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伝説

「そうか……英雄アレフは魔王との戦いで……」


 悲痛な顔をして、そう呟いたのはこの国を治める国王だ。

 聖女達が王都に入ると、その姿を見た民衆が瞬く間に騒ぎ出し、王城に出向く頃には城の者達にも帰ったことが伝わっていた。そしてすぐに、王の謁見の間へと案内されたというわけである。


「はい、とても勇敢な最後でした……。彼と私達は力を合わせ、死力を尽くして魔王と戦いましたが……結局、最後に私は……アレフを救う事が出来ずに……」


 言葉が途中で詰まり、聖女の眼には涙が浮かんでいる。

 周りにいる高官達はその痛ましい姿を直視できず、顔を伏せたりしていた。


「……本当に良くやってくれた。死んだ英雄もそなた達も……まさに、この世界の救世主と呼ぶにふさわしい。聖女クリスティーナ。それに剣聖アリアよ。この国の王として心から礼を言う」


 国王が椅子に座ったまま頭を下げると、クリスも丁寧な物腰で頭を下げた。

 アリアは複雑そうな顔をしていたが、やがてクリスに続き頭を下げる。リノはクリスをひたすら見ているだけで国王に対して一瞥(いちべつ)すらしなかった。


「さあ、聖女クリスティーナに剣聖アリア、それと聖女に付き従った幼き少女よ。国民たちがお前達を待っている。共に、平和の時代を伝えようではないか」


 そう言って国王は立ち上がり、三人をバルコニーへ向かうように促す。


 いよいよ、平和の時代を告げる演説……クリスの悲願である、伝説を作った人間としてのスピーチが始まろうとしていた。


「分かりました、国王陛下。姉さん、リノ……行きましょう」


 クリスが柔らかく二人に微笑むと、アリアもリノも笑顔で頷く。

 三人は、大勢の民衆が待つバルコニーへと向かった。




 ***




 クリス達がバルコニーまで着くと、国王がバルコニーへと先に出て演説を始める。民衆からの支持が低い国王でも、今日だけは溢れんばかりの民衆が王城へと集まり国王を見ていた。


「愛すべき国民達よ。魔王討伐に行った聖女らが帰って来た! 彼女たちの勇敢なる活躍により、我々を永年苦しめて来た邪悪の化身、魔王は討伐されたのだ! 今日この日、世界に平和が戻ったッ!」


 国王がそう高らかに告げると、割れんばかりの民衆の喜ぶ声が聞こえてくる。

 しばらく大きな歓声に包まれたが、やがて落ち着くと国王は再び言葉を続けた。


「では、偉業を成し遂げた者達に出てきてもらおうぞ! 聖女と剣聖! そして聖女に付き従った少女も前に出て来てくれ!」


 国王はそう叫ぶと後ろに下がり、代わりに三人の人物が前へと出て来た。


 中心に居るのは、皆が知っている。献身の聖女と呼ばれたクリスティーナ。

 両隣には小さな青髪の少女と、片腕を無くした剣聖アリアが立っている。


 三人が前へと出ると、民衆は途端に静かになる。


 片腕のない剣聖に痛ましさを覚えた者が居たのかも知れない。

 生き残りがたった三人だけという事実に驚愕したのかも知れない。

 聖女の顔に喜びよりも、悲しみの方が強くあったからかも知れない。


 とにかく、誰一人として今騒ごうとする者はいなかった。


 そして三人を代表するかのように中心に居る聖女が前へと一歩を踏み出し、溢れんばかりに集まった民衆の注目を一手に引き付ける。聖女はしばらく目を瞑っていたが、やがてゆっくりと(まぶた)を開け――民衆へ向かって静かに語り出した。


「……多くの、犠牲がありました。これまでに沢山の犠牲が……。魔王軍により、かけがえのない大勢の人々が、苦しめられてきました」


 まるで勝利したと思えぬような、今にも泣き出しそうな……。

 そんな、声だった。


「今回もそうです……三十四名。私達が魔王の元へ向かった際に居た人数です。帰って来れたのは私達だけでした……。魔王の討伐と引き換えに……三十一名もの勇敢な命が失われました」


