戻る心、現れし狂人
アリアの馬鹿が、魅了されやがった!
くっそおおおおおおおお! 絶体絶命じゃねぇか!!
「ねぇ、カルマぁ……キスして? あたし、カルマといっぱいキスしたいのぉ♡」
俺様にとっては、あっちの方が見慣れてる態度で、クソ姉がカルマにキスを強請ってやがる。ああなったら、おしまいだな……。
「う~ん、ボクとキスしたいならさ。ちょっとお願いがあるんだよねアリア」
「いいよぉ! カルマのためだったら、あたし……何でもするよ?」
情婦のように、カルマの頼みを媚びた声で受け入れるアリア。
そんなアリアに頼みごとをしたカルマが、すぐに俺様の方を見やがった……。
非常に、ひっじょーに、嫌な予感がするんだが。
「それじゃ、君の妹をボクの所まで連れて来てくれないかい? ボクさ、クリスに興味あるんだよね」
「クリスを連れて来てほしいの? もう、カルマったら……あたしがいるのに他の子に興味があるとか言うなんて、酷いよぉ」
「妬いてるのかい? 大丈夫さ、アリアも一緒に可愛がってあげるから、ね?」
「カルマ……そんな事言われたらあたし、濡れて。……わかったわ! すぐに連れて来るから待っててね♪」
俺様の受け渡しを取り決めた、糞野郎共の話が付いたのか、犬性となったアリアがこちらに来やがった。
「ク~リ~スぅ、ねぇ、こっち来てよ?」
「……姉さん、正気に戻ってください(なんだよ、その喋り方……笑っちゃったじゃねぇか)」
最近のアリアから想像も付かない口調で、こんな状況なのに吹いてしまった。
こんなことしてる場合じゃねぇのに……いや! 精神攻撃なのかこれも……?
「は? 早く来てよ。あんたを連れて行かないと……カルマと愛し合えないんだから」
「ダメです! 姉さん、思い出してください! 姉さんは……後悔してるから、私たちの旅に来たのではないのですか!?(俺様の神聖な言葉で魅了を解いてやる! 出来る……出来ないか?)」
悪あがきで、とにかく耳障りの良い言葉を選び、説得を試みる俺様。
座して死を待つよりは、行動を示して、活路を見出さん!
「うるさいなぁ! あたしの言う事聞きなさいよ。それともあんたって愚妹なの? カルマが呼んでるんだから……あんま逆らうと、いくら妹でも痛い目に合わせるよ……?」
そう言って、アリアは剣を抜き、柄部分を俺様に向けて来る。
うおぉぉい!? あんなんで叩かれたら、骨折れちゃうわ……。
俺様は、か弱い美少女だって何回も言ってんだろ糞ヤリマン!
「姉さん……リリィちゃんと、フィーネさんの意思を、穢すのですか? 姉さんの、覚悟は、決意は、悲しみは、そんな魔法一つで……簡単に覆されるのですか? 本当に良いのですか、それで!! 姉さん!(やめろおおお叩くんじゃねええええええ)」
「なに言って……あぐっ……あ、頭がッ!いたいいいいい!ああああ!なんで……あたしはカルマがすき、で」
柄が迫る恐怖で、内心叫びつつも、外面は心を守ろうとする聖女ムーブで説得してると、急にアリアが苦しんだ。
えっ!? 俺様の言葉効いてんぞ? マジ……? めっちゃラッキー。
やっぱチョロいわこいつ。この機会を逃さずに、ケリを付けてやる。
「姉さん! 負けないでください! 姉さんは……私の自慢の姉さんは、そのように卑劣な存在に負けるような、弱い女性じゃないはずです!!(ふつーに負けてたけどな。良いんだよ、耳障りの良い言葉重視なんだから)」
「あ……ああああ……ク、クリス? あ、あたし、あたしは……」
「だから、優しくて、穏やかな、私の姉さんに……戻ってください(よし! 九十点演技!)」
涙腺操作で、大粒の涙を流しアリアに抱き付く!
