決着
魔王とアレフが激突してから、僅かな時間しかまだ経っていない。
にもかかわらず、勝負はアレフの方に軍配が上がりつつあった。
魔王の攻撃がことごとく対処され、アレフにはまるで通じないのだ。
黒の錫杖から無数の黒弾を発射するも、先を読まれたかのように叩き落される。
『どうした魔王ッ! 私を殺した時はそんなものではなかったはずだ』
「馬鹿な……余の動きを読んでいるとでも言うのか? たかが、人間風情が」
「お前ら魔族は、どいつもこいつも……油断しすぎなんだよッ!」
アロンダイトから力を引き出したアレフは、剣から光の光線を発射する。
カルマの右手や、強力な魔物を蒸発させた高威力の技だ。
「その程度で図に乗るな! 暗黒障壁!」
魔王が呪文を唱え魔王が右手を前に出すと、黒い障壁が目の前に出現する。
光線が障壁に当たるが、貫くことなく消えてしまった。
『相変わらず堅いな。……それを結局、生前の私は貫くことが出来なかった』
「ふっ、余の防御は完璧だ。お前ら脆弱な人間にこれを突破する手段などない」
魔王の顔に再び余裕の笑みが出来る。
障壁の突破手段がないのなら、負けるはずがないのだと。
「そろそろ、終わりにしようか。纏めて消し飛ぶがいい」
そう言うと魔王は部屋の上空に浮かび、呪文を唱え始める。
大気が震え、辺りが暗黒の魔力で染まっていく。
「これは、殲滅魔法か……!」
圧倒的な破壊力を誇る殲滅魔法。魔族が使うとされる非常に強力な大規模魔法だ。四天王でも何人かは使えるものが居た。
まして、魔王のものならその破壊力は想像も付かない。
アレフはともかく、他の三人は影すら残らず消滅してしまうだろう。
「突っ込むぞ。あんなものを撃たれたら他の二人はともかく、俺のクリスが!」
『いや、その必要はない。アレフ、お前の力を今こそ返して貰おう』
慌てるアレフとは対照的にシェフスは冷静な態度で提案してくる。
「力を返す、とは? 何をすればいいんだ」
『簡単だ。お前に与えた力を、全て私に込めて魔王に投げろ! 奴が殲滅魔法を使うこの瞬間を、私は待っていた! 奴が障壁任せで……無防備でいるこの瞬間をなぁッ!』
鬼気迫る様子で話すシェフスを信じ、与えられた力を全て聖剣に込めるアレフ。
どの道、信じる以外にクリスを助ける手段がない以上、アレフの行動に迷いはない。
全ての力を込め、聖剣を魔王へ向けて投げる。
聖剣を手放した瞬間、みなぎっていた力がガクッと抜けるアレフ。
勇者スキルも、喰われた様々な人間達のスキルも消えてしまったからだ。
一方、全ての力を注がれた聖剣は凄まじいほどの熱量を持って魔王の元へ行く。
自由自在に動き回り……もはや、剣というより生き物のようであった。
『ヒヒヒヒ……魔王ッ! 貴様は私の手で殺したかった! いやちがう! 私が貴様を殺さねばならないッ! この数百年……憎き貴様の事ばかり考え考え考え考え考えて来たこの私があああああ!』
「狂剣が……だが、お前に余の障壁は貫けぬ。諦めよ」
殲滅魔法を詠唱中にも、魔王の周りには暗黒障壁が張られている。
その強度は、クリスが使える防御魔法の数千倍以上。
単騎の人間では到底破れない、絶対防壁だ。
シェフスと障壁が激突する!
