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帰還

 クリスに触れた途端、俺の身体に耐え難い激痛が走った。

 今まで体験したこともないほどの強い痛みが……。


 そして俺は意識を失い、暗闇の中にいた。


「魔王の野郎……俺の身体に何しやがった!」

『お前に植え付けたのは、喪失の球だ』


 魔王の声が聞こえる。馬鹿な、奴は死んだはずだ。


「なぜ生きて……いや、それより喪失の球だと……?」

『そうだ。お前が聖女に触れるたび、お前の身体はどんどん侵食されていく』

「なっ!? どういうことだ!」

『さっき聖女に触れたことで、お前は魔族に近い身体となった。喜べ、先ほどより格段に強くなっているはずだ。その代わり、人間としてのお前をどんどんと失っていくがな』


 クリスに触ったから……俺の身体が魔族に近くなった?

 意味が分からない、俺はもう人間じゃないのか……?


『お前はもう聖女に触れることすら出来ない……言っただろう、聖女と幸せになどなれないのだ』

「……ク、クソヤロウッ!! どこにいやがる! ぶっ殺してやる!」

『余はお前の中にいる。お前が無理にでも聖女と何度も触れ合った時、余はお前の身体を乗っ取れるようになる。よく覚えておくことだ』


 ……こいつ。魔王はわざと俺に状況を説明しているんだ。


 つまり、クリスと接触すれば俺は魔王に乗っ取られるから、クリスに触るなと言っているのだこいつは! 自分の復活よりも、俺の幸せを邪魔することを最優先にしてやがる。クズが。


『クックック。良いではないか。無能だったお前より、聖女を護れる今の姿の方が嬉しかろう? まあ、結ばれることは未来永劫ないがな。勇者アレフよ。これがお前の代償だ……ククク……ハハハハハ――――ざまぁみろ!」


 くそっ! くそぉ。あと少しだったのに……俺はもう、最愛の人に触ることすら出来ないなんて……キスも、愛し合う事も……全部。


 あああああ……うわあああああああッ!!

 クリスッ! クリスッ! クリス……。こんなに、愛してるのに……畜生。



 ちくしょう……。




 ***




 ん、死んだか? 俺様の時代……マジで来てるんじゃね?

 うつ伏せになったアレフに、俺様は近づいていく。


「ア、アレフ……大丈夫ですか?(……やったか?)」


 倒れているアレフに俺様が手を伸ばした瞬間。


「触るなッ!!」


 うつ伏せになりながら突然、怒鳴り声を上げたアレフにビビッて後ずさってしまった。いきなり何なんだよ!?


(びびらせんな! 雑魚! バーカ! クソッタレ! カス!)


 ビビらせてきたアレフにあらん限りの豊富で知的な罵倒をぶつける。

 ……無論、心の中でだぞ。


「無事だったのですね。心配したんですよ(ちっ、しぶてぇな)」

「クリス……俺は、俺はもうッ!」


 うつ伏せだったアレフの奴が顔を上げると、何か黒い角みたいなのが額から生えてる。……は? なんだそれ。いきなりすげー展開だなおい。


「ア、アレフ……それは一体?(眼もオッドアイになって……うわぁ)」


 エメラルドと黒のオッドアイとか、キャラ盛りすぎだろ。

 あの冴え無い頃のアレフの面影が、最早欠片も見られねぇぞ!


「くっ……話せば……長くなるんだが、実は」


 そういってアレフが話し始める。……んだけど、話が無駄になげーんだよ。




 パパっと要約すると、俺様ハッピーって事だったわ。やったぜ!




 つか魔王の呪い凄くね!? 俺様に対して有利にしかならねぇ呪いとか、もうこれ祝いだろ! サンキュー魔王。用が無くなったら、すぐ死んでくれるところもポイント高かったぞ。


 つってもあんまし俺様に触ると、第二の魔王になっちまうみてーだからな。ちと扱いは気を付けなきゃならんが、役に立たない道具がまた便利な道具になった感じだし、全然問題ねぇわ。


「俺は……人間じゃなくなっちまった。そればかりか、お前に触る事すらもう……。それでも、愛してるんだ。お前しか考えられないくらい好きなんだッ!」

「……私も愛しています。貴方が例え、どのような姿になっても……。私は貴方を生涯愛し続けます。だから……。だから、ね? お互いの愛する気持ちさえあれば、それで充分なんです(今後は俺様の虫除けとして、精々役に立ててやるよ)」


 俺様に半ば脅しの結婚を強要したり、挙句の果てに魔王倒したら無理矢理にでも襲うとか言ってる奴の最後に、相応しい結末だよなぁ。ざまぁみやがれ! これが天罰……いや、魔王の呪いなら魔罰か? まあなんでもいいや!


