家族になる条件
リノちゃんが、あたしと一緒にカルマを殺そうとアレフに提案した。
正直、何を言っているのかわからなかった……。
リノちゃんのような、心優しい子がいくらクズとはいえ……。
積極的に殺害を望むなんて。
「リ、リノちゃん? 本気なの……?」
リノちゃんに再度の確認を取る。
酒場で人を初めて殺した時のトラウマで、おかしくなってるかと思ったからだ。
「本気に決まってますよ、アリアさん。あんな人、許せないでしょ?」
「そりゃ……そうだけど、でも」
「なら、良いじゃないですか。殺しましょうよ」
殺すというには軽すぎる口調で、リノちゃんはナイフを持ち……カルマへと近づいて行った。
「あっ! リノちゃん! ダメ、いくらそんな状態でも、あぶなっ」
さっきの事があったので、あたしはリノちゃんに警告しようとするも…。
「きみ……ボクにちょっと、協力……して、くれないかな……?」
両手足の無いカルマは、既にリノちゃんを視界に捉えていた。視線が合う二人。
駄目! そいつと目を合わせちゃ!
「協力、ですか?」
「そうそう、ボクが逃げるための……人質になってよ! 魅了!」
あたしを変えた、精神魔法をリノちゃんに放つ……遅かった。
「…………」
「フフフッ……どうやら、掛かったみたいだね。君たち! 近づくと、この子がどうなるか保証できないよ?」
両手足が無いにも関わらず、再び不敵な笑みを浮かべるカルマに、あたし達はどうすることも出来ない。
「……リノちゃんを、解放して!」
「そうは、いかないよ……ほら、リノ……こっちにおいで」
カルマがリノに命令すると、リノはそのままカルマの元へと歩いて行く。
やっぱり、アレフに任せればよかった……。無理にでも止めておけば……。
後悔が、あたしを襲う。魅了を解くには、解除魔法か、強靭な精神力で跳ね除けるしかない。精神的に未熟な上に、さっき人を殺してしまい、トラウマを抱えてしまったリノちゃんでは、もう。
「良い子だね、リノ。それじゃあ、アレフの奴にこう言ってくれるかな? ボクを逃がさないと、そのナイフで自分の首を切って死にますって」
ニヤついた顔で、とんでもないことをいうカルマ。あんな幼い子に、自殺させようって言うの!?
どこまで……どこまで卑怯で、醜悪な男なの!
クリスとアレフは、無言でリノちゃんを見ている。二人とも……心配なんだろう。
ここは、あたしが……あたしが代わりに人質になってでも、リノちゃんを助けないと!
「待って! リノちゃんの代わりにあたしを――」
代わりの人質を、願い出ようとしたあたしだったが……。
「……あなたを逃がすなんて、あり得ませんよ、カルマさん?」
「なっ……ばかな」
リノちゃんが言った言葉は、服従した言葉などではなく。
「だから、まずは……逃げられない様に、真っ暗にしてあげますね」
暗い笑みを浮かべたリノちゃんが、ナイフを逆手に持ち、そして。
――ブチュリ、と嫌な音をさせ、カルマの左目に突き立てた。
「あぎゃあああああああああああ」
バタバタと、手足の無くなった身体を激しく揺らすカルマ。
だけど、リノちゃんはこれで終わらなかった。
「もうひとつ……いきましょうね」
今度はナイフを右目に突き立て……再び、ブチュリと嫌な音を響かせる。
「あがああああああああああ! がはっ……ボクの眼があああ、ああああ……」
「これで、忌々しい魅了は……使えませんね」
ニッコリと笑ったリノちゃんが、あたしの方を向く。
「それじゃ、アリアさん……やっちゃってください♪」
「……え? や、やるって……」
「やるってじゃないです! 殺すんですよ! ほら、さっさと殺してください! もう!」
頬を膨らませ、可愛く言ってくるリノちゃんだが……混乱したあたしの頭は正常に働かない。
正常……一体、何が正常なの?狂ってるよ、こんなの。
「……アリアさん、殺さないんですか? そいつは、アリアさんの心を操って……お姉ちゃんに酷い事をさせようとしたんですよ?」
急に、冷たい声をあたしに発してきたリノちゃん。
その眼は、何かを確かめるように見開かれていた。
「だから、アリアさんは……お姉ちゃんに償わないとダメなんです。心を操ったクズを……思いっきり、殺すんです。滅茶苦茶に、苦痛を与えて、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、刺して」
「リ、リノちゃん……?」
「それが出来ないって事は……お姉ちゃんに償う気がないって事ですよね……? 許せないなぁ、それ……。ねぇ、どうなんですか? 償えないんですか? アリアさん」
怖い。リノちゃんが……まるで、得体のしれない化け物に見えた。
「あ、あたしは……」
「早く殺して? 殺してくださいよ? 殺してよ、殺して……殺せよッ!!」
般若のような形相で、怒鳴るリノちゃんに……あたしは。
「わ、わかった……! 殺すから……」
ただ、従うしかなかった。横を見ると……アレフが笑っていたように見えた。
腰から剣を抜き、カルマへと近づくあたし。
やはり、目の前まで来ると、あたしがされた事への殺意が蘇ってくる。
そうだ、リノちゃんから言われたからやるんじゃない。
あたしは、自分の意志でこいつを殺したい。殺したいんだ、きっと!
「がふっ……だ、だれ? 目がもう見えないんだ……やめてくれ……」
今更、命乞いをするカルマ。あんたは、今までそう言った人たちを……助けて来たの?
ううん、絶対に違う。そんなことしてないよね? こいつがいると……不幸な人が増えるだけだ。
「あんたみたいな、クズは……死ね!」
そう叫んだ、あたしは、カルマの胸部へ剣を突き立てた。
「ぐええっ! や、やめでええ! いだいいいいよぉ……いだいよおおお」
様々な部分を切り取られた所為で、痛みが麻痺してるのか……若干反応が薄いと思いながら、何度も何度も突き刺していく。
「死ね! 死ね! 早く死んでよ!! ああああああ!!」
あたしは叫び声を上げて、奴の息の根が止まるまで、ひたすら刺した。うめき声が……聞こえなくなるまでずっと……。
どのくらい刺し続けたのか……。終わった頃には、穴だらけで酷い状態になった、哀れな四天王だった者が転がっていた。
「はぁはぁ……」
刺し疲れて、息を荒げるあたし。
そこに、小さな人影……リノちゃんが、あたしの所に来た。
「えへへ! お疲れさまです、アリアさん。凄く良い刺しっぷりでしたよ!」
リノちゃんが、満面の笑みで、あたしの血だらけの手を握って来る。
今なら分かる。この子は、恐ろしくナニかが壊れていると。
だけど――
「これで、アリアさんも、お姉ちゃんの本物の家族になれそうですね」
そんな子に認められた、あたしも既に。
壊れているのかもしれない……。
これで、四天王も全滅……。
ストックも、全滅……。




