勇者は全てを得て当然だから
パチリと目が覚めた者が一人、時間はまだ朝というには大分暗い。
周りが寝ているであろう時間に、彼女は起きる。毎日の日課をするためだ。
「…………」
姿見の前で、憂い気な表情で自身を見つめているのは、剣聖のスキルを持つアリアの妹にして、聖女のスキルを授かりし少女クリスティーナである。
ときおり、溜息を付いたりと、何か悩んでるようにも見える彼女だが、これが早起きしてまでやっている日課なのである。
敬虔な祈りを、何時でも捧げているような、儚げな容姿の彼女は、毎日の始まりにまず姿見で自分自身を見つめ戒めることを課しているのだろうか?
「…………(いつ見ても俺様の絶世の美少女っぷりは惚れ惚れするな)」
「…………(女神として生まれる予定が間違って人間になったと言われても説得力100%だぜ)」
「…………(ちょっと祈りポーズを取ると…うおっ!!すっげぇ美聖女!美術品かな?)」
今日も、絶好調の超ナルシストっぷりだった……。
なお、6歳の頃からの習慣で毎日2時間は自分の顔を見続けているそうな。
彼女が部屋を出る頃にはすっかりと朝になっていた。
存分に自分成分を補給したクリスは、上機嫌で荷物を持ち部屋を出る。この宿では女性たちは2階で男性陣は1階を取っていたので、そのまま階段を下りていくと丁度アレフが部屋から出てくるところであった。
「おはようございますアレフさん!(昨日はたっぷり忖度してやったんだから感謝して欲しいわ)」
「おはよう! クリス! 朝からクリスに会えるなんて良い一日になりそうだな……なんてな」
「ふふっ朝からいきなりどうしたのですか。何か良い事でもあったんですか?(昭和のナンパ師かよお前は、鳥肌立ったぞ)」
「良い事か……そうだね、とても良い事が昨日あったから今日はこんなに元気なんだと思う」
「今日もきっと、良いことありますよ。私が保証しますから(洞窟できっと楽しいイベントあんぞ、お前にとって楽しいかは知らんがな)」
「そりゃ心強いね、クリスから保証されたからには良い日にしないとね!」
「ええ、一緒に良い日にしていきましょうね(つか、マジテンションたけーな)」
姿見でテンションが上がってるクリスはともかく、いつもはちょっと暗いはずのアレフも異常にテンションが高い朝であった……。
***
昨日は激しく3回もシてしまった所為か、少し起きるのが遅くなってしまったな。今日は洞窟探索だというのに迂闊だったかもしれない。ベッドの上にはまだ全裸のアリアが眠っているし部屋の中は何だか甘い香りが少し漂っていた。
「出発は昼くらいに変更かな、アリアはもう少し眠らせてあげよう」
昨日頑張ってくれた彼女に薄い毛布を掛けてから、僕はアリアを起こさないように部屋の外に出ようと扉を静かに開ける。すると、少し離れた階段付近で既に起きていたアレフとクリスティーナが話をしていた。
「洞窟では足を引っ張らない様にしなきゃな……はは、荷物しか持てないのに何言ってるんだろ俺」
「そんなことないですよ! 私はいつもアレフさんに助けられてますから。それに私じゃあんなに重い荷物とてもじゃないけど、持てないので! ええと、つまり、アレフさんは凄いんです!」
「ぷっ! その持ち上げ方はちょっと無理ない? でも、クリスが助かってるなら俺としちゃ満足だけどな」
「そんなことないです、ホントに凄いと思ってますから私! 聖女は嘘を付かないんですからね!」
「ほほお? そりゃありがたいことで~、聖女様にお褒めに預かり光栄ですよっと」
「なんですかそれ~! 敬いが足りてないと思います」
「あはは、俺もちょっと調子に乗っちまったってことで許してくれな、クリス」
「えへへ、それじゃあ許しますよ、アレフさん♪」
……僕はそっと扉を閉めた。
