業
アレフは、中心部にある巨大な建物の中を進んでいた。
建物の中は、巨大な工場のような造りになっており、濃厚な血の臭いに包まれている。
少し進み、開けた場所に出ると、機械音と共に……異様な光景が広がっていた。
全裸の人間達が肉フックで吊るされ、どこかへ運ばれている。
『なんという悍ましき光景だ……魔王四天王……断じて許せん!』
普段は大抵寝ているシェフスも、四天王が近いのか意識が目覚め、怒りに震えた意思をアレフに伝える。
「起きていたのかシェフス。四天王の場所は分かるか?」
『聖勇者アレフよ! 奴はこの建物の中だ。このような嗜虐な行為をするような者を断じて許してはならない』
正義の義憤に燃えるシェフス。初代勇者の彼はとても正義感に溢れ、人々を信じ、愛していた。
そんな彼が、愛する人々の変わり果てた姿を見て、怒りを覚えないはずがなかった。
「前の四天王二人は、強さこそ凄まじかったが、今回の奴は……かなりイカれているみたいだな」
風神ガルフ、氷魔人ネリエフ……そのどちらも、歴代の勇者全ての力を得たアレフを持ってして、クリスの回復魔法を駆使して貰わねば勝てない相手達だった。
今回の残虐な手口を使う者も、四天王である以上、想像を絶する強さを誇っているはずである。
頼みのクリスが、魔法を封じられ支援出来ない中で、アレフは勝利できるのだろうか?
無論、アレフもその頃より遥かに強くなったので、一方的に負けるような事は無いだろう。
だが……万が一負けたら。
この人間達に対する扱い的に、死よりも辛い最期を迎えることになるだろうとアレフは予想していた。
『魔王軍は確かに、人間を殺しはしたが……ここまで貶めたりする者など過去にはいなかった。このような醜悪な性格の奴が四天王になるなど、今の魔王軍も堕ちたものだな』
初代勇者は、敵である魔王軍を倒す意思はあったが、強敵である魔王軍に対してある種の敬意なども持っていた。
ライバルに持つようなソレを……。だが、今回の敵には不快感しかシェフスは覚えなかった。
「まあ、いい。さっさとイカれた奴を殺し、クリスを救う。こっちで良いんだな?」
『ああ、そうだ……聖勇者アレフ。油断せずにな』
大量の人間が移動用フックで吊るされた大部屋を抜けたアレフは、シェフスの指示で、どんどん奥へと進んで行く。
『ここの部屋だ、間違いない……奴らの気配がする』
シェフスが示した部屋の扉を思い切り蹴破り中に入るアレフ。
そこには――
豪華な椅子に座り、顎に手を当てこちらを面白そうに見つめる男と…その男を護る様に二人の男性と一人の女性が立っていた。
三名の男女は全裸で涎を垂らし、うつろな表情でこちらを見ている。
身体からは、生臭い血と性臭をミックスさせた酷い臭いを発していた。
「あの三人……どこかで見たことがあると思ったが、魔都に向かって行方不明になったA級冒険者達だな」
『人を護るはずの彼らが……魔王軍の手先にされるとは、なんと哀れな』
「フフフ……ようこそ、ボクの城へ。自己紹介でもしようか? 勇者アレフ」
椅子に座った男がアレフに向かって語りかける。
その容姿は、とても美しい青年と表現するのが適切だろうか?黒髪とアイスブルーの瞳が印象的だった。
どうやら、この美青年がここを惨状にした四天王のようだ。
「紹介する前に、俺の名前を知っていたようだがな……まあいい、お前の名を聞こう」
「君は有名だからねー。ガルフやネリエフをほぼ単騎で倒すなんて……ホントに人間なのかい?」
呆れたように美青年の男がアレフに問う。が、当然アレフはそんな質問に答える気はない。
「お前とおしゃべりする趣味はない。さっさと名乗れ。そうでないなら早く死ね」
