洞窟前での決意
アレフ君は拗ねるとメンドクサイ。
時は昼過ぎ、寂れた雰囲気の街を出て、道と呼ぶには少し怪しいけもの道を通り、目的地を目指す人影が六人分。
先頭で密集してる、四人の中心にいる男は魔王討伐という大役を受け、全ての人類の希望と期待をその一身に受けている我らが勇者ハヤトである。
多彩な剣術を扱い、人を差別することのない純粋な魂、勇気と優しさに満ち溢れた、全ての女性にとって理想の美丈夫と呼ばれている今話題の英雄中の英雄である。
彼の左右を守る様に、密着して歩いている二人は、剣聖のスキルを持つ近接戦のエキスパートであるアリアと、賢者のスキルを持つ聡明で多彩な攻撃魔法を扱うフィーネ。
勇者の背後を守る様に、ぴったりと密着しているのは、アサシンのスキルを持つ俊敏なリリィ。類まれな能力と美貌、そして責任と優しさを併せ持つ美少女たちだ。
彼らは今、火竜の洞窟という場所を目指し歩いているのだ。魔王討伐において重要な情報がそこにあると王国の高名な魔術師からの情報なのでデマという可能性も低い。ここに何があるのかは分かっていないが、必ず魔王を討伐する役に立つものがあるとされている。
さて……今説明した立派な彼らの大分後ろには少し貧相な恰好で両手と背中に荷物を背負った男が一人。彼の名は荷物持ちのアレフ。
勇者に憧れて付いていったと言われるのだが、戦力として役に立たずいるだけ無駄と人々から言われている少年だ。
それでも、勇者ハヤトは嫌な顔一つせず、彼を追い出すこともなく、ハヤトの優しさで、ただいるだけなのが、恥ずかしくなったのか。
せめて、全員の荷物を持たせてほしいと少年自身が懇願したから現在に至るというのは、様々な街の情報者や町人から伝えられ今では周知の事実。勇者は国中で人気なので勇者の邪魔をしていると彼を邪険に扱う者も多い。
これで五人、しかし、彼の少し後ろには更にもう一人いる。全員を視界に入れて、いざとなったら防御魔法を張ると勇者に願い出た少女。
彼女の名はクリスティーナ。今代の聖女であり、歴代でもっとも美しく心清らかな女性と評判も高い。
街に来れば、お金のない子供たちの病気を奇跡の力で治したり、見た目で迫害されていた者達にも、嫌な顔一つせず接したりと、その高潔さや清純さに嘘は一切含まれないのだ。実際に治療をして貰った者達も多く、一部地域では勇者よりも人気があるほど。
この六人(実際は五人と戦力外が一人)が勇者パーティと呼ばれる人類の未来と希望を背負っている集団だ。
洞窟に向かう道中では、勇者と3人の英雄スキルを持つ女の子たちは、終始仲良く楽しそうに話している。普段は勇者と呼ばれている男も年相応の少年のように、笑顔で少女たちと話している。
しかし、その後ろでは何やら気まずい雰囲気で、無言で歩を進める二人の男女。アレフと聖女クリス。実は宿から出てから二人の間に会話はない。
いや、片方に会話をする意思がないと言うべきか?昼食が用意されなかったアレフに気を使ったクリスは、隠しておいたパン等を何度かアレフに渡そうと話しかけたのだが…。
何故かアレフはクリスを無視し、クリスは途方に暮れているという状態なのだ。
「……あの、アレフさん。やっぱり、少しでも食べた方が良いですよ」
しかしアレフは喋らない。いや、無視している。それでもクリスはめげずに話しかける。
「お願いします。ちょっとで良いのでこちらを向いてください……!」
「わ、私が何かお気に触る事をしたのなら謝ります。だから、アレフさんっ」
