火竜の洞窟その1
この洞窟、実は人工物。
洞窟前に着いた俺たちに、ハヤトは入る前の陣形を決めたいと言って、一旦集まる様に指示を出してくる。全員が円を描くように集まりハヤトの言葉を待っている。
「みんな! ここから先が噂の火竜の洞窟になる。この入り口を一歩踏み出せば、そこからは未知のダンジョンだ。まだどんな魔物が居るのかも余り分かってないから無茶な行動は絶対にとらない様にして欲しい!」
「わかったわ! ハヤトの事はあたしが絶対に守るから」
「私も、ハヤト様の敵は全て殺すわぁ」
「ハヤト様の背後はリリィに任せて!」
周りの三人は相変わらずだ。
ハヤトの事しか言ってなくて、ハヤトの言葉を聞いてるのかすら怪しいが、ハヤトはそれで満足なのか、特に何も言わない。普段と変わらないなら、わざわざ集めて言う必要あったのか? 俺は少し呆れた様子で会話を眺めていた。
「ねぇ、あんたはハヤトが危なくなったらすぐに盾になりなさいよ? 死んでも良いから」
アリアは俺の方を見ると、そんな事を言い始める。便乗したフィーネ達もここぞと好き放題言ってきた。
「そうよぉ、ハヤト様を庇って死んだなら、何の価値もない荷物君の人生にも意味が出来るかも! うふふ」
「そうなったら素敵だよねー。汚物兄さんも、ちょっとは認めてあげるから機会があったらさっさと死んでね」
随分な事を言う奴らだな……。ちょっと前の俺なら、好きだったこいつらに、こんなこと言われたら発狂していたところだ。が、拠り所が見つかった今の俺の心を折るには、こんな汚らしい存在共の罵倒じゃ、不十分なんだよ。
既に昔あった好意も愛情も何もかも消えた。
俺には、最愛のクリスが味方に居てくれさえすれば、どこまでも強くなれる。
「なんてことを言うんですか……皆さん、アレフさんも立派な仲間です! 勇者様の盾なんて不穏な事は言わずに、全員生還を目指して頑張ることを誓い合うべきじゃないんでしょうか?」
「そうだよ、クリスティーナの言う通りだ。あまり物騒な事は言うものではないよ。いいね?」
すかさず、クリスが俺を庇ってくれる。
クリスの様子を見て、便乗したハヤトも一応三人の事を窘めてくれた。
愛するハヤトに言われたのが効いたのか、三人は揃って「ごめんなさい」と項垂れていた。あくまで俺にではなく、ハヤトに謝ってる辺りがお察しだな。それよりも……。
「あれ……クリス、今ハヤトの事を勇者様って?」
俺が小声でクリスに聞くと、クリスは周りを気にしつつ俺に向かって小声で答えてくれた。
「ふふっ、もうアレフさんが嫉妬しなくても良いように、やっぱりこの呼び方にしたんですよ?」
ハヤトには内緒です。と言わんばかりに、人差し指を唇に当てながらそう呟いた後、すぐ俺から離れたクリス。その気遣いが嬉しくて俺の心は温かくなり、活力が身体に溢れるような気がした。
クリスの一挙一動でこんなに気持ちが揺れ動くなんて、俺は想像以上に単純な男だったんだなと思う反面、こんな気持ちを教えてくれたクリスには感謝しかないなと感じる。
勇者の盾なんざ死んでも御免だが、クリスが危険だったら、俺は盾でもなんでもなれるよ。密かに俺は、そんな決意をした。
「陣形は前衛が僕とアリア、前と後ろのどっちが怪我をしてもすぐ回復できるように中衛にはクリスティーナとクリスティーナの護りにリリィを。そしてフィーネは後衛から魔法で援護を頼む!」
ハヤトは的確に指示すると、四人の幼馴染達は即座に言われた通りの陣形を組む。何度も五人で魔物を倒してきたのか、全員が慣れた動きだ。性格面はともかく勇者パーティの戦力であるクリスも、あいつらの一員として何度も戦って、こいつらに馴染んでいるのが嫌でも分かり、疎外感を味わう。
俺にも力があれば、嫌われていても中に入ることが出来たんだろうか。
クリスと一緒に戦えたのだろうか。
……もしもの事など、考えても仕方ないのだが。
「ハヤト……その、俺はどうすればいい?」
敗北感やら、色々が混ざったそんな気持ちに居た堪れなくなり、俺は素直にハヤトに指示を仰ぐ。
「そうだね、アレフ君は戦えないだろうから僕らから距離を取ってついてきてほしい。あまり近すぎると戦闘に巻き込まれる危険があるからね」
「……わかった。世話を掛ける」
俺はハヤトに謝り列の後方に移動した。気持ちだけでは戦えないというのをこういう時に実感する。俺には力がないんだから仕方ない。情けなく見えようと、これが俺の立場だ。
「ぷっ、だっさ。ホントに逞しいハヤトと同じ男と思えないわね」
後方に行く最中に、ボソッと肩を竦めたアリアから呆れるように言われたが、言い返す材料もないため甘んじて受け入れる。
本当に性格の悪い女だ。こんな奴に一時期でも愛を向けていた自分にすら嫌気が差してくる。ここまで酷いとある意味、糞女の本性を暴いてくれたハヤトには感謝の念すら抱けてくる。
先頭の勇者たちが洞窟に入っていく。ここからは気を抜いたらいつ死んでもおかしくない領域だ。
自虐も、あいつ等への不満も今は忘れよう。生き残るために、俺は必死で彼らに付いて行くしかないのだから。クリスとまだまだ俺は話したいこともあるんだ。こんなところで絶対に死んでたまるか!
