災難すぎる聖女
現在、クリス達は王都のいつもの宿屋にいる。
魔術師から、魔城を発見したとの報告を受けて、決戦に向けて準備することとなった。
魔王を倒す最終決戦とのことで、王も重い腰を上げ、クリス達のパーティメンバーに、王都でも最強と言われる聖騎士と王国騎士団を付けるように便宜を図った。……手柄を、救世の英雄たちだけの物にさせない魂胆もあったが。
魔城の場所は、王都からそう遠くない所にある。とはいえ、何が待ってるか分からないので、すぐに出発というわけにはいかない。騎士団や、聖騎士の準備などで出発は一か月後となった。
それまで、クリス達は王都に宿を取り、過ごす事となったというわけである。
当然、王は王城に部屋を用意し泊っていくように勧めたが、クリス達はこれを丁重に断った。
理由は色々とあったが、一番はアリアがここにいると、リリィが死んだ時の事を思い出すからとクリスに話したのが決定打になったのだろう。
こうして、宿屋へと移ったクリス達がそれぞれの部屋に入り、夜も更けて来た頃。
寝ようとしていたクリスの部屋をノックする者が居た。クリスは扉の前まで行き、鍵を開けると、そこには救世の英雄と言われる、クリスの仲間にして相棒のアレフが立っていた。
「アレフ? こんな時間に私の部屋を訪ねて来るなんて、珍しいですね。どうかしましたか?」
色んな場所に行き、泊まっていたころにもアレフが夜中にクリスの部屋を訪ねた事は無かった。キョトンとした顔でアレフの登場に驚いたクリス。
「ちょっと話がしたくてな。中に入れてもらってもいいか?」
「ええ、良いですよ。女性の部屋に夜中に来るなんて、本当はいけない事ですけど、アレフなら、大丈夫だって分かっていますから」
「……そうか」
ニコニコと、アレフを信用して中へと入れるクリスだったが、そう言われた時のアレフの表情は何となく暗いものとなっていた。
部屋に入れ、クリスは椅子を用意したが、一向に座る気配のないアレフ。
「あの、座りませんかアレフ。お話しするのでしたら、まずはゆっくりと――」
「クリス、単刀直入に言う。魔王を倒したら、俺と結婚してくれないか?」
「……え?」
いきなりの発言に言葉を失うクリス。立った状態のまま、冷静に求婚を言い放ったアレフは落ち着いている。
「ア、アレフ? 私は魔王討伐が終わったら、魔王に苦しめられた人々を癒すため、その生涯を人々の救済へ使うと決めたのです。だから」
「だから、なんだ? そんなの関係ない。俺は、お前が欲しいんだ。魔王を倒し、世界に平和を取り戻す。十分だろもう? 後は自分の好きに生きても良いはずだ」
「いいえ、ダメなんですアレフ。だって、私は聖女なのですから」
「聖女……聖女聖女、またそれか。忌々しい"聖女"という呪いがお前を……」
「それは違います。聖女であることを私は神に感謝しているのです。だから私は――んんっ!?」
アレフの言う事を優しく否定しようとしたクリスだったが、最後まで言葉を発することは叶わなかった。……アレフが、急にクリスの唇を奪ったからだ。いきなり唇を奪われ、驚きバタバタと身体を動かすも、全く動かぬ身体。涙目になるクリスに、更に追い打ちが掛かる。クリスの口内へと舌を入れ始めたのだ。
無防備だったクリスの舌へ己の舌を絡ませ、激しい接吻をする。静かな部屋の中では、口内を貪る音だけがやけに響く。
何分経ったか……やがて、アレフが貪っていたクリスの唇を解放する。激しい接吻だったことを物語るかのように、口先が離れる時には二人の間に唾液で糸が引かれていた。
「ぷはっ! はぁはぁ……な、なにを。なぜなのアレフ? な、なんで」
「ずっと、ずっとこうしたかった。それだけだよ。俺は、今まで我慢してきた。お前が望むなら、ただ望みを叶える為だけに生きようと思っていた。だけど、魔都でお前を想っているうちに気が変わった。いや、気づいたんだ……。俺は、お前が欲しいと」
唇を奪い、あまつさえ口内を存分に蹂躙したにも拘らず、アレフの顔は部屋に入ってきた頃と全く変わっていなかった。つまり、今の行為を悪いことなどと思っていないのだ。
