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名前呼びの悪夢

 

 部屋に入るなり、勇者が俺様に急に近付いてきた。何時にも増してグイグイ来やがるな、この色ボケ勇者様は……。


 洞窟の注意すべき危険個所を話し合うって体なら、せめてもうちょっと話し合いする素振りはしろよ。


 いきなり本性丸出しとか、演技派を名乗る資格ねーぞ! ほら、俺様を騙すくらいの演技して見ろよ? 分かってんのかこの三流が。


 俺様が、形から入る演技がおざなりになっていて、キレてる事などお構いなしに、色ボケは俺様の両手を自らの両手で包み込むような感じで握ってくる。


 お互い真正面……絵面的には見つめ合っている恋人のようだな……。


「ひゃっ!……あ、あの……勇者様? お話合いと聞いたのですがこれはその、一体?(これが真の演技というものだぞ、パヤト君は参考にして出直して来い!)」

「クリスティーナは可愛いね、手を握られるだけでこんなに恥じらうって事は……まだアレフ君とは何もないって事で良いんだよね?」

「えっ? 勇者様? アレフさんが何でいきなり出て――(ここで意図的に、言葉を挟ませるこういう技巧も学んでいいぞ? 俺様ほどの技巧派はいないから難しいだろうがな! 流石、俺様の演技は素晴らしいぜ)」

「ははは、なんでってさ。見てたんだよ? 朝の階段前で君たちが仲睦まじくこそこそ会話してるのをさ」


 ほーん、何かアレフ君に忖度してる所を見られたみてぇだな。


 何も気配はしなかったんだが、そこはまあ、勇者様様っつーやつ? 勇者様が朝から、デバガメしちゃった宣言を堂々とするのもどうかと思うが、基本的にこのパーティの奴らって、俺様以外は頭おかしいのばっかりだから不思議じゃねぇな。


 で、何で怒ってんだこいつ?


「み、見られてたのですか!? それなら声を掛けてくだされば良かったのに(どんな反応期待してんだこいつは)」

「はぁ……クリスティーナは今、自分の言ってる意味が分かってるのかな?」

「え、その、勇者様? どうしたのですか? 本当に私は何が何だか……(もしかしてこいつ、もう俺様を自分の物だとか勝手に勘違いしてんじゃねーだろうな)

「自覚なし……ね。予想以上に深刻かなこれは。後でたっぷり分からせる必要があるね君には」

「勇者様……?(本人の前で露骨に言うなよこの色ボケ勇者が。あとてめぇじゃ全世紀最大の美しさを持つ俺様には全く釣り合わん)」

「ああ、気にしないで。今は許してあげるよ。ただちょっとアレフ君と仲良すぎるのはどうかなと思って実は呼んだんだよね」


 俺様の顔をじっと見ていた色ボケ勇者ハヤトが、その眼を細めてニッコリと笑う。


 ―――ギィィィン――――


 その瞬間、頭の中で鈍い音が響いた。


(この野郎、段々露骨に仕掛けてくるようになりやがったな)


 俺様には当然のごとく、勇者の最悪な魅了術は効かないのだが今まで一応効いてますポーズでやり過ごしてきたのでここで平然としているのは不味い。


 聖女伝説のクライマックスらへんで、魅了に必死に抗う健気な聖女をひょっとしたら演じられるかもしれない可能性もあるので、様々なフラグは大事にすべきというのが俺様の考え方だ。


 両方の膝を床に着き、両手で頭を押さえながら、か細い声で「あぐっ!……あっうぅ……あた゛まが……」と勇者に聞こえるくらいの声量に調節し呟き、両目からは軽く涙が滲むくらいの量を出し全身を少し痙攣させる。俺様にとっては、これくらい簡単な作業だ。


 匠の技は今日も冴えわたってるぜ。これをアレフ君が見たら間違いなく勇者に殴りかかるだろう姿だろう。


「苦しそうだねクリスティーナ、大丈夫かい? それはひょっとしたら浅ましい態度を見せてしまった君に、精霊神様が罰を与えてるのかもしれないよ?」

「…………ぅぅっ(精霊神様もこいつのダシにされていい迷惑すぎるな)」

「そんなに苦しいならいっそ受け入れてみたらどうだい? ひょっとしたらその苦しみから解放されるかもしれないよ、クリスティーナは無駄に頑張り屋だからそんな辛い思いをするんだよ」


