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変われない者

 バルコニーでの大歓声に包まれた演説の後、国王はクリス達にぜひ王城に泊まり、夜に行う予定である魔王討伐の宴に参加して欲しいと頼んできた。


 聖女はそれに対して「ぜひ参加したいと言いたい所なのですが、私は勇敢に戦った死者への祈りがありますので……」と申し訳なさそうに断りの言葉を出した。


 そんな祈りなど実はない。単に貴族と王族に囲まれた立食パーティみたいな面倒なものに参加したくないだけである。結局、剣聖だけでもと言う話になるが、アリアは嫌そうな顔して。


「クリス。あたしも……出たくない」


 小さな声で、心から思っていることをクリスへとこっそり告げる。

 アリアも正直、国王や貴族などが好きではなかったので辞退したかったのだ。だが、討伐メンバーの全員が不参加では流石に国王のメンツも立たないので、クリスは口八丁でアリアを宥めて一人だけの参加を承諾させた。




 ***





 少し時が経ち、時間は夕方頃。

 城を出たクリスとリノは王都の宿屋へと入る。

 宿屋の受付に軽く挨拶すると、二階に上がっていく二人。


 そして王都に着いた際に予め取っておいた、二階の部屋の扉を開ける。

 すると、部屋の中には一人の人物が既に入っていた。


「終わったみたいだな」


 クリスに向かって話しかけた声は男のものに聞こえる。

 その人物は、全身をフード付きの黒い外套で覆い隠し立っていた。フードを目深く被っている為、表情を見ることは出来ない。その見た目は明らかに不審者そのものである。純白の修道服を着たクリスとは真逆のような姿だった。


「ええ、全て……。本当に、これで宜しかったんですか?」


 そんな不審者の恰好をしている男に対して、親しそうに話すクリス。

 そう、この男はクリスの知っている男。


「英雄である貴方を死んだ事にしなければいけないなんて、とても心苦しい瞬間でした……。本来なら、貴方は皆に称えられるべきではありませんか……」


 少しの憤りと、悲しさを含む声でクリスは男へと語りかける。

 そんなクリスを見て、未だに表情は見えない男が口元を綻ばせた。


「良いんだクリス。お前がそう思っていてくれるだけで俺は充分なんだ。別に英雄の名声に何か微塵も興味はない……お前さえ、知っていてくれればそれで良い」


 どこまでも優しい声で男はクリスにそう告げる。

 そう、この男の正体とは。


「私だけは、どんな事があっても貴方の偉業を忘れませんから……アレフ」


 先ほど死んだと伝えた、救世の英雄その人であった。





 ……あの時、魔城から帰還の際にアレフがクリスに頼んだこととは。


『クリス、俺の事は死んだと国王に伝えてくれ。英雄アレフは……魔王と共に死んだのだと』

『なっ、何を言っているのですか!? そんなこと……』

『頼む、こんな姿を国王に見せたらどんな事態になるか分からない。最悪、魔族として処刑されるかもしれない。その際、一緒に居るクリスにも危険が及ぶ可能性だってあるんだ。俺の所為でお前が危険な目に合うなんて……耐えられないんだよ……」

『……わかりました。アレフがそれで良いのなら、私はその心を汲みます』





 このようなやり取りがあった。


 クリス達は途中まで四人で魔城から王都へと戻り、王都近くでアレフがパーティを抜けて、後からこっそりと王都の中に忍び込み、落ち合う場所としてこの宿屋で待っていたというわけだ。


 フードを取ると、そこには額から黒い角が生えたアレフの顔が出て来る。


「アリアはどうした?」

「姉さんは、今日は一人で国王のパーティへと参加します。遅くまで続くそうなので一晩だけ王城へと泊り、明日にはこちらに戻って来るそうです」

「そうか」

「アリアさんの事とかどうでも良さそうだね、アレフさん」

「お前ほどじゃない」


 クリスが説明すると一言だけ素っ気なく言い放つアレフに、クリスの方をじっと見たまま話しかけるリノ。お互い、クリス以外は何もかもどうでもいいと思っているロクデナシだ。