「なあ、クリス。もう一度だけ聞く。俺と、魔王を倒したら結婚してくれ」
「ア、アレフ……だから、私は」
「もし嫌だというのなら、ここでお前から聖女の証を奪う」
「なっ、なんてことを言うんですか。そんなこと許されません」
「許されないとか、関係ない。もし嫌だというなら、ここでクリスの純潔を奪い、聖女を消してやる」
クリスの聖女のスキルは純潔であってこそ、その真価を発揮する。もちろん全ての力が消えるわけではないが、純潔を失えば、今持っている力とは比べ物にならないくらい劣化することだろう。魔王討伐が近い今、普通ならそんなこと許されるはずがない。
だが、アレフはやると言った。そしてアレフの顔を見る限り、それは本気のものだ。クリスが結婚を拒めば、アレフは本気でクリスを犯し、聖女というスキルをここで純潔と共に散らすことになるだろう。
「頼む、クリス。俺はもう、自分をこれ以上抑えられない。だから……俺と、一緒になってくれ」
「……わ、私は。アレフをそういう目で見たことなんてなくて、その」
「俺は……クリスを、そういう目でしか見たことがなかったよ」
「…………」
「ダメなら、無理やりでも俺のモノにする」
そういって、アレフは自分の服を全て脱いだ。……そこには、怒張したモノがあった。それはまさに、勇者棒に相応しいモノだった。
「……ひっ! なにをしてっ……ふ、服を着てください」
「俺は、これだけ本気だということだ。クリス、頼む。これだけは絶対に譲れないんだよ」
「と、とにかく服を」
「魔王を倒したら! 俺の妻になってくれッ!!」
クリスの言葉など耳に入らないとばかり、アレフはひたすら婚姻を迫る。
全裸で迫るアレフの気迫は凄まじく、言葉を失うクリス。
……しばしの間、沈黙が場を支配する。
目を瞑り俯いていたクリスが、真剣な顔でアレフの方を見た。
そして、決断の言葉を口にする。
「わかりました。魔王を倒したら。……わ、私は、アレフと結婚します」
「クリスッ!? 良いのか!? 本当に、俺と……?」
散々脅しておいて心底喜ばしい反応を見せるアレフは、あるいは既に狂っているのかもしれない。聖女に狂った男が今、心の底から喜んでいた。
「はい、貴方の妻になります……」
「クリスが俺の、妻に? は、はははは! うおおおおおお!! やったああああ! クリスが。俺の全てが、俺のモノに!?」
勇者になってから、こんな子供のように喜ぶアレフは見たことがなかった。心の奥底にしまっていた悲願、願望、理想の未来、それらが叶った瞬間だったのだから無理もないが。
「ありがとう、クリス! 必ず、必ず幸せにするからな! 絶対に幸せにする! 子供は何人作ろうか……。ああもう、魔王をさっさとぶち殺して、早く結婚式をあげなきゃな!」
「アレフ……。まずは、魔王を倒すことだけ考えましょう。油断して勝てるような相手ではありません」
「ああ、わかったよクリス! 頑張って魔王を倒そうな! そして……」
アレフのクリスを見る目には、明らかな情欲が宿っていた。絶対に手に入らないはずだったものが、ようやくこの手に入るのが確定し、我慢しきれなくなった欲望が滲み出ている。
「アレフ。今日はもう、遅いので……お話はここまでにしておきませんか」
そんな目に耐えられず、クリスは御開きの言葉をアレフに言う。
「ん、ああ……。そういえばこんな時間だったな。クリスも眠かっただろうに、すまないな。じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。おやすみ、クリス」
「ええ、おやすみなさい。アレフ」
服を一瞬で着たアレフは、ドアを開け部屋から出る。それを見送るクリス。部屋の外まで出たアレフが「愛してるよ」とクリスに伝えて去っていく。
アレフが去り。部屋に一人となったクリスは……。
ただ、頭を抱えていたのであった。
結婚するためのダシにされた魔王。