クリスがか細い声でそう伝えるもアレフは全く見向きもしない。健気に、何度も何度も話しかけるクリスだが、その声は段々と今にも泣きそうな声へと変わっていく。この二人の間に何があったのか。
***
勇者の事を名前呼びして、アレフ君の反応を楽しもうと思ったら、くっそ拗ねやがったこの野郎。俺様の会心の心配してます! 演技を無視された時は、はらわたが煮えくり返るような怒りを覚えちまったぜ。
もうすぐ楽しい楽しい洞窟イベントも近いってのにうっぜーなマジで。昨日も破格のサービスで持ち上げてやったのにす~ぐこれだ。
糞勇者と同じで俺様の事をもう自分の女だとか思ってるんじゃねぇだろうな? 兄弟かよお前ら。
「どうして、何も話してくれないんですか?(あんまり黙秘貫くならこちらにも考えがあるからな?お前が言ってほしくない事を連呼してやるよ)」
「…………」
「もしかして、ハヤト様が関係してるんです……? ハヤト様に何か言われたんですか?(こんな些細な事で鬼のように怒るんだから、アレフも大概、頭おかしいわ)」
「おまえっ! それはわざと言ってんのか!? 俺に対する当てつけかそりゃ? ふざけんじゃねぇぞ!」
よくわかったな、わざとだよ(笑)
案の定、激怒してこっち向きやがったわ。くっそ笑える顔しやがって。つか名前呼びに変えたくらいで悪い事なんぞ何にもしてないのにな。怒る要素どこだよ。お前の彼女かよ俺様は。
これ、中身が俺様じゃなかったら、酷い待遇を受けてた奴を散々優しくしてたのに、急に意味不明なキレ方で、逆切れしてるようにしか見えねぇから、秒で見切り付けられて、絶対エロ勇者に寝取られてるぞ。すれ違いとかそういうレベルじゃないだろ……。
ただ、俺様はこれからを見越してるからな、我慢してやるよ。そして見せてやるよ、アレフクッキングって奴をな。
「え、えへへ……(まずぎこちなく笑います)」
「は? 何笑ってんだよ。俺を馬鹿にしてんのか? そうだよな、ハヤト様より弱いし、ブサイクな俺なんか馬鹿にするしか楽しみねーもんな!」
「えっ?! いえ! そんな違います! 私、そんなこと思って笑ったわけじゃないです!(次に叫んで否定します)」
「じゃあ何だよ! 何がおかしいのか言ってみろよ!」
「それは、アレフさんが……ようやくこっちを、向いてくれましたから。私、嬉しくて(どんな感情でも振り向いてくれて俺様うれぴぃ! はよ落ちろ)」
「うっ、なんだよそれ……反則だろ」
ふっ、落ちたな。所詮はアレフ、やはり意地を張っても雑魚であった。俺様に掛かればあっという間に事態を収拾することなど容易いんだよ。おらもっと褒めていいぞ。
「ようやく、お話できましたね。色々聞きたいことはありますけど一つだけ良いでしょうか?(こういうのは怒りの原因を追究するんじゃなくてもっと単純に訴えりゃ良いんだよ、ようは好きか嫌いか、それだけだろ)」
「聞きたいのはこっちの方なんだが……まあ今更だし、もういいよ。で、なんだよ?」
「アレフさんは、私が嫌いですか? これだけ正直に教えてください(全宇宙一番の美少女を嫌う人間なんているわけないんだよなぁ)」
「そんなの、嫌いな、わけ、ないだろうが……」
アレフ君が絞り出すような声で言うのを確認。俺様の完全勝利だったようだ。
まあ、勇者の名前呼びを特に突っ込んでこねーから、今後もハヤトって呼び続ける嫌がらせは止めないけどな。なんせ、俺様は何も気づいてない純粋で無垢な聖女だからな。俺様が清廉潔白すぎてつれぇわ。
「良かったです……アレフさんに嫌われてないなら、私はもう十分です(後は流れで話して終わりだな)」
