掌握される心
後方から、豹変し、楽しそうな声で語りかけてくるカル。
三人の少女たちは、未だに部屋の凄惨さに、動揺が隠し切れない様子だった。
「カル様……これは、一体どういう事なのですか……?」
不気味に嗤うカルに問うクリス。
人を信じることを信条とした彼女であっても、流石にこの光景を見て嗤っているカルには、戸惑いを隠せていないような声色だった。
「ああ、聖女ちゃん。ごめん、それ嘘の名前だから。偽名って奴? フフッ」
「……貴方は、何者なのですか」
クリスの疑問に、愉快そうな顔をしながら答えるカル。
「ボクはカルマ。魔王軍四天王の一人、カルマだよ? 聖女ちゃん……つまり、君の敵ってわけ」
「貴方が……四天王だったのですね」
「へぇ、案外肝が据わってるじゃん。強い意志を感じるよ……。良いね、益々気に入ったよ」
自分が四天王だと暴露しても、クリスに動揺は見られない。
献身の聖女として、様々な修羅場を潜り抜けて来たのは、伊達ではないのだ。
それを見たカルマは、クリスに対する評価を一段階上げた。
「それでこそ、アレフの奴に最高のショックを与えられるってもんだよね~? 君はさ、涎を垂らしてアヘ顔でボクに擦り寄る事になるんだ。清楚であればあるほど、変わり果てた姿に価値が出て来る……分かるだろ!?」
興奮した様子でクリスに熱弁するカルマ。
クリスのカルマを見る瞳は、可哀想なものを見るような目となっていた。
「哀れです……。そのような、醜悪な行為をしなければ満足できない貴方は……」
「お姉ちゃん……もう話しかけるのやめなよ。そんなクズと話したら、お姉ちゃんが汚れちゃう」
動揺から返っていたリノは、氷のように冷たい視線をカルマに向けながら、クリスに言う。
二人から憐れみと侮蔑の眼差しを向けられても、カルマは特に気にせず言葉を続けた。
「そんなこと言えるのも今の内だよ? 聖女ちゃん……。君はその醜悪な行為で、心も身体も堕ちていくことになるんだからねぇ。フフッ……フフフッ……アヒャハハハッ!」
狂乱の笑みを浮かべて、クリスを凝視するカルマ。
目は見開き、口元は歪み、傍から見ずとも危険な存在となっていた。
「その、下衆な目で……あたしの妹を見るな!!」
カルマに向かって叫ぶアリア。その怒号には、こんな奴を信用してしまった自分に対する怒りも含まれていた。
いきなり怒鳴られて萎えたのか、白けた表情でアリアを見つめたカルマだったが……ふと、その口元が再び歪みだす。
「ああ、そういえば君も居たね。ボクさ……勇者と君の事も結構覗いてたんだよ」
「えっ……なっ……なに言って」
「情事の最中に君が言ってたアレ凄かったよね! あんっハヤト……素敵ぃ……もっとぉ――あたしを孕ませてぇ!……だっけかな? ぷっくく! 声に出して読みたくない言葉だね!! ハハハハ!」
腹を抱えて笑い転げるカルマだが、思い出したくない事を。忘れ去りたい思い出を、こんな所で暴露されたアリアは怒りに震えていた。
「ふざけないでよッ! あんなの、あたしじゃなかったの……ちがうんだから」
「いや、君でしょ? 何逃げようとしてんのさ。だけど、君じゃアレフも何のダメージも受けそうにないからなぁ。あんな……ぷぷっ……醜態を既に晒してるんだから」
「ゆ、許さないッ! あんたも、あの勇者と何が違うのよ!? 人の心を踏みにじるのを、楽しそうにして! あんた達みたいなクズ、絶対に許せない!!」
アリアは剣を抜き、カルマへと向ける。
向ける殺意は、本気だった。
「何がって……勇者と四天王が同じとか、随分な事言うね。だけど、あの勇者のやり方は嫌いじゃなかったよ。ボクとはちょっと嗜好が違ったけどさ」
「死ね! あんたも、あの勇者も、生きてちゃいけない存在なんだ! 終わらせてあげる、あたしが、あたしが終わらせないとッ!!」
なによりも、犠牲になる辛さが分かっているアリアだからこそ、この男は生かしておいてはいけない事が分かっていた。
四天王とか、そういうのを抜きとして、この劣悪な存在をアリアは許せなかった。アレフとの、絆を引き裂き、彼の心を傷つけさせ、己の身体を汚した、あの男に似た存在を。
身体強化(中)を発揮したアリアは、カルマへ向かって駆ける……!
そして、自分に出来る最速の斬撃を、正面から振り下ろした。
カルマは、武器も何も持っていない! やれる!
そう確信したアリアだったが―――
アリアの、最速の振り下ろしは、止められていた。カルマの指一本で。
「……えっ……う、そ」
「わ~、よっわ! あれ~? 英雄の後だからちょっとは警戒したんだけど……弱すぎない君?」
呆れた顔で、アリアを見つめるカルマ。
驚愕の表情で、カルマを見つめるアリア。
力の差は――絶望的だった。
「このまま、殺しても良いけど……つまんないな。あっ! 良い事思いついた」
アリアの剣を未だに止めながら、閃いたと顔を明るくするカルマ。
……嫌な予感がした。
「アリアちゃん、もう一回……最低になってみようよ?」
「えっ……なにいって……」
訳の分からない戯言に困惑するアリア。
だがカルマは、それを実現するような呪文を、既に準備し終わっていた。
「ほら、ボクの言う事を聞くんだよ。魅了!」
「あっ……あがっ……ああああ……!」
カルマが魅了の呪文を唱えると、アリアは剣を離し、苦しそうに頭を押さえ始めた。
「姉さん……!!」
クリスが事態に気づき、叫ぶが、もう遅い。
魅了呪文は、魔法耐性の低い剣聖には致命的だった。
苦しそうに頭を押さえていたアリアだったが、やがて、全身の力が抜けたような状態で顔を上げる。
その目はトロンとしており、熱い視線をカルマへと向けていた。
落ちた剣を拾い、腰に差したアリアはゆっくりと、カルマの元へ近づいていく。
「アリア、ボクのこと好き?」
ニコリとカルマがアリアへと問うと。
「カルマぁ……そんなのぉ、好きに決まってるじゃない。あぁん、好き好きぃ♡」
「ね、姉さん……」
甘えた声を出し、媚びるようにカルマへと身体を擦り寄らせているアリア。
それを見て、青ざめた表情で呟くクリス。
状況は、悪くなる一方だった。
アリア殿がまた寝取られておられるぞ!