は? なんだあれは? 何で僕のためのパーティメンバー……僕だけの所有物の一つである聖女とイチャイチャしてんだあいつ。荷物持ちのクズの分際で朝から楽しそうに僕を差し置いてナニ勝手な事してやがるんだろう。
今まで彼には僕なりに優しく接してきたつもりなんだけどなぁ。躾が足りないから人の物に手を出すような、下賤な盗人まがいな事を出来るんだろうね、悲しいなぁ。僕の誠意が全く理解できてなかったって事じゃないか。
しかし、ちゃっかりしてるよねあのクズ男も。アリアが最愛の人とかほざきまくってた割に、舌の根が乾かない内にもう妹の方に鞍替えしてるんだからさ。女ならだれでも良いんだろうね、男として最低だと思うんだけど、そういうのってさ……。
クリスティーナも、あんな軽い男に騙されてちょっとガードが甘いんじゃないのかな?聖女って事だから僕も優しくしてきたけど、他のオスに靡くような淫乱な聖女にならない様に、僕がしっかりと教育してあげるべきかもしれない。
ああイライラする。僕の物を、気安く狙ってくるようなクズ男はもう信用できない。
荷物持ちって事や、僕がアリアとヤってる時に見せた、負け犬の見苦しい態度で、僕を笑わせてくれてたから今まで雇ってやってたけど……。
あんなに調子付くようならもういらないや。
そうだ! 今日、洞窟に行く日なら丁度いいし終わらせちゃおう。アリアを起こしたら、早速話をして計画を練ることにしようかな。上手くいけば、僕たちのラブラブ生活も安泰になること間違いなしだ!
あと、クリスティーナはあいつを廃棄したらちょっとお仕置きかな。僕の女としての自覚があまりにもなさ過ぎたと感じたからね。数日躾けてあげれば、元の大人しくて慎ましく可愛い彼女に戻ってくれるはずだ。
奪われたものは絶対に取り返すよ! 何故なら僕は勇者だからね。
***
クリスと何気ない話しを沢山した後、仲良くなってるのがバレない程度の距離を離し宿の入り口で待っていると、勇者ハヤトがこちらの方に歩いてきた。アリア達はいないところを見るとまだ寝てるのだろうか。
「おはよう二人とも。今日は火竜の洞窟に行く予定だったんだけどさ、アリアの疲れがまだ取れてないみたいでね。昼辺りから出発することにしたんだけどいいかな?」
「おはようございます勇者様。そうですね、姉さんのスキルは洞窟探索中に魔物が出た場合に重要になるので、疲れているならゆっくり休んだ方が良いと私も思います」
「俺はまあ荷物持ちなんで、とくには何も」
「ありがとうクリスティーナ! ああ、それじゃアリアがまだ寝てる間に今日の洞窟探索で危険な個所とかの確認をしたいからちょっと付き合ってもらえないかな? アレフ君はすまないけど食堂で座ったりゆっくりしてもらえると助かるよ」
「あ、ああ。わかった。戦うのはハヤト達だもんな……話してきてくれ」
俺に戦う力がないので何かを言う資格などなく、ハヤトはクリスを連れて奥の部屋まで歩いていく。その際に、ハヤトの手がクリスの肩に置かれたのを見て、俺は叫びたくなるような気持になったが、宿には朝からそれなりに人も居たため、気持ちを押し留めることが出来た。
何故だろうか、クリスは俺の事を裏切るなんて絶対にありえないのに……。
不安な気持ちがどんどんと膨れ上がってくる。
アリア達だって、現状になるちょっと前まではあんな事してくるなんて想像すら出来なかったのだから、それが不安の元になっているのだろうか?
ハヤトとクリスが、部屋でそんな事をしてるはずがないと分かってるのに、二人の姿が見えなくなると、俺はとてつもない焦燥感に駆り立てられ全く落ち着かない。
クリス……早くその部屋から出て来てくれ。
頼む、頼む、ハヤトなんかに気を許さないでくれ。
お前がもし、もしも裏切って、他の3人と同じようになってしまったら……俺はもう一歩も歩けない、歩けなくなる。
お前が居てくれないと俺は、もう……。
アレフ君は最近死亡フラグが立ちました。