それぞれの想い
あたし達は、王都を出るべく城門前まで歩いていた。
クリスから救世の旅に誘われた後。あれから、あたしは一旦城に戻った。
あたしが、救世の旅に行く事を王に話すと王は即座に了承してくれた。
当然だろう……今話題の英雄パーティに剣聖のあたしが入って活躍すれば、王城で持て成していた王の株も上がるのだから。
道行く人々はクリスとアレフを見ては、尊敬の眼差しや、激励の言葉を掛けていく。救世の英雄と、献身の聖女は、やはり凄い人気だ。
それとは対照的に、城でずっと自堕落に遊び惚けていたあたしに対しては、何人かの人々は怪訝な表情をして無視して行った……。剣聖なのに、こんなので……ごめん。
クリスは……あたしにチャンスをくれたんだ。救世の旅に一緒に行こうって。
洗脳されていたとはいえ、あたしがアレフにしたことを消せるわけじゃない。唾棄すべき数々の行為。汚れた身体……。全て取り返しが付かない事だ。
でも、やってしまった事を取り消せないというのなら、それ以上に善行を積むしかないんだ。この、救世の旅で沢山の人を救って、仲間を護って。
いつか、いつか! あたし達三人の罪が許されるのなら……。それは、あたし達にとっての救いになるはずだから。
あたしは、歩みを止めて王城の方を見る。
(フィーネさん……リリィちゃん。あたし、行くよ。沢山の人を救って来ます。二人の想いは、あたしの中にあるってクリスは言ってたけど……それでも、言わせてほしいんだ……)
軽く深呼吸をして、あたしは王城に向かって小さく呟いた。
「……行ってきます」
そう呟き、あたしは王城の方向に背を向けた……。これからは、振り返らずに前を向こうと決めて。
小走りでクリス達の元へ向かう。
もう迷わない。そして、もう絶対に裏切らないと心に誓って。
あたしは今日……再び、魔王討伐を決意した。
――救世の旅。きっと、やり遂げて見せるッ!
***
アリアさんが急に止まったから、わたしたちはアリアさんが来るまで待っている。
正直に言うと、アリアさんに少し嫉妬している。お姉ちゃんと血の繋がった姉妹だからだ。お姉ちゃんが、あの人を姉さんと呼ぶ度に、わたしの居場所がないような感覚に襲われる。
お姉ちゃんを奪われたような気持になる所為か、余りアリアさんがわたしは好きじゃない。
わたしは、お姉ちゃんの為だったら何でもできる。勇者だって殺して見せた。それだけの覚悟があってお姉ちゃんの傍にいるんだよ?
アリアさんは、それだけの覚悟があって、お姉ちゃんについて行く事を決意したのかな?
もし、血の繋がりだけで、お姉ちゃんに甘えてるって言うなら……ちょっと許せないかな。それって、利用してるだけってことでしょ?
だから、この旅で見極めないといけない。アリアさんが、お姉ちゃんについてくるのに相応しいのかどうかを……。居てもいい存在なのかをさ。
「お姉ちゃん」
だってね、わたしは……。
「ん、どうしたのですリノ?」
「わたしは、ずっと妹だよね? お姉ちゃんの妹で居ていいんだよね?」
「もちろんですよ。リノは、私の可愛い妹です♪」
「えへへ、お姉ちゃん大好き!!」
わたしは、お姉ちゃんの本物の家族なんだもん、ね? うふふふ……。
***
アリアの奴が止まって、何やら城の方を見ている……。何をしているのかは知らんが、クリスの歩みを止めるんじゃない。
クリスには悪いが、俺はアリアをこれっぽっちも仲間だとは思えない。あんな事を言った手前、露骨に邪険にすることは出来ないが……。
アリアは一年間、あの勇者と淫行に明け暮れていたような愚物だ。そんな奴が鍛えているわけもなく、剣聖のスキルがあるからと言って、俺たちの旅で役に立つとは思えない。
つまり、あいつはその内あっさり殺されるだろう。俺はあいつが来ることを了承はしたが、護るとは言っていない。俺が護るのはクリスだけだ。
例外として、リノは俺と同志だから、命の危険がある時は助ける程度には気に入っている。同じクリスが全てである者同志としてな。何より、リノが死ねばクリスが悲しむ。
だが、アリアは前衛で戦う戦士タイプだ。戦士なら死ぬ覚悟もあるだろう? ピンチだろうが俺がフォローしてやる義理も無ければ義務もない。
別に酷い事を言っているわけじゃない。アリアが強ければ何の問題も無いんだからな。むしろ、強いならそれはそれで、クリスへの危険が減るわけだから歓迎だ。
「アレフ? 難しい顔をしてどうしましたか?」
クリスが心配そうな顔で俺に聞いてきた。