完璧だ……これで戻らなかったら、そいつは人間じゃない。
「……あっ、クリス……あたし」
「姉さん?(もどった?もどったなら戻ったって言えよゴミ)」
「……ごめんね、クリス。あたし、また」
「姉さん、おかえりなさい(ここでニコッと愛想笑いも忘れずにしねーとな)」
「あ、ああああああ……! ごめん、ごめんねクリスぅ!!」
「いいんです。戻ってきて、くれたのですから……(こいつ、いっつも後悔してんな)」
茶番も終了。ここまでして、ようやく雑魚戦力の剣聖を取り戻しただけという。
どうすんだこれ、詰んでね? どうやって倒せばいいんだ、あんなバケモン。
俺様とアリアが感動の抱擁をしていると、パチパチと拍手する音が聞こえる。
「いやいや! 凄いね! 麗しの姉妹愛! まさか、魅了の魔法を解いてしまう程だとは思わなかったよ!」
興奮状態にあるカルマが、凄い勢いでこちらに熱を向けて来る。
俺様の演技は魅了などという、小手先の技じゃ止められねぇんだよ。
「素晴らしいよ、聖女ちゃん。君は、人の心の闇を本当に浄化できる子なんだね! 感動だよボク! 感動した! そこまで心が清らかな人間なんて見たこと無いからね!!」
しゃべる勢いが止まらねぇんだが……。
何でこういう奴に好かれやすいんだよ俺様は。
「そんな、そんな聖女ちゃんの脳を壊して……穢れに満ちた、色狂いに出来たなら……! あああああああ! 興奮するううううううううううううう!! 想像しただけで、イきそうになるよ」
ギョロリ、と血走った目を向けて来るカルマ、もとい、変態。
そろそろ帰りてぇんだが……。脳を壊すってなんだよ。
「脳を、壊すとは……私に何をするつもりなんですか?(まさか、本当に壊すん?)」
割とマジで気になった俺様は、狂った変態に聞いてみた。
「あ? ああ。脳を弄るんだよ。ボクはそういう能力があってね。脳を弄って、性欲と攻撃性しか残らない様にしちゃうんだ! 凄いでしょう!」
なんだよ、その都合の良いエロ系能力。確かにすげーけど……。
「脳を壊された人は、元に戻るんですか?(路上の全裸とか、全部ソレされてんだろうな)」
「ん? 戻るわけないじゃん。脳弄ってるんだよ? ボクを倒したとしても、みんなずっと、あのまんまだよ」
「なっ! そんな……(はい。水の都はもう終了だな!)」
「まさか、ボクを倒せば、みんな元通りだとでも? そんな都合の良い話、あるわけないじゃん」
「……貴方という人は(伝説の邪魔ばかりしやがって)」
「怒ってる顔も、興奮するねぇ?」
どうやら脳を壊されると、性に狂ったケダモノにされて、一生戻らないらしい。
最悪だ……街の奴らから、感謝されないの確定じゃねぇか!
