疼き
あたしは、宿屋の自室のベッドで一人必死に耐えていた。
身体の疼きが止まらず、油断するとショーツはすぐに濡れ、無意識にアソコに手を伸ばしたくなる衝動を必死に抑えて。
……これも全部、あの勇者の所為だ。あいつが、あたしの身体をこんな風に変えてしまったんだ。あたしはこんな女じゃなかったはずなのに。こんな、厭らしい女なんかじゃっ!
クリスは、王城に泊まるかどうか最初悩んでるみたいだった。
それを見て、あたしはすぐに反対した。リリィちゃんの事ももちろんある。
今も悲しいし、王城には壊れてしまったフィーネさんもいるので会いにくいのもある。
だけど、だけど……本当の理由は。
――勇者との情事を思い出して興奮してしまうから。
ははっ……。ホント笑っちゃうよね。ここまで来てもあたしは、自分の事ばっかりなんだ。死人を理由に、もっともらしく断った癖に、あんなクズとの最低な思い出で興奮してしまう、醜くて浅ましい最低な身体。こんなんじゃ、ただの色情魔だよ、あたし……。
最初は、こんな疼きなんかなかったのに……。洗脳が解けて、ショックを受けてふさぎ込んで、クリスから贖罪の機会を貰って、魔都を生き延びて、こうして時間が経つにつれて、段々と身体が変になった。いや、変になったのは王都に戻って来てからかな……。一体何なのよ、この疼きは。
一人で処理しようかと何回も考えたよ。だけど、勇者から開発された身体で快楽を得たら、アレフに対して本当に裏切ってしまうみたいで……。あたしは結局、洗脳が解けてから一度もそう言う事はしてない。
わかってるよ。こんなの……ただの自己満足。あたしは、初めてを勇者に捧げ、二回も孕まされた挙句……何度も何度も、自分から勇者の上で腰を振り、快楽を得ていた裏切り者。
わかってる。けど、だからこそ、これ以上裏切りたくないの! 正気に戻ったあたしは、この心だけは……アレフのためだけを想いたい。
だってあたしは、まだアレフの事が好きなんだもん。勇者と旅に行く前の気持ちと全く変わってない。出来ることなら、アレフと……やり直したいよぉ。
そんなこと、絶対に望めないけどさ。あんな男から何度も孕まされてるんだよ……。拒絶されるのがオチだよね……。
だけど、アレフ。魔都の戦闘の時に、あたしを頼ってくれた。アリア頼んだって言ってくれたよね! うふふっ! あれは嬉しかったなぁ。なんだか、昔に戻れたような気がして。……そんなわけ、ないんだけどね。
はぁ、部屋の中に居ると、暗い考えと浅ましい欲望で、頭が変になりそう……。
ちょっと下に行って、水でも飲んで落ち着こう。
部屋のドアを開けて、廊下に出ようとしたら、クリスの部屋の前にアレフが立っていた。
あれ? こんな時間にクリスの部屋に何の用なんだろう?と疑問に思ってると、クリスの部屋の扉が開いて、アレフが部屋に入って行った。
……魔王討伐について大事な話でもあるんでしょ、どうせ。そんなことより、水飲みに行かないと。
行か、ないと……。
……あれ、なんであたし。クリスの部屋の前で聞き耳立ててるの?
こんな事しちゃダメなのに、何でこんなに気になるの。
『……フ……だか……私は……』
『……なら、こ……聖女……奪』
何か話してるけど……上手く聞こえない。もっと、意識を集中しなきゃ。
『魔王を倒したら! 俺の妻になってくれッ!!』
えっ……。アレフの、声? 妻って、クリスに言ってるの?
二人って、そんな深い関係だったの……? それじゃあ、とっくに。
『わかりました。魔王を倒したら。……わ、私は、アレフと結婚します』
!? ク、クリス……。やっぱりこれって、プ、プロポーズ。
え、じゃあ、これって……。
『ありがとう、クリス! 必ず、必ず幸せにするからな!子供は何人作――』
もう、無理だった。そこまで聞いてあたしは、自室に駆け込む。
なんでだろう、涙が止まらないや……。
そうだよね。なんで気づかなかったんだろう。
思えば、魔都の時からアレフはクリスを過剰に大事にしてた。
あれは、聖女としてじゃなくて……。一人の女の子としてだったんだね。
馬鹿すぎだよねあたし。アレフを突き落とした時、誰がアレフを追いかけたの?
クリスだけだったじゃん。そのクリスとアレフが、一年も二人きりで一緒に居たんだよ。
……恋人になってるに決まってるじゃない。
清らかなクリスに、精悍なアレフ。絵になるくらい、お似合いな二人。
ああああ……。なにを期待してたんだろう、あたし。
そもそも、クリス達に付いて行ったのは、罪を償う為のはずなのに。
なんでこんなに苦しいの……? やっぱり、アレフのことかな……。
魔都の戦いの時、アレフがあたしを頼ってくれて、それで勘違いしちゃったの?
また、いつか恋人同士に戻れるだなんて……ホント何考えてんだろ、あたしって。
もういや。罪を償う事だけ考えたいのに、自分勝手な自分が嫌。
ああ、身体が疼くよぉ……。こんな時なのに、最低すぎる。落ち込めば落ち込むほど、耐えきれない疼きがあたしを蝕んでいく。
アレフに触ってもらいたい。アレフに愛して貰いたい。アレフに、この疼きを止めてもらいたい。あたしもアレフを愛したい。……だけど、無理だ。
――だって、アレフはクリスのモノだもん。
人のモノは取れない。そんなことしたら、勇者と同類になっちゃう。
じゃあこの疼きは如何したら良いの? どうしたら……。
”王都を歩いてる適当な男で解消すれば? あたしが誘えば絶対断られないでしょ”
こんな考えが、一瞬浮かぶ。
なにこの、最低な考え。ビッチじゃん、ただの……。
頭おかしくなっちゃったのかな、あたし。
全部、この疼きが悪いんだ。そうよ、全部全部! 勇者の所為だ。
あたしを返してよ……。純粋だったあたしを、返して。こんなの酷すぎるよ。
あたしは宿屋の自室で、ひたすら疼きと自己嫌悪に苛まれ、ロクに眠れないまま、気が付くと朝になっていた。
こんな疼いた状態のまま、魔王討伐に何か行けるわけない。
なんとかしなきゃ……。この疼きを、何とかしないと。
成否は……いうまでもない。