何でもないよ、あの愚物が戦闘で使い物になるか早く死んでくれるか考えてただけだから。
「いや、何でも無いんだ。次の旅は何処に向かおうかと考えていてね」
俺は心から笑顔になり、クリスへと優しく声を掛ける。俺がこんな惚れた男のような態度を取るのはクリスだけだ。
民衆には作った笑顔を向けても本心から想いやったことなどない。クリスが助けたいと願っているから助けてやってるに過ぎない。
とんだ勇者だよな……。聖剣の中にいる、シェフスも俺の本当の顔を知ったらさぞガッカリするだろう。自分でも時々、酷い人間だと自覚しちまうくらいだ。
昔はもう少し……正義感とか、他人に対する情もあったと思うんだが。
どうしてこうなっちまったのかな。後悔なんて微塵もしてないけどさ。
勇者……アリア……フィーネ……リリィ……きっと、あいつらの所為だろう。俺をここまで歪めた四人。
ハヤトとリリィは死に、フィーネは精神が壊れたとかで、一生王城で介護生活。そして、アリアは俺たちのパーティに参戦か……。俺の人生を壊して、今も無事なのは実質アリアだけになったのか。
洗脳されてた等と言ってたが、そんなの人生を壊された俺にしてみたら言い訳にすらならない。俺にあんな事をした事実を、そんな糞みたいな理由で帳消しにできると思うなよ。
俺は、アリアに対して無関心などではなく……心の底から憎んでいるんだからな。
ただ、最優先なのがクリスだから、復讐みたいな下らん事に走らないだけだ。
クリスが俺の全て。今となってはアリアなどどうでも良いが、だからと言って憎んでないわけじゃない。矛盾してるだろうが……それだけ感情というものは厄介なんだよ。
「実は私……次に行くべき場所を決めているんです」
考えに耽って居ると、クリスが神妙な顔をして俺に言う。
クリスが決めたというなら……俺が言うべきことはただ一つ。
「そうか、それなら次の場所は決まりだな。献身の聖女が行く所に、救世の英雄は付き従うだけだ」
「もう、アレフったら、そんな堅苦しい言い方……いじわるですよ?」
軽く頬を膨らませ、拗ねた感じでクリスは俺に言う。
こういうクリスは凄く可愛い。俺は彼女の顔にしばらく見惚れていた。
「そういうつもりで言ったわけじゃ。ごめん、クリス。謝るって……」
「ふふっ、冗談です。私の方こそ、ごめんなさい。それと、ありがとうアレフ。いつも行き先を私に委ねて下さって」
「そんなの……礼を言われる事でも何でもないだろ?」
「そんなことありませんよ。英雄様に、私はとても感謝してるんです♪」
「……英雄様はやめてくれ」
クリスは、俺と話す時……こうして、たまにお茶目になる時がある。
きっと、聖女としての自分を保ち続けるのも結構な負担となっているのだろう。
俺と居る時くらいは、こうして本来の彼女を出して欲しい。聖女としてのクリスは気高く、慈愛に溢れた正に人々を救済する女神だ。
だけど、だけど……。本来の彼女は、こういう、ちょっとお茶目で冗談なんか言う所もある……とても魅力的な、普通の女の子なんだよ。
聖女としてしか彼女を見ない奴らなんかの為に、精神をすり減らし、こんな過酷な旅に出ている彼女は、責任感があり過ぎるにも程があるだろ?
俺は、聖女などという糞みたいな役目から彼女を解放してあげたいんだ。
そうだ、俺は……。俺の醜い本心は……。
――聖女から最愛を取り戻したいんだ。
何の事は無い、俺が旅をする理由なんて……大した理由じゃない。
惚れた女を手に入れるため。
なんという浅ましい想いだ……これじゃ、アリアの事を笑えないな。
俺の全てに、俺は手を出す気なんかないのに……俺の心は、彼女を欲している。
クリスを……愛している。
***
うっし、アレフ君の許可は貰ったしパパっと決めるべ。
ちょっとそれっぽい顔すると何でも言う事聞くから楽勝だなアイツ。
まっ、俺様のこの絶世の美貌があってこそ成し遂げられる神業なんだろうけどな。
よおおおおし! こっから本格的に四天王とやらをぶっ潰して魔王まで飛ばしてやるぜ! なんでも、四天王を倒さないと魔王の城が解放されないとかいう糞めんどい条件あるからな。
風と氷の四天王はぶっ殺してるから、次はどこにしようか……。
近い場所でいいや。
次の街でも、ぶっ潰すついでに俺様の聖女としての格を上げる作業は続くぜ。
よし、行くぞ野郎共!! アリアは早く来いよ! クソブスが俺様を待たせんな!
救世の旅の再開だぜ……!
勇者パーティとはこれで完全決着です。後はまあ……流れで。