「おー怖い怖い! フフ、それじゃ改めまして。ボクは魔王四天王の一人、カルマと言います。どうぞ宜し――」
カルマが言い終える前に、アレフは身体強化(極)を使い一気にカルマの眼前まで移動した。
「終わりだッ!」
アロンダイトに力を籠め、強烈な斬撃を放つアレフ。
だが……。
いつの間に出したのか、青白く輝いている剣で斬撃を容易く受け止めていたカルマ。
「いきなり不意打ちとか、勇者っぽくないね……?」
「ちっ!」
舌打ちして後方に下がるアレフを全裸のA級冒険者達が襲う。
「邪魔をするな、雑魚共が!」
苛立ち、横に一閃するアレフ。
三人の変わり果てたA級冒険者達は、下半身だけを残して地面へと倒れて行った。
「ひゅー、彼らも人間の中じゃそこそこだったのに、一撃とはね。やっぱ君、こちら側に近いよ」
「黙れ、次はお前だ」
『カルマよ! 貴様、四天王でありながらこのような醜い行為をして、恥ずかしくないのかッ!』
黙っていたシェフスが怒りを込めてカルマを非難する。
「いや、これボクの趣味だし? 四天王とか関係ないよ。あのフックのお肉達は魔獣の餌用だから別だよ? ボクの趣味はさ、脳を壊してね……人間の絆を壊して見ることなんだぁ」
『なっ……』
自身の趣味の話を、いきなりし始めるカルマに絶句するシェフス。
こんな奴、シェフスが戦ってきた頃の魔王軍では、見たことがない。
「例えば、仲の良い夫婦だった方の男にさ。脳を壊した愛しい妻と他人の交尾を見せ付けて、絶望する様を眺めたり……最高だよ」
「ちっ……。どこの種族にもこういうクズはいるもんだな。反吐が出る」
どっかの勇者と同じような趣味を持つカルマに、嫌悪感と殺意を露わにするアレフ。
こう言った輩に対してアレフは憎悪を隠し切れない。
「そんな怒らないでくれよ。ああ、今君が斬った三人は幼馴染のパーティだったらしいよ」
「? ……だからなんだ?」
唐突に、A級冒険者達の境遇を話すカルマ。意図が分からないアレフは困惑する。
「そこの男二人は、実はそこの彼女をどっちも好きでね? だから二人の脳を壊してさ。延々と彼女を犯させたんだよ。いやー幼馴染達の愛が成就した瞬間だったねー」
微笑みながら、まるで良い仕事したような声色で話すカルマに、イライラし始めるアレフ。
「だから、それがなんだ? お前が糞野郎だって事を教えたかっただけか?」
「幼馴染パーティ……アレフにとっても他人事じゃないのではと思ってねぇ?」
僅かに動揺するアレフ。
勇者になる前の過去をカルマが知っているとわかったからだ。
「お前……なんでそれを」
「幼馴染達を勇者から寝取られたんでしょ? 知ってるよ。だってさ、君の前はあっちの勇者が魔王軍の脅威だったんだから観察くらいするでしょ~」
「覗いてたのか、つくづく悪趣味な野郎だ……」
アレフの怒りは、カルマに対してどんどんと上がっていく。
あの頃の事は、アレフにとっては触れられたくない出来事である。
そして、カルマは――
「でもさ、一人だけ……君に優しくしてくれた人が居たよね?確か聖女で……今此処に来てるあの子」
「……これ、以上……何か言ってみろ」
憎しみを込めた瞳でカルマを睨みつけるアレフだが、カルマの口は止まらない。
「あの子の脳を壊してさ……君の前で犯してあげたら……面白いと思わない?」
「っ!? て、てめええええええええッ!!!!」
『アレフ! 奴の手口に乗るな、冷静になるのだ……!』
ニヤニヤしながら話すカルマと、憤怒の相を浮かべ、凄まじい速さでカルマに向かうアレフ。
――今この瞬間、四天王との死闘が始まった。
ハヤト君と仲良くなれそう。