***
僕たちが洞窟に入ると、想像してたより熱くないことに気づく。火竜の洞窟というくらいだから、耐熱装備の準備もしていたんだが何だか拍子抜けだ。
それに、壁際などは岩っぽい外見なのに地面が洞窟特有のゴツゴツしたデコボコ道ではなく、まるで人が手入れしたように綺麗なのも気になった。
入り口はいかにも洞窟らしい外観なのに、中は迷宮のダンジョンみたいに、天然のダンジョン感がない。ここは一体何なんだろうか。
洞窟全体は赤く発光してるように常時明るいので、明りの魔法などは無くても十分視界を確保できる。しばらく歩いてると、前方に四、五体程の物体が見える。
全身が緑色で二メートルくらい。筋肉の肉体に尻尾が生えていて、顔は竜のような形相…ドラゴリザードマンだ。それぞれの手には、巨大なハルバードやら双剣が握られている。
好戦的で有名な魔物で硬い鱗で覆われた肉体と武器を扱う知性を持ってる強敵。道中に居る獣型の魔物なんか比じゃなくらい危険な相手だ。
「みんな、ドラゴリザードマンだ。まだこちらには気づいていないが、見つかってから戦うと被害が出る可能性もある。あいつらが固まって動いてる今のうちに、フィーネの魔法で不意を突いて先制攻撃で一気に崩そう」
「分かりましたハヤト様、氷の範囲魔法で奴らを拘束しますので、そしたら一気に叩き潰してください」
「剣聖の瞬発力で一気に殺すわ!ハヤトの邪魔をするトカゲどもなんか!」
僕がさっと方針を決めると四人は、それに従って共素早く行動してくれる。やっぱり僕たちは相性ばっちりだ、将来全員が僕の嫁になるだけのことはあるね。
ドラゴリザードマン全部を射程に捉えたフィーネが呪文を唱える。詠唱中にリザードマンたちがこちらに気づき武器を構えて来るが、もう遅いよ。
「冷たき鎖、相対するものを無慈悲に絡め、静止させん。フリーズホールド!」
フィーネの呪文が唱え終わるとリザードマン達を取り囲むように冷気が発生し足元から氷の鎖が出現し奴らの足に巻き付く。足も強固な鱗に覆われているリザード達だが鎖の魔力が簡単に鱗を貫通し一瞬で足が凍り付いてしまった。
「グオアアアアアアアアアアアアアア!」
足が凍り、事態を把握できず、突然襲った激痛にドラゴリザード達は咆哮を上げる。絶好のチャンスだ、ここから一気に奴らを殲滅させる。
僕は、勇者スキルの身体強化(強)を発動させ、一瞬でリザードマンの懐まで移動する。そして、英雄の剣でドラゴリザードマンの首を一瞬で刎ねる。強固な鱗に覆われて居ようと、魔力を通わせている英雄の剣で斬れないものなどない。
2体目の首を刎ねる時にチラッと横を見ると、アリアも剣聖のスキルを発動させて別のドラゴリザードマンを細切れに惨殺しているところだった。
僕に言わせると無駄が多い殺し方だと思うんだが、知性のある敵にとってはあの残虐な殺し方で怯む時もあったし、あえて指摘したことはない。ようは敵を皆殺しにすれば大抵の事は何とかなるからね。
それにしても、敵を殺す時のアリアはとても嬉しそうだ。
終わってみれば、三分ほどでリザードマンの集団は肉塊と変わっていた。僕たちもある程度長い旅で確実に力が付いていると実感できて喜ばしい。
興奮が全身を駆け巡る。今日の夜は、みんな僕の部屋に呼び付けて、楽しんでも良いかもしれない。戦闘後にそんな事を考えている余裕すらあった。
「みんな、よくやってくれた! 動きもスムーズだったし、僕たちは確実に強くなってるよ」
「あ~ん! ハヤト様の凛とした指示があってこそですよぉ~素敵でした」
「ハヤトのためなら強くなれるわよ、ハヤトの敵は何でもあたしがバラバラに引き裂いてあげるからね」
「うう、私は何もできなかったけどぉ、リリィだってもっと敵が多かったら活躍出来ましたよ!」
「皆さんお怪我がないようで安心しました……」
「ははは! リリィも良い動きだったから安心してよ! クリスティーナもそんなに心配しすぎることはない、この五人がいれば僕たちのパーティは無敵だ」
僕が高らかに言うと、彼女たちも恍惚とした表情で僕に続いてくれた。
ああ、これが本来求めていた姿だよ……。さて、後は人の所有物を薄汚く狙ってきた、邪魔な荷物持ちのクズをこの機会に始末すれば完璧だね。
計画はもうアリア達に話してるし、彼女達も協力に乗り気だったから、間違いなく成功する。クリスティーナにだけは黙ってるけど、事故として処理する予定だからね。
仲間の死で憔悴した彼女を、僕が部屋でタップリと慰めてあげれば、すぐにあんな奴の事は忘れるだろう。
ああ、嬉しすぎてつい笑ってしまう。
勇者は最後には、必ず勝利することを教えてあげるよ? アレフ君。
別に偽勇者ではないんですよ、ハヤト君は……。
スキル内容と性格がアレなだけで。