 この二人と一緒の空間に長時間いるよりなら、確実に国王のパーティに参加した方が色々な面で負担が軽いだろう。アリアは貧乏くじを引かされたが、結果的には助かったのかもしれない。


「と、とにかく。アレフの無事も確認できたことですし、一旦解散と致しましょう。私は教会に行き、亡くなった王国騎士団の方々のために祈りを捧げてきます」


 本当は部屋に戻って眠りたいのだが、国王に言った手前何もしてないのがバレるのを恐れたクリスは、つじつま合わせに教会で適当に作った祈りを披露しようと考えていた。


 こういう面では非常に勤勉な男……もとい、女なのである。

 聖女の言葉を疑う者など今の王都にはいないと思うのだが、彼女は自分以外の人間を決して信じたりはしないので、いつだって自分に従って行動しているのだ。


「それではまた後で。アレフ? 外に出る時はフードを被り忘れないで下さいよ? リノは疲れたでしょうし、しっかりと眠ってくださいね! 約束ですよ?」


 ちょっと砕けた口調になり、まるで二人の母親のように話しかけるクリス。

 もちろん演技だ。他者に見せる彼女に真実など微塵もありはしない。


 全てが偽り、虚像、騙すための外面。

 聖剣も、魔王でさえも気づかない。クリスという人間の恐ろしさはここにある。


「はは、わかってるよクリス。気を付けて行って来いよ」

「ふふっ、お姉ちゃんまるでお母さんみたい。ちゃんと寝るから安心してね」


 笑顔で見送る二人。二人はクリスの本性には生涯気づかないであろう。

 クリスが部屋を出ると、残されたのは笑顔を張り付けた二人。


「…………」

「…………」


 シーンと辺りが静まり返る。

 クリスがいない今、二人が話すことなど何もないことの証明だ。


「俺はクリスを追う。お前は?」

「わたしはちょっと外に出ようかな。お姉ちゃんに何かあったら許さないから」


 そう言ってさっさと部屋を出て行くリノ。

 まるでクリスがいない部屋に用など無いとばかりに。


 一人残されたアレフは、クリスを尾行すべく準備を始める。


「フードは忘れず被れ、か。ハハハ、分かってるよクリス。心配性なんだなお前は……やっぱり俺を愛してるからこそ、あんなに心配になるのかなぁ」


 準備中にブツブツと独り言を言い始めるアレフ。

 その目は瞳孔が開き、正気から程遠い雰囲気を発している。


「ちゃんと俺が見守ってやらないと……クリスは他の男に気を許すことなんて絶対にないけど、俺はクリスに触ってやれないからなぁ。魔が差すなんて……ことも」


 手をぶるぶると震わせながらアレフは独り言を続けている。


「魔が差すなんて……ぜってぇ許さねぇぞクリス。お前は俺のモノだ。お前を抱いて良いのは俺だけなんだから……だからさぁ、見張って無いとな? 悪い奴らからお前を護ってやらないと」


 静かな部屋の中に歯をガチガチと鳴らす音だけが聞こえる。

 握りしめ過ぎた拳からは血が噴き出ていた。


「クリスに触った男は……全員殺す。滅茶苦茶に引きちぎって、臓物をばら撒いてやる。俺が触れないクリスに触るなんて……愛を誓い合ったこの俺が触れないクリスに……あの肌に……ああ、殺さねぇと……俺が触れないのに……触るなんて……ぜってぇ殺す! あいつは、俺のモノだ俺のモノだ俺のモノだ!」


 アレフは尾行の準備中にひたすら独り言を繰り返す。

 今の彼なら、例えクリスと肩が触れただけの老人でも殺すだろう。



 魔王の危険な力を手に入れた彼は、その力以上に危ない男に変貌していた。

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