聖女伝説を伝えられねぇ……。
「それじゃ、お話はこのくらいでいいかな? そろそろ、聖女ちゃんを性女ちゃんに変えないと、ね?」
「姉さん、下がっていてください。彼の狙いは私です(こうなったら、脳を壊される前に死のう。盛大に、聖女っぽく死んでやる!)」
「クリス!? だめ、ダメだよ!やめて……」
「……姉さん達は生きて、必ずここを出てください(無理だけどな、お前もどうせ死ぬ)」
性女になるなんて、伝説に泥を塗るどころの話じゃねぇ。
これは、死を選ぶ一択だろ。
泣き叫び、ウザく縋り付くアリアを振りほどき、前に出る。
気高く、美しく、清らかな聖女のまま逝くわ。
伝説には成れなかったが、文句は言えねぇ。
あいつが、俺様の頭に触れた瞬間。
教会から、オシャレアイテムとして貰った、この聖なるダガーで心臓を刺し、美しく散ってやる。
それはそうと、正式な用途は何なんだこれ?教えてくれ。
聖なるダガーをこっそり手に隠し持ち、準備を完了する。
(美しきものは若くして散ると言うが……俺様にピッタリな言葉だな)
フルパワー聖女ムーブで、凛とした態度でカルマを見る俺様。
「覚悟を決めたみたいだね? 自己犠牲まで出来るなんて……本当に、素晴らしい聖女ちゃんだ」
「たとえ、私が死んでも……私の意思はけして、砕ける事はありません! 人々を想う心がある限り……けして!(無念だが仕方ねぇ! おつかれ俺様!! 良い演技だったよ俺様! ありがとう俺様!)」
「うんうん、良い事言うね。脳を壊したら、君はボクの一番のお気に入りにするよ。何度も何度も犯して、穢して……その意思を必ず砕いてあげるからね」
俺様が自分で自分を労ってるってのに、台無しにするようなこと言ってんなよ。
カルマの右手が、俺様の頭に添えられようとする。阿呆が!やらせるかよ!
俺様は隠し持っていた、聖なるダガーを自分の胸に刺すため、ダガーを持つ右手を胸に向け、そして突き立てる。
こうして俺様は、悲劇の聖女としてここに帰す。
――はずだったが、ダガーを持っていた手をカルマの左手に掴まれていた。
「……えっ?(は?……ふざけんな)」
「ぷっくくっ! まさかバレてないとでも思ったの? めちゃ見えてたよソレ」
「あっ、ああ……そんな(これ性女コースなのか? 嘘だろ)」
「これから、たっぷり可愛がってあげるのに、楽にするわけないでしょ」
「殺して……殺してください!(ちくしょおおおおお! 何もかも上手く行かねぇじゃねぇか!)」
「ダ~メ♪ さあ、頭おかしくなろうね、聖女ちゃん!」
俺様の明晰な頭脳を破壊すべく、奴の右手が頭に触れそうになる。
(か、か、かみさまあああ! 俺様をたすけろおおおおおおおおお)
まさかの神頼みまで堕ちちまったが、この際、俺様を助けてくれるならなんだっていい。何でもいいから、誰かなんとかしろ。
だけど、どうせ助けなんて……くるわけがねぇ。
―――俺様はもう、諦めた。
***
クリスは、全てを諦めようとしていた。
だが……その時、カルマが閉めていた入り口側の扉が、光の光線の様なものでブチ破れ、そのままカルマを襲う。
クリスに触れそうだった右手に光線が当たった瞬間。カルマの右手が消滅した。
「がああああああ!? な、なんだっ……! これは一体……!」
激しい痛みに混乱しているカルマ。
すると、壊れた扉の方から歩いてくる男が居た。
歩いてきた男は、左腕が激しい火傷で爛れており、身体中傷だらけだった。
しかし、その眼は……その瞳だけは、怪我など気にもしない程、燃えていた。
怒りと、憎悪に燃えた瞳をしていた。
「どうやら、間に合ったようだなぁ? ほら、土産だよカルマ」
男がそう言い放つと、何かをカルマへと投げつけた。
無くなった右手の付け根を押さえているカルマは、投げつけられたものを取れず、地面へとソレは転がる。
転がったソレを確認したカルマは絶句する。
ソレは……同じ四天王の、自信に満ち溢れ、強大な強さを持っていたはずの。
切断された、エグゾスの頭だった。
「さあ、カルマぁ! 俺のクリスに手を出そうとした……罰を、受けてもらおうか」
酷い火傷で左腕が上がらないのか、右腕だけで剣を取りカルマへと向ける男。
その顔は……嗤っているようだった。
大事な聖女に手を出そうとした男を……ようやく殺せる歓喜の顔。
英雄と呼ばれ、聖女に狂った男……アレフが其処に居た。
何時の間にか、一人死んでた四天王(噛ませ)