 こいつ、未だに俺様の清く美しい精神力で魅了に抗ってるとか思ってんのかよ。自分のスキル内容すら把握できずに、適当に使いまくってると思うと、馬鹿過ぎて可哀想になってくるな。


 まあ、そんなバカなら万に一つも俺様の演技を疑うことも無くなるだろうし、むしろ感謝しかねーわ!勇者がチョロすぎて辛い。


「その、わ……たしがわたしじゃなくなるような感覚が一瞬して……頭の中に霞が掛かるような感覚が……(これはアリアが旅の初め頃に言ってたっけかね。パクらせてもらうぜ)」

「へぇ? それは不思議な現象だね、それで今はどんな気分なの?」

「それが、分からないんです……! 凄い痛みがしたと思ったらすぐに治まったり、私……一体どうしちゃったんでしょうか? 凄く怖い……です(全く恐ろしいよ、自分の才能が)」


 俺様は、ここというタイミングで両目から勢いよく涙を流す。強烈な頭の痛みと未知の症状という二重の恐怖に耐えて、全身が汗でびっしょりしている。


 痛みを我慢した顔は、明らかに怯えていて、流した涙と合わせて見れば庇護欲を掻き立てられる幸薄そうな美少女の完成である。自画自賛になるが、全く、見事な仕事だと感心しちまう!


「可哀想に……クリスティーナ。大丈夫だよ、僕が絶対に君を助けてあげるからね。君は何も心配する必要なんかないんだよ」

「勇者様……ありがとうございます。慰めてくれてるんですよね?(結局洞窟の話何もしてなくて笑えるな)」

「僕はいつだって君の味方だよ。これからはもっと僕を頼って欲しいな! クリスティーナはさ、アリアの妹ってだけじゃなくて、僕にとっても大事な存在なんだからね」

「はい。勇者様のその言葉、肝に銘じておきます。本当にありがとうございます(お前はキモいけどな)」

「ハヤト、でいいよ? クリスティーナ」

「……え? あの勇者様(なんだよこの展開……あんま笑わせないでくれよ)」

「ハヤト、だよクリスティーナ」

「……わかりました。ハ、ハヤト……様(俺様に好意があるであろう、アレフ君の反応が楽しみなんだが)」

「はい! よろしい!」


 俺様が名前で呼ぶと、天にも昇るような気持ち悪い笑顔で勇者がニコリと笑った。ここまで態度が分かり易いと苦笑いしかもう出てこないんだよなぁ。


 まあ、俺様は別に呼びが勇者だろうがハヤトだろうがどっちでも対応できるプランはあるから、正直どうでもいいが。アレフが勇者の事嫌いだろうから勇者呼びしてただけだしな。


「うん、それじゃ食堂に戻ろうかクリスティーナ! 時間を取らせて悪かったね」

「はい……え、あのゆうしゃ……いえ、ハヤト様。洞窟の危険個所についてのお話は?(俺様がフォロー入らないとこいつらって普通に会話できなさそうだよな、引き留めた名目忘れてんじゃねぇのかもう)

「ああ、それはもういいんだ。昨日食堂でさっと話した通りにいこう」

「はぁ、わかりました……(この糞みたいな適当さだけは真似できねぇな)」


 その時の感覚だけで生きているような、勇者の投げやりさに心の中で溜息を付きつつ、俺様たちはアレフの待っている食堂に一緒に向かう。


 勇者の右手が、何故か俺様の左手をガッシリ掴んで離さないが、おそらく、アレフへの当てつけか何かだろうと考えつつも、後で手は消毒してしっかり洗おうと俺様は誓った。



 ***



 20分……もう30分は経つだろうか、クリスと勇者はまだ奥から出てこない。待ってる間にフィーネとリリィが食堂に来た。


 ハヤト様はどことか聞かれたので、クリスと奥の部屋で話してると投げやりな態度で言うと、フィーネがニヤニヤとした表情で、俺を見てきたがそんなこと今は気にする余裕がない。