 歯を食いしばり、苦し気に言葉を紡ぐ聖女クリスティーナ。

 浮かれていた民衆もようやく気付く。彼女は仲間を喪ったことに……これまで死んだ人々に対して、心を痛めていたのだと。


「王国騎士団の方々は私達が魔王を倒せるよう、命を懸けて道を切り開いてくれました。一人一人がとても勇敢で……そう、みな英雄の心を持っていたのです」


 聖女の演説を聞いている者の中には、死んだ王国騎士の妻もいた。聖女の言葉を聞き、「ああ、あの人は平和のために……頑張ったんだね」と呟き、涙を流して震えている。夫の死は無駄ではなかったのだと――そう聖女に言われているようで救われていたのだ。



「そして……救世の英雄と言われる人もまた、平和な世界の為に命を懸けました」


 英雄の話になると、聖女の声が震え出す。

 ふいに聖女が下を向き、沈黙が続く。その様子に、民衆は固唾をのんで見守っている。


 何かを決意したかのように、聖女が顔を上げると――彼女は涙を浮かべていた。


「私は、救世の英雄を愛しています」


 ザワザワと民衆が騒ぎだす。聖女と英雄の恋物語などは憶測でたびたび王都でされていたが、聖女本人の口から語られたのはこれが初めてだったからだ。


「魔王討伐を為した後、彼と添い遂げるつもりでした。……ですが、それはもう叶いません」


 聖女の淡い恋は、死に別れという悲恋に終わる。

 世界を救うため、こんなにも頑張った二人にこの結末はあんまりではないか、と。泣き出す人が大勢いた。


「私は、彼以外を愛することはもうありません。……だから私は、生涯を聖女として……魔王に傷つけられ、未だに苦しんでいる人々のために使いたいと思います」


 涙を浮かべながらも、民衆に向かって微笑み語る聖女。

 その気高さ、その愛の深さ。そして生涯、一人の男に操を立てる悲哀な決意。

 女性としての幸せより人々の事を優先した聖女に、声を失う民衆。


「魔王は倒れましたが、苦しんでいる人々は大勢います。大事なものを喪った者、奪われた者、生きる意味を無くした者……無くしたものを取り戻すことは出来ません。でも、癒すことは出来るはずなんです。これからも私は、そういう人達を癒したい……助けたいのです」


 穏やかな顔で民衆に笑いかける聖女。

 そして聖女は目を瞑り、神に祈る様に両手を組み、最後の仕上げに掛かる。



「聖女として、ここに宣言します。平和の時代が来たことを。……どうか、全ての人々に末永き平穏と穏やかな日々が続きますように――」



 聖女の正式な宣言により、民衆は喜びに騒ぎ出す。

 その響きは、先ほどの国王の宣言とは比べ物にならない程の大歓声だった。


 ――――献身の聖女様、万歳ッ!


 ――――聖女クリスティーナ様、万歳ッ!


 と、割れんばかりの聖女コール。聖女はこの瞬間、伝説となったのだ。

 大歓声の中には剣聖や、亡くなった英雄たちに対する賛辞も当然ある。


 しかし、流れはほぼ聖女一色といってよかった。

 それだけ、聖女は真心込めた想いの言葉で人々の心を奪っていったのだ。


 民衆が聖女をひたすら称える中、祈り続けている聖女は。



(あぁああああぁああぁ! 気持ちいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!! 愚民共ッ!! もっとだッ! もっとこの俺様を称えろッッ!! 俺様こそ!! 気高く美しく尊く儚く優しく超絶凄い伝説の聖女さまであるぞッ!! ははは……ふはははは……ごははははははははッ!!)




 ――――自尊心が満たされすぎて頭が旅立(たびだ)っていた……。

とりあえず、本懐は遂げたということで。

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