された理由は、王都から王城に向かう途中のクリスを性的な目で見ていたからだ。
そう、それだけである……。
いやらしい目でクリスの事を見ていたのを、リノは見逃さなかった。
男の顔を覚え、アレフの部屋から出た後に男をひたすら探した。
探して、見つけ出し、付け回し、幼い容姿を利用して誘い込み、殺した。
クリスに偏執的なまでの執着を見せるリノだからこそ出来た、異常な殺人。
こんな、こんなことをする狂った少女が、勇者の力を得たらどうなるか。
考えるのも、恐ろしい事である……。
狂った勇者と、狂獣と化した魔王に護られたクリスの貞操は、どんな城塞よりも強固な守りで覆われている。このメンツならば、どんなに危険な連中が来ても余裕を持って対処できるはずだ。
なぜなら。
――――もっとも危険な奴らは、常に傍にいるのだから。
『破損したスキル』
スキル効果はアレフが使っていたころと変わらない。
だが使っている最中、使用者に精神汚染が起こり始める。
常人ならば、すぐに廃人となってしまうので通常は使い物にならない。
使用するには強靭な精神力か、初めから狂ってなければ無理であろう。
果たしてリノは、どちら側なのか……。
*(精神完全防御持ちなので、どちらでなくとも使えますね)