ちょっとだけ寂しそうな顔をしながら笑顔を作るのがポイントだ。これによって相手に罪悪感をたっぷり与えることが出来るのだ。そしてアレフ君も、さっきまでの態度を冷静に考えることが出来て来るって寸法よ。こんなに可憐で健気な美少女に酷いことしてたんだと、精々自覚しろボケ。
「クリス、俺はその、お前を無視するつもりなんかじゃ全然なくて! ただお前が急に勇者の事をハヤトとか呼んだり……部屋から戻って来た時に手を繋いでたから。たぶん嫉妬してたんだと、思う」
「えっ? アレフさんが嫉妬を……?(まあ、俺様を好きになってしまう気持は分かるが、身の程を知れよ)」
「ああ、いや! クリスは味方のいないこのパーティの中で、唯一俺の味方になってくれた掛け替えのない仲間という意味でっつーか! もう俺何言ってんだろな」
「そう言う事なら大丈夫ですよ。私は、けして姉さん達のような態度をアレフさんにするなんて事なんて何があってもないですから……どうか信じてください(ヘタレすぎるだろこいつ、届かぬ想いとはいえこれは酷い。絶対、童貞だな!)」
「クリスを傷つけてしまって凄く後悔したよ。クリスはいつも俺の心配をしてくれてたって言うのにな。俺の方こそ、こんな最低な真似をしてホントにすまなかった!」
「いえいえ。あっ、それじゃ仲直りの印にパンをどうぞ! 右手の荷物はその間私が持ちますので。アレフさんもお腹が空いたでしょ?(はん!怒鳴っても無視してもてめぇの事を心配してくれる、そんな献身的な子が天然で存在するわけねぇだろ馬鹿が)」
「クリスは、優しすぎるんだよ……だから俺はお前に甘えてこんな酷い事もしてしまう。前々から思ってたんだが、どうして俺にここまで優しくしてくれるんだ?」
ぬっ、結構鋭い所を突いてきやがったなこいつ。まさか、その内覚醒しそうだから媚び売ってます!とか言えねーし、普通に頭おかしいと思われるわ。
乗り切れるカードはあるが、それ使って好感度上げ過ぎるのも嫌だしなぁ…無難に纏めるにはどうすればいいか。
「そんな、前にも言いましたけど、私だって半年もの長い間……アレフさんを見殺しにしたような人間なんですよ? アレフさんが言うほど、優しくも、立派でもないんです私って(過去のしがらみを持ち出して適当に〆るべ)」
「クリス……」
「ふふっ! だから、ちょっと無視したくらいじゃ私には勝てないんですからね! アレフさんは気に病む必要なんて全然ないんです♪(これで止めだ、死ね)」
ニッコリと満面の笑みを瞬時に作りだしアレフに向ける。美少女の笑顔という極殺兵器の前には我に返り自身の行いを悔いて弱ったアレフなどひとたまりもないだろうな。
勇者からちょっと部屋に誘われたくらいでここまで拗れるとは予想外だったが、今回も無事切り抜けることが出来たな。実際部屋で何をしていたんだ、とか聞かれてもまさか茶番劇をしてました等と言えるはずもねぇし。
その後は、荷物を少し受け持ちアレフにパンを食わせたり、さっきまで無言だった反動かアレフが凄い勢いで話し始めたので、今後のプランを頭の中で考えつつ適当に相槌を打ったりして好感度を稼いだ。
アレフも吹っ切れたのか笑顔を見せ出したので、先ほどの気まずい雰囲気も無事払拭され、これで万全な状態で洞窟に臨めるってもんだ。
(さて、いよいよ聖女伝説におけるターニングポイントだ。どんな状況にも対応して演技出来るようにしなきゃな。様々な役立つ魔法もこういう時の為に必死に覚えたんだ。俺様の見せ場は絶対に逃さねぇ!)
燃える決意を胸に、ついに俺様たちは火竜の洞窟前に着いた。
――物語は、ここから急速に動き出す。
みんな大好き洞窟系ダンジョン。