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聖女足る者

 

「どんな顔をして、アレフに謝ってるんですか? 姉さんがやったことは……謝れば許してもらえるような段階はもう、とっくに過ぎています」


 普段は優しいクリスが、怒りを込めた瞳をアリアに向けて言い放つ。


「っ!? ク、クリス……?」


 クリスのいきなりの怒りに動揺するアリア……。クリスは自分を許してくれたと思い込んでいただけに、いきなり自分を責めるクリスにショックを受ける。


 だが、考えてみれば当然の話だ。半年……実際はもう少し短いが、長期間アレフに散々暴行して、暴言を吐き、時には唾を投げかけたりもした。


 挙句に、自分の恋人であったアレフの前で見せ付けるように勇者と愛し合ったりしていたのだ。言葉だけの謝罪で何故、許されると思っていたのか?


「ク、クリス……ごめん。あたし……死んだと思ってた、アレフに会って、つい嬉しくて!……このまま、話してる内に、前みたいになれるとか……勝手に馬鹿な事を思って……ホント調子に乗ってたよね」


 震える声でクリスに弁解するアリア。ここでクリスにまで見捨てられたら、もう自分の居場所は完全に無くなってしまう。

 同時に、生きている意味も……。アリアはそう強く思っていた。


「姉さん。アレフにしたことを覚えていますかと聞きましたよね?」

「う、うん。覚えてるって、言った」

「なら、ある街でアレフを三人で路地裏まで連れて行って、見るに堪えない暴行をし続けていたことは覚えていますか?」

「路地裏まで……? あっ」


 アリアには身に覚え……いや、やった記憶があった。それは、初めて勇者と交わった時に怒鳴り込んで部屋にアレフが入って来た次の日の出来事だ。


 愛しの勇者(ハヤト)との愛し合う時間を無粋にもゴミに邪魔された……。その時のアリアの思考はまさにそのような思いで一杯だった。


 そこで、アレフを滞在していた街の人気のない路地裏まで呼び出し……三人で滅多打ちにしたのだ。何もしていないアレフを。


「覚えているみたいですね。実はあの時、アレフは腕を骨折していました」

「えっ!? そ、そんな、大怪我を? あ、あたし! そんな……ごめっ……ごめんなさ……」

「ボロボロのアレフが宿に戻ってきて……心配なので見に行くと、高熱まで出していて……」

「……うう、三人で、酷い暴行したのは……覚えてる」


 顔を伏せ……気落ちしたように呟くアリア。信じたくないが、認めざるを得ない記憶が彼女にはある。


「あのまま、放置していたら。確実に死んでいました。だから、私はアレフの腕を治療し、姉さんたちの目を盗んで薬をアレフに与えて熱を下げたんです」


 クリスがそう言うと、アレフが驚いた顔でクリスを見た。勇者となってからここまで驚いた顔をするのは久しぶりだった。


「ク、クリス? あの時の怪我……お前が治してくれていたのか……?」


 アレフがクリスへ問うと、顔を俯かせながらクリスが答える。


「ええ、そうです……。けど、当時の私は貴方が暴行されていても見て見ぬ振りをしていた……酷い聖女でした。そんな私が、貴方を助けた等と、恩着せがましい事を言えるわけないではありませんか……」


 己を悔いたように話すクリス。だが、アレフの心はまた一つ、救われるような感覚を覚える。


 ……ああ、ずっとクリスは俺を護ってくれていたんだ。と、アレフの胸の奥はクリスに対する愛が溢れていた。いや、溢れすぎていた。


「……クリス、ありがとな。俺は、ずっとお前に救われてたんだな」


 小声で感謝するアレフ。クリスには聞こえていなかったが、それで良かった。


 クリスが感謝を求めていないのなら、無理やりするわけにはいかない。と、アレフはクリスの気持ちを第一に考えたのだから。


 クリスは再びアリアの方を向き、悲しそうな顔をする。


「つまり、姉さんはアレフを……二度も殺すところだったんです」

「そっ! そんな、あたし……」

「一度目は、集団でアレフを痛めつけ酷い重傷を負わせ……。二度目は、深い奈落の底に突き落として。……姉さん、改めて聞きます。言葉だけの謝罪で、これらを許せと……本当に、アレフにそう言えますか?」

「……言えない、よね……。あはは……あたし……ホント酷い事しかしてないや……」


 クリスの言葉に、何一つ反論など出来るはずがないアリア。もう、乾いた自虐の笑みを浮かべてクリスの断罪を受け入れるしかない。


 アリアはもう、わかっていた。自分はここで絶縁を言い渡されると……。ひょっとしたら、殺されることもあり得るかもしれないと。


 献身の聖女であるクリスに限って力に訴えることはしないだろうが、アリアのやったことを考えればあり得ない話ではないのだ。


「だから、姉さんは許されません」

「……うん」

「姉さんは、罪を償わなければいけません」

「……そう、だね」


 罪状を並べ立てられる。気分は既に刑を言い渡される罪人である。


「言葉だけでは、姉さんの罪は消えたりしません」

「……わかってる」

「だから、姉さん。姉さんは――」


 いよいよ、決別の言葉が発せられようとしていると分かったアリアは目を瞑り、静かにクリスの罰を受け入れる準備をする。


 クリスたちから見限られたら、自分もリリィの後を追おうとこの時のアリアは決意していた。言葉での謝罪が無理なら死を持って償うしかないと考えたからだ。


 だが、クリスから発せられた言葉は。


「姉さんは……私たちと共に、救世の旅に行かなければなりません」

「…………えっ……?」


 決別などではなく。



「姉さん、一緒に……生きましょう?」





 ――優しい救済の抱擁だった。

章を挟むたびに人が増えていく……。

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[一言] ヤンデレが増えた(ウレシイ)
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