デート
デート当日、二人が待ち合わせしていたのは王都の公園だった。
アレフは二時間も前から既に到着し、クリスが来るのを待っている。
(私服と言われても、故郷の村から持ってきた奴しかなかったな)
その姿は、いつもの白銀の鎧を着た勇ましい英雄のいで立ちではなく、紺色の服に黒いズボンと地味な服装となっている。もっと他に良い物はなかったのだろうか。買うという手段もあったというのに。
「まあいい。普段通りに接していれば、クリスとの仲も深まるだろう」
普段から、クリスとの仲は良好であると信じて疑わないアレフ。
今回のデートで、再び結婚の約束を取り付ける気満々である。
そして、約束の時間になり。彼女は現れた。
「ごめんなさい、お待たせしましたか?」
「二時間前には着いていたが、クリスが気にする必要は無い」
「……え? ご、ごめんなさい……」
気を使うという事を知らないアレフの一言で、空気が変わる。
初っ端から、暗雲立ち込める展開となってしまった二人。
雰囲気が既にデートではない。
「それより、その恰好。似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
この異様な空気には流石に気づいたのか流れを変えようと、アレフがクリスの服装を褒める。だがそれは、けしてお世辞などではなく本心からだ。
クリスが選んだのは、爽やかさを前面に出した淡い水色のワンピースだ。
リノたちは白の方が良いと言ったのだが、白だと普段着ている修道服の色と被ってしまい、周りの人間に聖女だとバレてしまう可能性が高くなってしまう為、こちらに変えたのだ。
後頭部には普段は付けないような可愛いリボンなど付けて、少しでもバレない様にしている必死さが伝わってくるようだ。
(今回の目的は、速やかにこの茶番を終わらせ、結婚の約束を消すことだ)
アレフとは正反対に、クリスはさっさとこの茶番を終わらせたいと思っていた。
結婚やらデートやら、邪魔なイベントにはうんざりしていたのだ。
(愚民共から崇められ、伝説となって永遠に語り継がれる事こそ俺様の本懐だからよ。そろそろ、ケリ付けようぜ。英雄様よ)
恋愛ごっこに終止符を打つためにやって来たクリスは、さっそく完成した恋人ムーブを使い始める。アレフの傍にいきなり駆け寄ったかと思いきや、腕に抱き付いた。
「ク、クリス? いきなりどうした?」
「もう、せっかくのデートなんですから……早く行きましょ?」
上目遣いでアレフを見上げながら、少し急かした様に言うクリス。
一晩考え抜いたクリスの作戦とは一体。
***
今日のクリスは何か様子が変だ。
やたらと俺の腕に抱き付き、普段はしないような甘えた動作をする。
「どうしましたアレフ? 私の顔に何かついてます?」
「いや、今日は何か……積極的じゃないかと思ってさ」
抱き付かれて嫌なわけじゃない。最愛の女性に甘えられて嫌なはずがないだろ。
ただ、普段のクリスは自分から抱き付くような性格ではないから、少し困惑しているだけだ。
結婚の約束にしても、元々は俺から迫った話で、クリスは何時も恋愛などに関しては受け身だったからな。
「……デート。実は楽しみにしてたんですよ」
「えっ? そうなのか。乗り気じゃないとばかり思っていたんだが」
実際、アリアが提案したときは酷く慌てていたような気がしたんだが。
「あれは、その……聖女という立場もあって混乱していて。本当は、一回だけでもアレフとしてみたかったんです。こういう、普通の恋人みたいな事を」
赤面しつつ下を向いてそんな事を言うクリスに、俺はたまらなくなる。
愛しい気持ちが止まらなくなり、腕に抱き付いているクリスの頭を気が付くと撫でてしまっていた。
「ア、アレフ。それ恥ずかしいです……子供みたいじゃないですか私」
「いいや、可愛いよクリス。ありがとな。そんなに楽しみにしてくれていて」
「……今日は、聖女であることを忘れたいんです」
「なら俺も、今日は英雄である事を忘れてみようかな。なんてな」