「クリス……こんな俺でも本当に良いのか? お前を、幸せに何て出来ないんだぞ。それでも、愛してくれるのか? お前の傍に居続けてもいいのか?」

「当たり前じゃないですか。何度も言わせないで下さい。私が愛してるのはアレフだけです。他の男性に想いが移り変わる事など、絶対にないです……。どうか、私を信じて下さい(他と言うか、お前も含めてだけどな。俺様が好きなのは、この絶世の美を誇る俺様自身のみよ)」


 アリアにしろ、アレフにしろ、なんでこの糞幼馴染共はめんどくせぇ奴ばっかりなんだよ。何度も何度も同じような意味の言葉を掛けて慰めねぇと、動けない病でも持ってんのか? 不治の病だな!


「物理的な接触が出来なくても、私達は心で繋がっています。だからアレフ、一緒に帰りましょう。貴方は魔王を倒した英雄なんですから(真に受けんなよ? そんな姿見せたら処刑されるからさ。俺様ならまず殺すね。お前もう化け物なの自覚しろよ)」

「……ありがとう、クリス。いつだってお前は俺の欲しい言葉をくれる……」


 そりゃ、適当に耳障りの良い言葉を言ってるだけだからな。

 言うだけならタダなんだから、これで良いならいくらでも言ってやるぞ?

 真心の欠片もない、こんな言葉で良けりゃあな! ガハハ。


「クリス、ひとつ頼みがあるんだが……良いか?」


 神妙な顔をして、提案してきたアレフの頼みに俺様は飛び上がるような喜びを感じた。マジかよ。俺様が願ってたような事を進んで言ってくれるなんて……。


「……わかりました。アレフがそれで良いのなら、私はその心を汲みます」

「……ありがとう。それじゃあ、帰ろうか、王都に」

「ええ、行きましょう。すみません、随分待たせてしまって」


 一応、アリア達にも茶番劇をして待たせたことに対するフォローはしとかんとな。この細かな気配り上手な俺様がいるからこそ、円滑な人間関係が成し得ている事をちっとは理解して欲しいぜ。


「う、ううん! あたしは全然……なんだか、二人の話に感動しちゃって……あはは、涙が止まんないや。……やっぱり、あたしの入る隙間なんて……」

「姉さん……(まだアレフの事狙ってんのかよ。こんな角生えた男の何が良いんだか……)」

「あ、ごめんね! こんなこというつもりじゃ……ほら! 帰ろ帰ろ! リノちゃんも……あれ、リノちゃんどこ行ったの?」


 アリアの傍にいたはずのリノが消えてやがる。もういい加減にしろ。帰りたくねぇのかお前らは。そんなこの場所気に入ったなら、一生ここに居ろよ。


 部屋を見渡すと、魔王が死んでる死体のある場所にリノの野郎は突っ立っていた。もう、こいつの行動が最近意味不明すぎてこえーんだよ! 何してんだよ。


「……リノ? そんな所で何をしているんです?(死体マニアかお前は)」

「あっ、お姉ちゃん! ううん、何でもないの♪」

「そ、そうですか……。そろそろ帰りましょ?(気持ち悪すぎる)」

「はーい! えへへ! 帰りはお姉ちゃんに抱き付いて帰りたいなぁ」


 リノはそのまま俺様の元へ駆け寄ってきて、俺様に抱き付く。

 周りに対する反応と、俺様に対する反応がちがいすぎねぇか……?