凄まじい衝撃が辺りを襲ったが、障壁は貫けなかった。
「見たことか、お前程度では所詮は余の――」
魔王が無駄だとシェフスに告げようとしたその時。
――ピシッと、障壁にひびが入る音がした。
「な、なんだと……」
『クッカカカカカ! 私では所詮……何なんだ?』
亀裂はどんどんと広がっていき、そして――――何かが砕けたような凄まじい音と共に障壁が貫かれ、凶刃と化した聖剣は勢いよく、無防備状態だった魔王の身体を刺し貫いた。
「がっ……! ばっバカな……! 余の障壁が……こんなアッサリと敗れるだと」
『ああ、魔王の肉の味がするぞ。これが、永年望んできた……憎き宿敵の味かぁ』
「ごふっ! 刺された程度で……余が死ぬとでも」
『……思わんさ。だからな魔王……一緒に死んでくれよ』
シェフスがそう告げると、聖剣が強烈に光り出す。
すると、魔王の体内をゴポゴポと煮え滾るような感覚が襲う。
……言葉に表せないほどの激痛と共に。
「ぐがああああ! お、お前。まさか……!!」
『ヒヒヒヒ。一緒に、死のう……な!』
魔王の身体と、刺さった聖剣が光り続け――――瞬間爆発した! 聖剣は貫いた相手と共に死ぬため、全てのスキルと力を使って魔王の体内で自爆したのだ。
暫くするとドチャリと、何かが上から落ちてくる音が聞こえる。
空に浮いていた魔王が爆発に耐え切れず、床に落ちて来た音だった。
爆発が止み、煙が晴れると……そこには全身から黒い血を流し、今にも死に絶えそうな魔王と、ヒビだらけにも関わらず、なおも魔王に突き刺さる聖剣があった。
『……終わりだ、魔王。お前の体内を壊滅的なまでに破壊し尽した。どんな治療魔法でも治せぬ位にな。……私が魔王を倒したのだ……クカカカ。私こそ、真の勇者……私こそ、魔王を倒した……"勇者"シェフスだ! フフフ……ハハハハハ――――』
シェフスの笑い声は途中で消える。
嗤っている最中に聖剣アロンダイトが、粉々に砕けたからだ。
この瞬間、シェフスの意思と聖剣アロンダイトは完全に消滅した。
そしてアレフは再び、スキル無しの男に戻ってしまった。
「ぐげぇ! ごはぁ……。まさ、か。数百、年前に殺した男の、狂気と執念で……こんな目に合うとはな……。人間とは、かくも恐ろしき、ものだな……」
魔王の状態はシェフスの言う通り、壊滅的だった。
恐らくもう少しで、死ぬことは間違いないほどに。
「がっごふっ! ごぼ……勇者ア、レフ……。余は、命を……。シェフスは、全て、を失った。なのに、同じ、英雄であるお前だけが……全て、を得るのは、ちとズルいとは思わぬか……?」
そう問う魔王オーマが、アレフを見る。
その目は黒い血を流していたが、対価を払えという執念を感じる眼であった。
「な、なにを……? 俺を殺すのか?」
勇者のスキルも、喰われた人々のスキルも消えたアレフに戦う手段は最早ない。
死に体の魔王といえども、襲われたら待つのは死だけであろう。
「俺は死ぬわけにはいかない! この戦いを終わらせて……聖女と……クリスと結婚するんだ! その夢を、こんな所で潰されてたまるかよッ!」
言葉では強気だが、力が全て消えたアレフは物凄い焦りに襲われていた。
ここで死ねば、幸せな未来は閉ざされてしまうのだから無理もないが。
「なれば、こそ。お前からは……その愛しの聖女と過ごすはずだった、幸せとやらを、頂くとしよう、か」
魔王の指がアレフを捉え、そして指先から小さな黒い球を放つ。
アレフは避けようとしたが、スキル無しの身体では反応が間に合わず。
そのまま黒い球は、アレフの身体に吸い込まれるように入っていった。
「……? な、なんのつもりだ? 何ともないぞ」
接触したときは死を覚悟したものの、アレフの身体に特に異常はない。
魔王の行動の意味が分からず、アレフは混乱する。
「フッフフ……いまに、分かる。おまえは……もう聖女と、幸せになる、未来など……ないのだ。フフフ……ハハハハハ――――」
魔王の笑い声は途中で消える。
内部から破壊された身体の限界が来て……息絶えたのだ。
長きにわたり人々を恐怖と混沌に陥れた魔王は、意外なほどにアッサリと討伐された。
魔王の最後の言葉が気になったものの、意図が全くわからなかったアレフは考えるのを止め、未だに意識不明なアリアに寄り添っているクリスの元へと、足を進めた。
事実上の終わり。