空気
性的な聖女にされる前に、間に合ってくれた犬。
謎のレーザー攻撃で、変態の右手を消滅させるとはなぁ。謎攻撃過ぎるが。
やるじゃねぇか! さすが、俺様の犬。使える犬は嫌いじゃねぇぜ。
「ぐうう! よくも、よくも、ボクの右手を……おかげで、聖女ちゃんの脳を壊せなくなったじゃないか……」
「それは結構な事だな。代わりにお前をぶっ壊してやる。原形も残らないくらいにな」
凄い形相でアレフを睨むカルマに対して、凄い形相で嗤ってるアレフ。
怖いから、どっちも死んでくれ。
「アレフ……私、信じていました。貴方がきっと、来てくれると(命も助かったし、聖女ムーブでご機嫌を取りつつ、カルマから離れるか)」
「本当に、待たせて……すまなかった。お前に何かあったらと考えたら、俺は」
「姉さんや、リノが私を護ってくれたおかげです(あんまり、いい雰囲気にすると後が怖いんだよなぁ)」
「そうか。アリア達にも、感謝しないとな」
「アレフ……(距離がちけーんだよカス)」
「もう絶対に、お前を離さないからな……クリス」
そう言って、俺様を軽く抱き締めるアレフ。頼むからやめろ。
俺様とアレフが良い感じな雰囲気のイベントをしてると、アリアの奴が切なそうな顔でこちらを見ていた。
婚約者を寝取ってしまってすまんな? でもいらねぇから、いつでもあげるぞ?
しばらく、抱き付いていたアレフがようやく離れてくれたわ。
そして、アリアの方に向かって行く。
「アレフ……あたし」
「クリスを、ここまで護ってくれたことは感謝する。ありがとう、アリア」
「!? そ、そんなの全然! むしろ、あたしの方がクリスに助けられたって言うか……」
「話は後だ、今は目の前の敵に集中しろ。……アリア、援護を頼んだ」
「ア、アレフ!! 任せてッ! あたし、頑張るからッ!」
おーおー、ちょっと頼られたからって、ビッチが張り切ってら。
お熱い事で……んー。……ん?
あれ?ちょっと、待て……。
何か、俺様……空気じゃね?このまま、こいつら二人でカルマ倒したら……。
目立てねぇじゃん? そら、命助かったのは嬉しいけどよ。
それなら、次は目立つことを考えないといけないんじゃないのか?
(俺様がいないと、勝てない状況を作り出さないとダメだろこれ! でも、何も思いつかん!)
聖女ムーブは戦闘能力に全く貢献できんし、そもそも魔法使えんし。
ああ、護られ系女子の辛い現実を知ってしまった……。地味なんだ。
テンションが激萎えしてる間に、戦況が進んで行く。
凄まじいスピードでカルマと斬り合うアレフ。主人公かな?
「どうしたカルマ! さっき会った時より、随分動きが鈍いな!」
「ちっ! 君がボクの楽しみを邪魔したからだろうが。あと、左手は利き腕じゃないんだよ」
「そんなこと、知らねぇよ! さっさと死ね!」
俺様の目に見えないような速度で、激しく何度も打ち合う二人。火花が散ってることしかわかんねぇ。
一言で言うと、”すごい”。
アリアも援護頼まれた癖に、後ろで突っ立ってるだけだし。
やーい、役立たず!……はぁ。
もう蚊帳の外じゃねぇか! もっと俺様を見ろよ。俺様が一番だろ!
大体、強いからって何なんだ? 清く、可愛く、美しい方が絶対良いだろうが。
強者ムーブとか、ちょっとしか羨ましくねぇし……。
何となく暇だから、アレフ達の方を向いて祈りポーズをしとく。
勝利を祈る、健気な聖女を演出できる、お手軽なやり方だぜ。
「アレフ……負けないで、ください(小声で言うと、周りに聞こえない……。しかし、大声で言うと台無しになる。難しい)」
案の定、だれにも聞こえてねぇ……。派手な戦闘に目を奪われてやがる。
何故だ? 女神が祈ってるんだから、ちょっとは、「なんて健気な……」とか反応しろよ。
……俺様は一体、何の戦いをしてんだ?
「があああああああああああ! ボクの足がああああ」
「お前もあいつと同じように……刻んでやる」
何か目立つこと考えてる内に、カルマが死にそう。
どうしよう、終わっちゃうぞ? 盛り上がんねぇなおい。
仕方ねぇ。アレフが勝ったら、とりあえず抱き付いて目立つか。
いや、お淑やかに、憂い気な表情を作って、街の悲劇を悲しむのも良いな。
それとも、カルマみたいなクズにすら、慈愛の心を見せる聖女にするか?
悩ましい! こんな悩ましいのは久しぶりだぜ。
「次は、左腕だ。段々と良い格好になってきたなぁ?」
「ぐあああああああああああ! ボクのうでがあああああ」
あんま、やべぇ殺し方すんなよ。俺様までやべぇ奴だと思われるだろうが。
程々で殺しとけよ? 死体は残さないようにな。
あれ、いつの間にか、カルマが達磨になってるし。
何かちょっと語感良いな!! カルマが達磨! ガハハ!
最近、どっかで同じような死に方してた奴いたな……。
「無様だな、カルマ。お前にお似合いの姿だよ」
「き、貴様ぁ! このボクに! こんな屈辱与えやがってえええ! 殺してやる! 殺してやるからな!」
「お前に、今まで心と身体を弄ばれた奴らの苦痛に比べれば、全然足りねぇくらいだ」
「人間みたいな、下等な連中の苦痛? ハハハ……くだらないねぇ! ボクの玩具なんだよ、お前らは! ボクを興奮させるためのさ! それだけの存在だよ! あぁん!? わかってんのか!?」
「……もういい。さっさと死ね」
俺様の活躍が一切ない部分で、決着が着きそうになる。
今回は、ヒロイン枠で我慢してやるか。
心の中で鼻歌を歌いつつ、カルマが今まさに、死にそうな瞬間を悲痛な表情で見つめる俺様。
どんなクズでも、死を悼む気高き聖女の顔だぞ。
アレフが、止めを刺そうと剣を思い切り突き立てようとする、その時。
「待ってください、アレフさん」
アレフを止める声がした。良い所なのに、邪魔すんなよ?
乱入するタイミングがズレるだろうが。
声のした方向を見ると、リノだった。
「一体なんのつもりだ、リノ?」
制止した、意図をリノに問うアレフ。何でもいいから早く殺せ。
余裕見せてると逆襲されたり、逃げられたりするから……。
「その人のトドメは……わたしと、アリアさんにさせて貰えませんか?」
リノが笑顔でそんな事をアレフに言う。最近のリノ、怖すぎひん?
「……出来るんだな?」
提案を受け入れる気満々な返答のアレフに、リノの野郎は笑顔を保ったまま、こう答えた。
「もちろんです。ちゃんと、しっかり、殺しますから! ね、アリアさん!」
「……え、リノちゃん?」
不穏な気配のリノに、アリアの奴は困惑の表情だ。
そんな二人を見ながら、俺様は改めて思った。
――やっぱり、俺様だけ空気じゃね?
また達磨。クズは達磨。