 俺様が言えたセリフじゃねぇんだけど……腹黒いよな、こいつ。


 ……多少思う所はあるが、俺様の思い通りに思惑は進んでる。


 さて、後は感動のスピーチだけだぜ! 愚民共を泣かせるような、すげー奴を帰るまでに考えねぇと……。聖女らしさを強調したようなのにするか……ヒヒヒ、楽しみだなぁ。


 狂喜したい気持ちを必死に抑え込みながら、俺様たちは帰りを急いだ。




 ***





 聖女と英雄達が魔王討伐に行ってから、一か月が経とうとしていた。

 王都の門の前では、いつも通り見張りの兵士が突っ立って、魔王と戦いに行った彼らの結末を予想する話をしている。


「やっぱさ、死んだんじゃね? いくら英雄様でも、何百年も君臨し続けた魔王には勝てねーよ」

「そろそろ一か月になるしなぁ。死んじまったのかね」

「元々期待してなかったしな。あんな美少女三人を連れたハーレム野郎に、魔王が負けるはずねぇよ。いやむしろ負けるな」

「あー、確かに英雄様以外は女の子ばっかりだったよな。やっぱヤりまくったのかな?」

「そらもう……。あー! 死んでくれて清々したわ!」


 二人の番兵は好き放題、自分たちが思っていることを話している。

 早朝なので、まだ誰も人が来ない時間を良い事に本音をぶちまけているのだ。


「お、おいお前! いくら誰も居ないからってそれは流石に言いすぎだ。王の耳にでも入ったら処刑されるぞ……」

「はぁ? あんな無能な王とか知らねーよ。王族が怖くて兵士がやってやれっか! イケメン英雄死ね! クソ王もついでに死ね!」

「やめろ! こっちまでとばっちり食らうだろうが!?」


 二人が勝手に命の危険を掛けた会話をしていると、遠くから人影が見えてきた。


「ほら、誰か来るぞ。仕事だ仕事」

「ちっ、毒くらい吐かせろよ」


 そう言いつつも、顔を引き締めて厳格な番兵スタイルに変わる。

 仕事は仕事と割り切れると、自分では思っている男なのだ彼は。


 顔を引き締めた二人だったが、人影が近づいてくるとその顔が震えて来る。


「お、おい。あれ……し、城に行って誰か呼んできた方が良いんじゃないか?」

「ま、まさか……本当に帰ってくるなんて。魔王を倒したというのか……」


 近付いてきた人影はもう、ハッキリと姿が分かる位置まで来ている。

 その姿を見て、彼らが動揺したのも頷ける話だ。なにしろ――歩いてきた中心に居る人物、純白の修道服を身に付けた少女を知らない者は王都にはいない。


「聖女……」

「クリスティーナ様……」


 番兵二人は目を見開き、言葉を繋げ合うように呟く。

 よく見ると、聖女に付き従う者は二人だけ。


 魔王から生還して、帰って来たのは()()の少女たちだけであった。

 余りの生還者の少なさに、どんな苛烈な戦いがあったのかを想像することも出来ない。



 聖女が番兵の前に立つ。そして彼らに僅かに微笑むと、こう告げた。


「ただいま戻りました。人々を苦しめた魔王はもう居ません。……ようやく、平和が訪れたのです」


 そう言いながらも、寂しそうな顔をした聖女に番兵二人は我に返った。

 こんな所で、歩みを止めさせて良い人物ではないのだと気づいたからだ。


「お、お、お、お待ちしておりました!! どうぞお通り下さい! 貴女様のご生還に、全ての人々が神に感謝し、喜んでいると思いますッ!」

「せ、せ、せ、聖女様が帰って来ると! みな信じておりました! もちろん我らもですッ! どうぞお通り下さい! 王もこの報告を聞けば、大変お喜びになると思いますッ!!!」


 魔王討伐という偉業を成し遂げた聖女に話しかけられ、緊張が振り切ってしまった二人は、変なテンションで聖女を歓迎していた。


 聖女はその言葉に軽く会釈をすると、二人の少女と共に王都の中へと入って行った。その足取りに迷いはなく、確固たる意志を感じさせる。


 残された番兵二人は門を見張ることも忘れ、その後姿を見ている。


「ま、魔王を……倒したのか。やっぱり凄いな聖女様は」

「か、か、可愛かったなぁ。聖女様……」


 後ろ姿が見えなくなるまで聖女を見送った彼らは、その後。


 いつも通り、見張りを続けた。

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