「アレフはいつも英雄の自覚……あんまりないですよね?」
そう言ってジト目で俺を見てくる姿でさえも愛おしい。
この普通の恋人でいられる時間が、既に俺には掛け替えのないものとなっていた。こんな穏やかな時間が続けば、俺も昔みたいに戻れる気がするんだ。
「あっ、あそこにお店出てますよ! 行ってみませんか!」
「はは、そんな大声出さなくても聞こえてるよ。行こうか」
クリスが指さした先には露店があり、店主が「冷たくて甘い!アイスって食べもんだよ」と、通りがかった人達にお勧めしていた。クリスがアイスに興味津々だったので、俺は二人分それを買う。
アイスは色の種類が結構あったので、クリスは白を、俺は黒を選んだ。
「美味しいです! 不思議な食感ですね。口に入れた瞬間、溶けちゃいました」
「ああ、美味いなこれ。王都にはこんな食べ物もあったんだな」
スプーンで美味しそうに食べるクリスを見ながら、俺も未知の食感を味わう。
確かに美味しかったが、俺にとってはクリスの反応を見てる方が楽しい。
年相応の少女のように燥ぐクリスを見て、俺は笑みをこぼしてしまう。
やはりデートして良かった。だって、こんなクリスが見れたのだから。
「あの、アレフが食べている黒色のアイスを少し頂いても良いでしょうか?」
「ん? 欲しいならやるぞ」
「良いんですか! ありがとうアレフ!」
「ははっ、そんなに気に入ったのか。今渡すよ」
「あっ、その前に、その、私の食べてる方を先にアレフにあげます」
「いや、俺は別に構わんが……まあくれるというなら」
クリスの喜ぶ顔が見られるなら、別にアイスくらい何も惜しくはない。
自分の分を差し出すような真似をしなくても全然良いのだが、クリスからの好意を断るのも悪いので素直に従う事にした。
したんだが。
「それじゃあ、た、食べてください……」
クリスはスプーンで掬った白いアイスを、俺の口の前に差し出した。
「クリス、これは」
「は、早く食べてください! 溶けちゃいますよ……」
差し出しているクリスの顔を見ると、真っ赤になっている。
そんな顔をするくらいなら、やらなければいいものを……。
しかし、こんなチャンスを逃すほど俺は馬鹿じゃない。
言われた通りに口を開け、クリスに差し出されたアイスを食べた。
「うん、こっちの方がさっぱりしてるな」
「……じゃあ、私もそちらの方を頂きますね」
照れた様子のクリスは、俺の手から黒いアイスが入った入れ物をさっと貰っていき、一口食べて味が違うと喜んでいる。俺はアイスなんかより、クリスにされた事が嬉しくて胸が一杯だ。
食べ歩きながら、しばらく俺たちは楽しく談笑する。
笑ったり、照れたり、少し怒ったりと、今日は色んなクリスが見れるな。
「ふふっ、なんだか……本当にただの恋人同士みたいですね、私達」
「ああ、そうだな。そう見られていたら、とても嬉しいな」
「……この幸せが、ずっと続けばいいのに」
「クリス……?」
「いえ、なんでも! ちょっと暗い顔しちゃってましたね。ごめんなさい」
急に憂い気な表情となるクリス。俺が心配そうに声をかけると頭を振り、すぐに元気に笑ったが、その姿はやけに儚く寂しそうに見えた。その一瞬、不安な気持ちに俺は襲われてしまう。
なんだか、クリスが居なくなってしまう気がして。
「王都の人たちも、皆楽しそうです」
「……そうだな」
正直クリス以外見てなかったので、その質問には答えられない。
王都の人間など、心底俺はどうでもいいのだから。
お前さえいれば他の人間なんて、どうなっても。
「皆の為にも、やっぱり……」
「クリス、余り思いつめるなよ?」
深く考え込むクリスに俺は声を掛けたが、クリスは俺に微笑むと手を引き、再び歩き出す。歩いてる時に見た顔には先ほどの憂いを帯びた表情は見えなかった。
その後も王都の様々な場所を巡り、俺とクリスは思い切り楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて夜になる。