 クリス、頼む……早く姿を見せてくれ。本当に洞窟の話をしているのか? 長すぎやしないか? 嫌な気持ちがどんどんと溢れては頭を振って振り払う。大丈夫だ。信じよう、クリスを。


 ……奥から勇者とクリスが歩いてきた。どうやら話は終わったらしい。だが、二人の姿を見た俺は固まった。


 ―――二人は手を繋ぎ合い、仲睦まじい恋人のように見えたからだ。ドクン! と俺の心臓の鼓動が早まる。何故、手を繋いでる? クリスの方に目をやると、ほんのりと顔が紅潮していた。クリスは白磁のような白く透き通るような肌なので、僅かな高揚でも目立つのだ。


 部屋で話してきただけなのに、何故、顔を赤くしてるのか? 手を繋ぐ必要はあるのか? 俺の中でどんどんと不安と疑心が沸きだしてくる。


 疑えば疑うほど、動悸が激しくなり、胸が痛くなり、俺は気持ち悪くなっていた。今の俺は、さぞ真っ青な顔をしていることだろう。そんな俺を気にもかけずにハヤトはフィーネとリリィに、にこやかに話しかけて居る。


「おはようフィーネ! リリィ! アリアはまだ寝てるだろうから、出発はもうちょっと待ってくれないかな?」

「おはようございます~ハヤト様ー!! ハヤト様がいうなら私たちはいくらでも待ちますよぉ」

「遅くなるほどアリアちゃん愛されて……むぅ! いいなぁ! ハヤト様~今日はリリィも寝不足にしてくださいね」

「ははは、嫉妬してるのかいリリィ? 可愛いね。そんな可愛い子の頼みなら無碍にするわけにはいかないな! わかったよ」

「ホントですか! ハヤト様大好きですーーーー!!」


 相変わらず、どうでも良い馬鹿話をしている三人には意識も向けず、俺は焦った様子でクリスを見る。クリスと目が合うと彼女はバツが悪そうに俺から目を逸らした。


 なんだ? 一体どうして今俺を避けたんだ?部屋で何があったんだ? 勇者に何をされたんだよ! お前も、俺を……! 気持ちばかりが早まってどうしようもない感覚に陥る……。


 ひょっとしたら、気が付かないうちに気持ちが焦りすぎて、クリスを睨みつけていたから目を逸らされたのかもしれないと、その時の俺はそういう可能性すら考えられずにいた。


「それよりハヤト様、クリスちゃんと何かお話でもしていたのですか?」

「ああ、フィーネ。ちょっと洞窟の危険個所についての再確認をね。昨日軽く皆で話したけど朝のうちに確認を取りたかったんだよ。そうだよね? クリスティーナ」

「は、はい。そうなのですよ、フィーネさん」


 少し焦った様子で、クリスがフィーネにそう告げているが、どう考えてもそれだけでは無さそうな雰囲気がそこにはあった。俺は気が気ではない様子で食い入る様に三人の話を聞いていた。


「へぇ、でも二人が部屋を出た時に手を繋いでたから、てっきりハヤト様と部屋で楽しくお部屋デートでもしてたのかと思ったのだけどね? ああ、もちろんクリスちゃんなら大歓迎だけど、幼馴染全員が同じ人を好きになるなんて素敵だと思うし」

「えっ! クリスちゃんもハヤト様の事好きになったの?! むぅ、強力なライバル登場……」

「こらこら! クリスティーナが困ってるじゃないか、二人ともその辺にしてくれないか? ごめんねクリスティーナ、二人も悪気はないんだけどね」

「いえいえ!そのっ、私は全然気にしてないので……それに部屋を出て歩いてる時に確かにゆ……()()()()と手を繋いでたのは本当なので、その……勘違いされても仕方ありませんよ、あはは……」


 クリスがその言葉を紡いだと同時に俺は鈍器で殴られたような衝撃を受け持っていた荷物をつい落としてしまった……。


 眩暈も酷くなり朝は絶好調だった体調は最早見る影もなくなっていた。


 クリス……? 今、そいつの事を何て呼んだ?

 一体部屋で何があったんだよ……。

普通なら、洗脳で悲惨な末路になります。

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