クリスから最後に行きたい場所があると言われ、俺は付いて行く。
案内され着いた場所は、王都を見渡せる高台だった。
辺りに人は誰もおらず、俺達二人だけだ。
高台から見る王都からは、明かりが灯り出していた。
俺には分からないが、人によってはとても綺麗な光景だと思うのだろう。
「今日は、とても楽しかったです」
「そうだな。こんなに楽しかったのは久しぶりだ」
「うふふ。なんだか、村に居た頃に戻ったみたいでした」
「英雄でも、聖女でも無かった頃か……?」
「ええ。何にもなかったけど、何でも出来たあの頃に……」
そう呟いたクリスの横顔は、さっき見た時と同じ、憂い気な表情になっていた。
なんだか、猛烈に嫌な予感がする。
「……今日のデートをして、私は改めて決心したんです」
「何をだ……?」
「私は聖女として、生涯を生きて行こうって事を、です」
「な、なにを……」
「王都の色んな場所を見て、そこで生活してる人達を見て」
「やめろ」
「……楽しそうに笑っている人達を見て、やっぱり私はこの人達を護りたいって」
クリスは後ろに手を組み、少し歩き出した。
俺に顔を見せないためか、後ろ姿だけを見せたまま言葉を続ける。
「だから、だからね? アレフ」
喋り出したクリスの声は震えており、顔を見なくてもどんな表情なのか容易に想像が付くようだった。ああ、やめてくれ……それ以上、言わないでくれ。
「だから貴方とは、結婚出来ません……」
振り向いたクリスの顔は、寂しく笑っていた……だけど、その笑顔は確かに泣いていたんだ。それだけの覚悟で、俺に話したという事なのか。
おそらくもう、クリスの中では結論が出てしまっているのだ。
あの連中の為に、"献身の聖女"で居続けるんだと。
俺は結局、"聖女"に勝てなかったというのか……?
愛しい女を、"聖女"と民衆とやらに取られたのか……?
「良いのかよクリス? お前は本当にそれでいいのかよ!!」
我慢できなくなり、とうとう俺は怒鳴ってしまった。
だが、おかしいじゃないか。自分を犠牲にしてまで何でそこまでする?
もっと自分の事を考えても良いだろ。どうしても俺は納得できない。
「良いんですよ。私はもう、十分貰いましたから」
俺の怒鳴った声にも動じず、クリスは笑顔で言い放つ。
何を貰ったというのか、お前は与えてばかりだろ……。
「お前は何も貰って何か……」
「今日の楽しい思い出を貰いました……アレフの愛を、貰いました」
「…………」
「もう、十分ですよ。これだけ素敵なモノを沢山貰えたんです」
「そんな……」
「アレフの愛と、この思い出を糧にすれば、私はずっと聖女で居られるんです」
涙が、止まらない。クリスが、そこまで俺の事を想っていたなんて知らなくて。
同時に、彼女が俺の手には絶対入らないと分かってしまったから……。
「ぐっ……うっうぐ……」
「泣かないで。結ばれることはないけれど……私は生涯、貴方を愛し続けます」
「クリス……クリスぅ……ああ、あああ……!」
俺がひたすら泣いていると、クリスが俺に近づいてくる。
この無様に泣いている姿を、見せたくなんかないのに。
「アレフ、明日から私たちはまた、英雄と聖女に戻りましょう。だけど、最後に……最後だけ、貴方に気持ちを伝えさせて……?」
そう言ってクリスは、泣いている俺の顔に、自分の顔を近づけて。
――俺に唇を重ねた。クリスからキスをしてくれたのは、これが初めてだった。
軽く触れ合うような、軽いキスだったけど。
そこには、クリスの気持ちの全てが込められていた気がした。
「アレフ、愛しています。聖女に戻ってもそれは変わりません」
愛を告げられたというのに少しも嬉しく感じない。
あれほど、望んでたのに……こんな形で言われたくなんかなかった。
触れ合っていた唇を離したクリスは、俺の胸に抱き付く。
そして俺の胸に顔を埋めながら、最後にこう呟いた。
「結婚してあげられなくて……ごめんね」
――――俺は。
魔王全然出ないので、章変えました……ごめんなさい。